スペインのレティシア王妃、大絶賛されたバレンシアガのドレスの秘密とは?
この記事は、madameFIGARO.frで掲載されたものの翻訳版です。 スペインの王妃が公式ポートレートのために身に纏ったのは、スペインのクチュールブランド、バレンシアガのアーカイブから選ばれたヴィンテージドレスだった。歴史が刻まれた装いだ。 【写真】「美しい」「エレガント」と大絶賛のレティシア王妃のポートレート この壮観な写真を見ると、時を超えたかのような錯覚を覚える。フェリペ6世の即位10周年を記念して、スペイン中央銀行がマドリード本部の壁に展示するために、国王夫妻のポートレートを依頼した。この2枚の写真は、今年3月20日にパリで美術アカデミーに迎えられたアメリカの著名な写真家アニー・リーボヴィッツによって撮影された。レティシア王妃は、スペイン・サバデイ市のアントニ・デ・モンパラウ財団に保管されていたバレンシアガのヴィンテージ衣装を纏い、その姿を写真に収められた。このドレスを選んだのには深い意味が込められている。 写真の中で、52歳のレティシア王妃は黒のシルクモスリンとチュールで仕立てられた見事なビスチェドレスを纏っている。写真がSNSで公開されると、「まるでハリウッドスターのようだ」「まるで絵画のように美しい、そして非常にエレガントなドレス」「壮観」とX(旧Twitter)で称賛の声が相次いだ。
貴族らしいファッション
人々の目を引くことを目的として創り出されたこのオートクチュール作品は、特別な背景の中で誕生した。1948年、第二次世界大戦から3年後のこと。戦後の復興を当時のデザイナーたちは、オートクチュールを復活させ、新たな顧客を獲得する好機と捉えていた。 ローザンヌに拠点を移したガブリエル・シャネルは、パリのファッション界をふたりの男性に託した。そのふたりとは、パリで注目を集めていたクリスチャン・ディオールとクリストバル・バレンシアガだ。ディオールは1年以上前から有名なニュールックで名を馳せていた。一方、バレンシアガはより洗練された彫刻的なスタイルを貫いていた。彼は、「優れたデザイナーは、設計のための建築家、形のための彫刻家、色のための画家、調和のための音楽家、そして計測のための哲学者でなければならない」と語っていた。 バスク出身のデザイナーの作品は、すぐにスペインの上流社会で高く評価されるようになった。「彼は世界で最も優雅な顧客を持つデザイナー」と、雑誌「ヴォーグ」も彼を称賛した。そんな中、1948年に画家でコレクターのオレゲル・ジュニエントの娘、マリア・ジュニエントがバレンシアガにドレスを依頼した。そのドレスは、約80年後にスペインのレティシア王妃によって着用されることになった。 スペインの歴史から1万9千点以上の収蔵品を保管するアンソニ・デ・モントパラウ財団の会長であるジョセップ・カサマルティナは、「マリア・ジュニェントは、バレンシアガが暮らす近隣のバルセロナに住んでおり、親しい友人でもあったため、この衣装を注文しました。その後、彼女の孫娘によって財団に寄贈されました」とスペインの新聞『エル・ムンド』のインタビューで語っている。 バレンシアガの赤いケープには元々、アイボリーのドレスがセットになっていた。このセットは1962年、フアン・カルロス1世とソフィア王妃の結婚式のために、マリア・デル・カルメン・フェレール=カヒガル・デ・ロベール(トロエジャ・デ・モントグリ伯爵夫人、ロベール侯爵夫人)によってオーダーされたものだ。60年以上が経過した今、このケープを現代に蘇らせたのはレティシア王妃である。彼女は、これにダイヤモンドのイヤリングとネックレスを合わせて着用した。これらのアクセサリーは、1906年にアルフォンソ13世がヴィクトリア・ユージェニー王妃に贈ったものである。また、このシックなスタイルは、彼女が機知に富んだ元ジャーナリストであることを人々に強く印象付けた。そして、ふたつの地位を人々に認めさせるものとなった。王妃、そしてファッションアイコンとして。 text: Augustin Bougro (madame.lefigaro.fr)
translation: Hanae Yamaguchi