密着ドキュメント「涙のパリ」、ニッポン男子バレー"史上最強チー ム"の肖像
■イタリアは終始、強気に攻め続けた そして、迎えた3セット目。24-21とマッチポイントを握ったのだが......。ここで異変が起こる。現場に、俄に〝戦勝気分〟が漂ったのだ。 〈これで決まり。1本失敗しても日本の有利は動かない。もし落としたとしても、今日の出来なら負けないだろう〉 してはいけない計算だった。 記者席でも、日本人の記者たちがパソコンを閉じ、立ち去る支度を始めていた。取材エリアまで遠いため、出遅れると席を立つ観客に行く手をふさがれてしまうからだ。ただ、イタリア人記者は諦めていなかった。大声でチームを叱咤し、机を叩いていた。 日本はイタリアのしぶとさを、バレーの怖さを見せつけられる。 「相手の(強烈な)サーブもあったし、そんな簡単にいくものではない、とは思っていました。自分たちにチャンスがあったのは事実だし、そこをつかみ取れなかったのは甘いところだなって」 関田はそう言葉を絞り出したが、受け身に回った瞬間、向かい風を受けた。風向きが変わったのだ。 「最後の1点を取り切るってところだったかなって、自分は思っています」 髙橋は言う。勝負への執着が強いイタリアでプレーし、その神髄を知っていた。 「3セット目は最後に点差があったのに、自分たちが取り切れなかった。そこに尽きます。誰のせいとかじゃなくて、チーム全体がいけるって感じたと思うから、隙ができてしまったところもあって。ラスト1点をしっかり勝ちにいく力が足りなかった」
実はイタリアは終始、攻め続けていた。1セット目、彼らは6本ものサーブをミス。それが劣勢の原因だった。しかし、2セット目以降も、積極的な姿勢を変えなかった。3セット目も4本のサーブミスがあったが、それでもサービスエースで24-24のデュースに持ち込んだ。 「(シモーネ・)ジャネッリがサービスエース。除細動で心臓を動かした!」 イタリア大手スポーツ紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』は独特の表現をしたが、イタリアは息を吹き返した。日本は3セット目を25-27で落とす。 4セット目も悪かったわけではない。髙橋がストレート、クロスと打ち分け、サービスエースも沈めた。デュースに持ち込んだが、最後は髙橋のバックアタックがブロックに阻まれ、24-26と敗れた。 ファイナルの5セット目も、同じくデュースで接戦を演じながら、15-17と落としている。結局のところ、「1点の重み」の正体を誰も説明できない。 ただ、ひとつ言えるのは、イタリアは1点を失うことを恐れていなかった。サーブで強気に攻め、失敗後もやり続けたのは論理的思考があった。甘いサーブを入れても、日本の多彩な攻撃に後手に回り、落城は必至。武器のブロックを機能させるには、サーブで崩すしかなかった。 4セット目、イタリアはサーブで日本に脅威を与え、5本のブロックに成功していた(日本は1本)。 「オリンピックはほかの大会と比べると、相手の気持ちの強さも違います。今日もそうでしたけど、ラスト1点が取れない。 普段なら確実に取れているはずだったんですが、そこも相手は1点を取らせないために死に物狂いでやってくる。それがオリンピックの特別な部分だと思うので、ほかの大会と比べて勝ち切るのが難しいですね」 髙橋はそう説明している。 では、日本は勝負弱かったのか? 率直に言えば、歴史の差はあった。 日本男子バレーは長く低迷を続けてきた。1996年のアトランタから2016年のリオデジャネイロまでの五輪6大会では、08年北京を除く5大会で出場ならず。一方、イタリアはそのすべてで準決勝以上に進出している。 そこでひとつの技術ミスを非難するなら、再び弱体化する。ファイナルセットのデュースの場面でサーブをミスした小野寺大志が、SNSで誹謗中傷を受けたという。だが、ミドルブロッカーの小野寺は味方の囮となるなど役目を果たし、8-6と折り返す貴重なクイックも決めていた。 そもそも、イタリアのジャネッリは18本のサーブ中、唯一決めた1本のエースで英雄になった。小野寺は3本のサーブしか打っていない。ちなみにドイツ戦は18本中3本のエースを決めていた。 「オリンピックには、才能だけで選手を連れていきません。特長を生かし切れるか」 大会前、フランス人のフィリップ・ブラン監督はそう語っていたが、小野寺もそのひとりだった。