バガヨコはナイフで腕を刺され、カヌーテは体中殴打…セイドゥ・ケイタがマリ代表と平和のために成した勇気ある行動
グラウンド内で弾丸が宙を飛び、ナイフの刃がきらめく惨状
トーゴ戦の敗北と、その後の騒乱によって呪われたあの不吉な日、ケイタは憂慮すべき現実を肌身で感じ始めた。いつ爆発してもおかしくない潜在的暴力が国を支配していたという現実だ。サッカーはいつも社会の様々な面を映し出すが、今回のマリの観衆の不満も例外ではなかった。サポーターたちは、窮屈な日常生活から解放されたスタジアムで、ありのままの自分をさらけ出し、ありのままに行動する。しかし、それは歓声や声援といった陽の部分だけに限らない。不満を抱えればサポーターたちの態度はやがて豹変してしまうという側面もはらんでいる。 次のマリとトーゴの因縁の決戦は2年後、今度はガーナで2008年開催予定のアフリカネーションズカップ(CAN)への出場をかけた戦いだ。この試合にあたり、トーゴの人々はアウェーとなるマリを敵意むき出しで迎えた。バマコで観客がピッチに乱入した事件が今でもまざまざと思い出され、トーゴの首都ロメは隅々まで極度な緊張感に包まれた。こうした状況の下に行われた試合では、マアマドゥ・ディアッラを相棒にしたケイタが率いる“イーグルス”が以前よりもずっと堅固だった。そしてトーゴをものともせず勝利した。今回も代表入りしたカヌーテは2年前から刺さったままの棘をふるい落とすかのようにゴールを決めている。 しかし、観衆の攻撃性がそのまま黙っているわけがなく、今度はトーゴのサポーターたちがピッチに乱入した。カヌーテはベルトで殴られて負傷し、ママドゥ・シディベはナイフで切りつけられた。人々がグラウンド内を縦横無尽に走りまわり、弾丸が宙を飛び、ナイフの刃がきらめいている。ケイタはまたしても目の前で展開されるアフリカの兄弟たちの暴力行為に茫然自失した。わずか2年の間に2度の大暴動。何か歯車が狂っている。
「祖国の問題のせいで胃がひどく痛みます。ですので…」
欧州でキャリアを積んでいたケイタだが、2007年の夏に飛躍を遂げた。フランスのロリアンからRCランスを経て、スペインのセビージャに加入すると、ラ・リーガの最初のシーズンで優れたパフォーマンスを見せた。すると今度はバルセロナへの移籍が実現したのだ。 ペップ・グアルディオラのバルサでも前代未聞の輝きを放ちながら、堅実性も身につけた。カタルーニャ人監督はケイタを宝石のように大切に扱った。バルサには才能ある選手があふれていたが、それでもピッチのセンターには筋力、ゴール力、走力の揃った選手が必要だと考えていたからだ。しかしケイタを特別なサッカー選手に仕立てていたのは、その華々しいクラブでの活躍ではなかった。UEFAチャンピオンズリーグでの2度の優勝を含めプロとして16ものタイトルを獲得したが、ケイタという人物を別次元に大きくしたのは、同郷の人々の権利を断固として守ろうとしたことであり、マリ国民との約束を通していつも人々に勇気を伝えてきたことだ。 マリでは多種族が混在しているため、すべてのことが複雑化する。宗教はイスラム教が大半を占め、12の言語が使われ、地域ごとに様々な民族グループが散在している。北部にある、肌が焼けるほど灼熱のサハラではトゥアレグが多数派民族だ。このベルベル系民族の特徴は、何年にもわたって培われた遊牧精神と、砂漠のような敵意に満ちた環境で生き抜く能力だ。 2012年1月、マリの北部で流血を伴う反乱が起きた。トゥアレグ族による反乱軍はアザワドの独立を求めて戦闘を開始した。アザワドはマリ北部の重要な3つの州(ガオ、キダル、トンブクトゥ)を含む地域で、マリと北アフリカを結ぶ地域一帯を支配することが目的だ。つまり、砂漠への出入り口を抑えようとしたのだ。 トゥアレグ族の反乱軍が北部でのさばりマリ軍と血みどろの争いを繰り広げていた頃、CANが開催されていた。マリ代表は準々決勝を戦うため、大会の共催国のひとつガボンへ向かった。退屈な前半戦のあと、後半戦は開始早々に電撃が走った。ガボン代表のオーバメヤンが敵陣ゴール近くまで右から切り込み中央に折り返すと、フリーで走り込んだムルンギがそのボールをゴールに叩き込んだ。 だが、試合終了5分前のこと、マリのアタッカーコンビが躍動する。モディボ・マイガが浮き球をヘディングで逸らしてシェイク・“カニバル”・ディアバテのゴールをアシストした。ディアバテはペナルティエリア内で体を半回転させ、同点に追いつくゴールを決めた。そしてPK戦までもつれ込んだ。双方の国の大スターたちが責任を持って最後のシュートを打つ。オーバメヤンが失敗して現地サポーターに気まずい雰囲気が走る。地元チームにとどめを刺したのはケイタだ。マリは8年ぶりに準決勝進出を決め、喜びもひとしおだ。 しかし、マリ代表の主将であり、PK戦で試合を決めるシュートをしたケイタは、試合後、マリのあらゆる階級の人々を揺さぶる宣言をした。 「今夜、準決勝への切符を手に入れ、きっとみなさんは満足でしょう。でも私は違います。祖国の問題のせいで胃がひどく痛みます。ですので、この場でお願いさせてもらいます。どうかマリ北部での戦争を終わらせてください。私たち同じ国民同士が殺し合うなんてありえません。大統領にお願いします。この戦争を止めるために必要な手段を取ってください」