「戦後処理と世界経済の枠組み再構築」今こそ読みたい新訳バイブル(レビュー)
新型コロナ禍とウクライナ戦争は、世界経済を大きな苦難に陥れた。国民の生活を維持し、回復させるには、政府と中央銀行の積極的な経済支援が重要だ。特に政府の積極的な財政刺激政策は「ケインズ政策」と呼ばれてもいる。本書は、今日でもきわめて重要な経済政策の主張者の論壇へのデビュー作になる。すでに古典的名著の評価があるが、その読みやすい新訳の登場を率直に喜びたい。 第一次世界大戦の講和条約を会議する場に参加したイギリス代表団の一員であったケインズは、その会議に参加した各国の首脳たちを風刺し、またドイツへの賠償金が過大であることを痛烈に批判した。ドイツの経済再生が賠償金によって不可能になれば、ふたたび欧州全域が不安定化してしまう。ケインズの主張は、当時、世界的な話題を呼んだ。その後、賠償金は減額されたが、やがて経済的に疲弊したドイツからナチスが生まれたのは歴史の教えるところだ。 ウクライナ戦争や、また中東情勢が緊迫化する中で、本書はさまざまな思索のきっかけを与えてくれる。そのいくつかは、訳者解説が提供しているが、多くの読者は、やはりウクライナ戦争にどんな示唆を与えてくれるかを気にかけるだろう。 ひとつは、ケインズが詳細に解説しているが、感情論ではなく、客観的な事実やデータに基づくことが、本当の平和につながる議論を可能にするということだ。戦争は民族、宗教、そして政治イデオロギーなどさまざまな対立を生み出す。事実も容易に歪曲されるかもしれない。だが、本書は粘り強く、飽くことなく、事実と経済データでの論証に紙数の大半を費やしている。ケインズの世論への説得が妥協なきものであったことがよくわかる。また戦後の世界秩序の構想も重要になる。戦勝国、敗戦国がともに戦後社会の一員として復帰していくことがなにより重要だとする、本書の時代を超えたメッセージは明瞭である。 [レビュアー]田中秀臣(上武大学教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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