人生最大の挑戦からたった1年半で強制引退…元ガールズケイリン選手・濱野咲さん「落車の恐怖乗り越えられず」/リンカイ!コラボインタビュー
アニメ『リンカイ!』に出演する声優の日向未南が、アニメに登場するキャラクターと境遇が似ている方へインタビューするコラボ企画。第3弾は元120期の濱野咲さん。高校卒業と同時に競輪養成所へ入所し晴れて選手になるも勝利できない日々が続きます。ストレート代謝の対象となりもがき続けるも……。引退から1年経過した今、当時の心境を振り返ります。こちらの記事の内容は、日向未南さんによる漫画版も公開されます(企画・構成:netkeirin編集部 聞き手:日向未南 撮影:飯岡拓也)。 ーー競輪選手を目指したきっかけを教えてください。 中学ではバスケを、高校では野球部のマネージャーをやっていましたが、裏方よりも自分で体を動かす方が好きだと気付いて。体育大学に行って先生の免許を取ろうとなんとなく思っていました。 高校3年の初めにスノボー教室に参加したのですが、インストラクターが荒井春樹さんだったんです。競輪関係の仕事をしていた母に荒井さんの話をしたら知っていて、一緒にレースを見に行ってみました。そこで初めて競輪を見て「自分もやってみたいな」と思ったのがきっかけです。 競輪選手になる方法って、普通のスポーツと違ってあまり知られていない。どこに連絡したらいいかわからなかったんですけど、たまたま高校の担任の先生がガールズ1期生の藍野美穂さんとお知り合いだったんですよ。 藍野さんから一度支部長にお会いしてみたらとアドバイスいただいて、市川健太支部長に会いに行きました。そして、家から通いやすい京王閣競輪場を紹介してもらい、阿部博之選手に面倒を見ていただくことになりました。
ーーそこから養成所の試験に合格するため、どのように過ごしたのでしょうか。 自転車競技経験がなくても受けられる適性試験で受験しました。一次試験の内容は背筋やジャンプといった身体検査と学力検査でした。結果を聞いた時はびっくりしました。運動神経に自信はなかったし、受かる人数が少ない、もっともっと厳しい世界で、自分なんかは通用しないと思っていたんです。 もし落ちていたら次の年に技能で受けようと思っていたけれど、自転車競技をやっていた人たちが受けるから基準も厳しいんです。だから、適性試験での一次試験通過はチャンス。なんとしてでも適性で受かりたい、これで養成所に入れたら選手になれるぞ! と意気込みました。 そこから二次試験に向け、高校に通いながら京王閣に通ってワットバイクの練習をはじめました。二次試験に受かることだけを目標にワットバイクでタイムを出すためのトレーニングに集中しました。なので、実際に自転車の練習を始めたのは入所までの3か月ぐらいでした。 ーー養成所での生活について教えてください。 養成所に入学してから2週間、それぞれ隔離された部屋で過ごしました。真っ白な会議室みたいなところに1人でテレビもないし……うつ病になっちゃうんじゃないかと怖かったです。それに、私たちの期は夏と冬にある外出許可がありませんでした。最初は許されていた公衆電話の使用も、そのうち感染防止の一環として使えなくなって……キツかったですね。 自転車の練習を3か月しかしていなかったこともあり、周りと比べて自転車に乗りこなせていませんでした。みんなと馴染めていなくて相談もできなかった。自転車を自分のものにして、一体となって進んでいく感覚を掴めるまで苦労しました。 私の同期は自転車歴10年以上ある吉川美穂さんや山口真未さんをはじめ、日本代表の選手など、レベルが高い人が多かったんです。そういう人たちのところにいきなり入っていかなきゃいけないので、追いつくだけで必死でした。同期の走りを見て学んだり、自転車のセッティングを教えてもらったり。とにかくいろんな人に助けてもらいました。