食事が取れなくなった90歳代女性 愛犬がそばを離れず奇跡の回復 1年後に迎えた最期に女性が残した言葉
生きていくために新たなパートナーと決めたのかも
翌日、葬儀会社が来て、瀬川さんのお体を搬送した後、ミックは主のいなくなった部屋のベッドで静かに寝ていました。心配した職員が声をかければ、ちゃんと反応し、抱っこされれば少しだけうれしそうな表情を見せてくれたりしましたが、それ以外の時間は静かに過ごしていました。かつて瀬川さんが入院された時、大騒ぎして瀬川さんを探し回った時とは大違いです。瀬川さんがもう帰ってこないことを理解しているとしか思えませんでした。 犬は「死」ということを理解できないという説があります。しかし、私たちは、ホームの飼い犬「文福(ぶんぷく)」が、自分と一緒に暮らすユニットの入居者の逝去が近づくのを“察知”し、その方に寄り添って最期を“看取る”という行動を何度も見ていますから、犬は死を理解できると思わざるを得ないのです。今回、ミックの行動を見ていて、改めてそれを実感しました。 飼い主さんが先に亡くなってしまった場合の犬や猫の暮らし方については、2通りのパターンがありました。一つは、残された犬や猫のベッドやケージをリビングや廊下に移し、そこを生活の拠点とするパターン。もう一つは、そのまま同じ部屋で暮らし続け、その部屋に新たに入居した方とパートナー(同居人)となるパターンです。しかしミックの場合は、今までにない第3のパターンとなりました。
“再会”できる日を心待ちに
ミックは、同じユニットで暮らすトイプードルのココと仲が良く、これまでにもよくココと飼い主の橋本幸代さん(仮名、70歳代女性)の部屋に遊びに行っていました。そこで、ミックのベッドを、橋本さんの部屋に移動してみたのです。もちろん橋本さんと、そのご家族の許可を得てのことです。 ココと橋本さんの部屋に移動した初日は、ミックは自分のベッドで寝ていましたが、翌日には橋本さんのベッドに上がっていました。それからは、ベッドの上がミックの定位置になりました。時には、橋本さんに枕元で寄り添っている時もあります。橋本さんがリビングに行くと、その車いすの下でくつろいでいる姿も見られるようになりました。まるで、橋本さんがミックの飼い主になったかのような光景でした。 人も犬も一人では生きていけない生き物です。ミックは生きていくために、橋本さんをパートナーに決めたのかもしれません。 天国の瀬川さんは、そんなミックの様子を見て寂しがっているでしょうか。私はそうは思いません。瀬川さんを失った悲しみを乗り越え、懸命に生きていこうとしているミックの姿を見て喜んでいるに違いないと思っています。そしていつか、ミックが与えられた寿命を精いっぱい生きた後、“再会”できる日を心待ちにしていることでしょう。 瀬川さんへ。私たちはミックができる限り幸せに過ごせるよう頑張りますので、申しわけありませんが、ミックと“再会”できるのはまだしばらく先のことになっちゃうかと思います。それまでミックを見守っていてくださいね。
若山 三千彦(わかやま・みちひこ)
特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。