「尹政策」の全面否定に向かう韓国:節目の日韓関係は後退の恐れ
日韓対立は米国の関与縮小の口実にも
他方、北朝鮮は2023年末からこれまでの政策を改め、韓国を統一対象とはしない旨を繰り返し明言することになっている。尹錫悦による戒厳令宣布後の韓国の混乱に対する反応も極めて鈍く、事態への自らの見解を出すまでに実に1週間かかっている。加えてその内容も、韓国を批判して統一を呼びかけるというよりは、事態そのものの在り方について自らの視点から報道するにとどまった。 そしてそのことは、北朝鮮が自らの統一政策における働きかけ先として韓国・進歩派勢力への期待と関心を失っていることを意味している。背景にあるのは、文在寅政権前期に進んだ対話の進展と、同政権後期の停滞の教訓だろう。当時の対話の進展は北朝鮮国内において、韓国への期待と好意的感情を生み、それが北朝鮮の体制への不満につながっている、という指摘がある。この様な状況において、仮に韓国の次期政権が対話を試みても、北朝鮮が応じる可能性は決して大きくはないだろう。 こうして見ると、改めて、韓国の次期政権が取りうる安全保障等を巡る選択肢は極めて少ないように見える。誰が次期大統領になっても米韓同盟を外交の基調とする方向性を大きく変えることは難しく、その国際的立場は大きく変わらないと見た方が良さそうだ。 だとすれば、来るべき政権において起こるのは次のような状態であるかもしれない。すなわち、韓国の米韓同盟を基調とする外交方針が維持される一方で、来年で国交正常化60周年になる日本との関係は歴史認識問題で悪化する。日本の日米同盟を基調とする外交方針も変わらないだろうから、訪れるのは共にアメリカの同盟国である日韓が、ワシントンにてその支持を求めて競争する、という安倍・朴槿惠政権期と類似した状況であろう。 とはいえ、ここで当時と大きく異なる点がもう1つある。それはアメリカの大統領がオバマではなくトランプだ、ということだ。安倍・朴槿惠政権期においてオバマは日韓両国の関係を取り持つべく尽力してその成果は2015年の慰安婦合意として現れた。しかし、孤立主義的な傾向を持つトランプに両国の間を取り持つインセンティブは少なく、日韓両国の対立はむしろアメリカが西太平洋地域への関与を減らす絶好の口実すら提供する可能性がある。 アメリカで政権交代が起こり、韓国が混乱を続ける中、少数与党体制とは言え、日本は日米韓3カ国の中で相対的に最も安定した政権を依然有している。第1次トランプ政権期にアメリカが離脱した後の環太平洋連携協定(TPP)をまとめて見せたように、国際環境が大きく揺れ動く中、日本のリーダーシップが求められているのかもしれない。
【Profile】
木村 幹 神戸大学大学院国際協力研究科教授、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。1966年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。ハーバード大学、高麗大学、世宗研究所、オーストラリア国立大学、ワシントン大学等の客員研究員を歴任。主著に『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房、2014年、読売・吉野作造賞受賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(ミネルヴァ書房、2003年、サントリー学芸賞受賞など)。