地主が突然「その銀行は家から遠いので困る」と取引場所を変更…「世田谷5億円詐取事件」の奇妙な指示に隠された”地面師”の策略
悪名高い司法書士
亀野裕之が前章のアパ事件をはじめ数多くの地面師事件を手掛けてきた司法書士なのは、繰り返すまでもない。住まいは目黒だが、千葉県船橋市で司法書士事務所を開業している。そこは地面師たちのあいだでも知られた司法書士事務所であり、亀野の配下の会計士や職員たちが所属してきた。アパ事件では宮田康徳らとともに主犯格として逮捕され、東向島事件でも、宮田とともに17年2月に摘発されている。 問題の世田谷の元NTT寮の売買決済は、そんな悪名高い司法書士の帰国を待って実行に移された。 北田の要請によりY銀行の町田支店の部屋を借り、そこに関係者たちが集った。改めて念を押すまでもなく、東亜エージェンシーが西方から元のNTT寮を買い取り、津波が東亜社から転売してもらうという段取りのはずだった。2つの取引を同時におこなう同日取引で、東亜社にその間の売買差益が落ちる手はずになっていた。 通常、不動産業者間のこうした取引には、物件の所有者や仲介者の取引銀行に応接・会議室を用意してもらい、そこで作業をすることが多い。それ自体は問題ないが、このケースだと2つの取引決済を同日におこなうため、会議室が2つ必要になる。 詐欺師たちにとって、それも重要な舞台装置の一環だった。
詐欺の舞台装置
「A社からB社、B社からC社という2つの取引なので、はじめは同じ銀行の支店内で2つの部屋を借り、そこで作業する手はずでした。まず北田たちから指定されたのがY銀行の町田支店です。うちの会社と東亜エージェンシー、それに西方さん、それぞれの司法書士が立ち会ってY銀行町田支店で契約を交わし、その場で代金を支払う段取りだった」 津波がそう振り返った。 「ところが取引当日になって、とつぜん話が変わったのです。東亜・北田側が、『西方さんが、Y銀行の町田支店では家から遠いので困ると言っています』と取引場所の変更を求めてきたのです。彼らはすでにその変更先を決めていた。『東急線沿線にあるM銀行の学芸大学駅前支店に西方さんを呼んでいるから、そちら側の司法書士などを向かわせてほしい』と要求するのです。地主さんの希望なので、断われませんでした」 これもトリックの一つだ。そうして不動産代金の支払い決済は、町田と目黒区の学芸大学駅前という遠く離れた別々の銀行でおこなわれることになる。津波の会社の担当者はY銀行の町田支店で不動産代金の5億円を引き出した。 本来なら、その5億円がM銀行の学芸大学駅前支店で待つ東亜エージェンシー側に送金され、それを確認した東亜エージェンシーが持ち主の西方に売買代金として入金すれば取引が完了する。だが、初めから犯行グループは取引を成立させるつもりなど毛頭ない。取引場所を分断させたのは、時間稼ぎと同時に、目の前で現金のやりとりをされては困るからだ。そのために決済当日になって持ち主の西方を別銀行の支店に呼び出し、目くらましをした。
【関連記事】
- 【つづきを読む】“かさ増し”した29億円を見せて「その土地を買わせてください」…取引当日に「突然現れた男」を信じてしまう“地面師”のヤバすぎる手口
- 【前回の記事を読む】“地面師”が放った一言に戦慄…「世田谷5億円詐取事件」の決定打となった不動産詐欺の「魔法の言葉」
- 【はじめから読む】念願の新築マイホームが借地に…「地面師」詐欺を取り巻く「混沌」と「闇」、警察が悔やんだ衝撃の展開とは
- 夏場の《白骨死体》でも、警視庁「事件性はなし」...《地面師たちの暗躍》のウラで遺体となった資産家女性の身に起きたナゾ
- ミスに気づいていたのに…司法書士の言葉が黙殺された結果「総額6億5000万円」を地面師にカモられた不動産業者の末路