何もしなくても位置情報の精度が上がる日に向けて–「みちびき」6号、機体公開
2024年11月27日、日本の測位衛星網、準天頂衛星「みちびき」6号機の機体が三菱電機 鎌倉製作所で公開された。2025年2月1日に「H3」ロケット5号機で打ち上げられる予定の「みちびき」6号機は、ユーザーが受信機を買い替えるといった行動をとらなくても、自然に位置情報の精度が上がる衛星網整備の「後半戦」節目の機体だ。「みちびき」衛星の進化と15年目に入った準天頂衛星システムの成果を紹介する。 準天頂衛星システムは、2010年から日本が運用を開始した測位衛星の一種。測位衛星には、地球全体に位置情報を送信できるGNSS(Global Navigation Satellite System)とある地域だけに位置情報サービスを送信するRNSS(Reasional Navigation Satellite System)がある。GNSSの代表は米国の「Global Positioning System(GPS)」、欧州の「Galileo」、中国の「北斗(BeiDou)」などがあり、地域型のRNSSはインドや日本の準天頂衛星システム(Quasi-Zenith Satellite System:QZSS)などが運用中で、韓国なども整備を計画している。 GPSをはじめとする測位衛星は、精密な時刻と自らの軌道上の位置の情報(PNT)が含まれる「測位信号」常時送信している。機能的には通信放送衛星の一種だ。地上では、受信機の可視範囲に最低4機の測位衛星がいれば、測位信号を受信して受信機がいる位置を計算することができる。 GPSに加えて各国が測位衛星網を整備し、世界のGNSSが利用できるようになった現在は利用できる衛星数が飛躍的に増えた。可視範囲に4機の衛星がいないということは少なくなったものの、一方で衛星測位システムの利用範囲が拡大し、位置情報の精度向上が求められるようになっている。 2010年に打ち上げを開始した「みちびき」シリーズによる準天頂衛星システム(QZSS)は、日本を中心としたアジア太平洋地域の上空を“8の字”型を描く「準天頂軌道」の衛星と静止衛星を組み合わせて構成されている。 普段はGPSの一部として、山間地や高層の建物が多い都市部で天頂に近いところから測位信号を送り、ユーザーが確実に位置情報を得られるようにする役割を持っている。現状は準天頂軌道に3機、静止軌道に1機の4機が稼働しており、これを準天頂軌道にもう1機、静止軌道にもう2機を追加し、QZSSだけで測位が可能になる「7機体制」の完成を目指すのが2024年度から2025年度までの計画だ。 公開された「みちびき」6号機(QZS-6)以降の後半の3機の衛星が追加されて7機体制になると、2026年度以降は、もしもGPSなどが機能しない場合でもQZSSだけで日本周辺エリアで位置を計算できるようになる。 ただし、7機は必要最低限の衛星数のため、バックアップの衛星を追加して、2030年代後半には測位の機能を安定して維持できる「11機体制」(準天頂衛星8機、静止衛星3機)を目指す計画だ。 QZS-6は、「みちびき」初号機からシリーズの衛星を開発してきた三菱電機が衛星バス「DS2000」をベースに開発した衛星で、7機体制に向けた計画後半の最初の衛星となる。2021年10月に打ち上げられた「みちびき」初号機後継機(累積では5機目)に続いて、およそ3年ぶり、2024年度中にH3ロケットでの打ち上げを予定している。5号機と順番が前後するが、6号機が先で2025年度中に5号機、7号機が続く計画だ。 2種類の「高精度測位」 QZS-6以降の衛星には、もうひとつ大事な役割がある。基本的な衛星測位の精度向上につながる「高精度測位システム」の実証に備えた準備だ。「高精度測位」という言葉には複数のシステムが含まれていて誤解を招きやすい。 大きく分けると、基本的な測位信号の品質が向上して、ユーザーが普段から使っている受信機(スマートフォンやカーナビなど)で何もしなくても位置情報の精度が1m程度まで上がるものと、地上の機器と連携して測位信号の精度を大きく向上させる補強情報を加え、1m以下、cm級まで精度を向上させ、専用の受信機を必要とするものがある。 専用受信機を必要とするタイプは、日本国内向けのみの「cm級補強サービス(Centimeter Level Augmentation Service:CLAS)」と、東南アジアやオーストラリア、オセアニアで利用できる「MADOCA-PPP」がある。 CLASやMADOCA-PPPといった補強情報を利用する高精度測位はすでに配信を開始しており、「位置情報の精度が1m以下、cm級になる」と言われているのはこちらだ。専用の受信機を必要とすることもあり、現在は圃場の畝に沿って正確に農機が移動しなくてはならない農業や除雪作業の自動化、船舶やドローンの高度な飛行などモビリティなどの分野で求められており、専門性の高い分野での利用が中心だ。 一方で、ユーザーが受信機の買い替えといったコストのかかる行動を取らなくても、現在よりも高い精度の位置情報を利用したいというニーズもある。GPSや北斗なども衛星の世代交代、運用技術の向上で精度向上は進んでいることから、日本も追いついてほしいと思われるのも当然の要望だろう。 「みちびき」6号機から、基本的な測位精度の向上を目指す「高精度測位システム(Advanced Satellite NAVigation system:ASNAV)」の実証に向けた準備が始まる。キーになるのが「衛星間測距システム」と「衛星/地上間測距システム」だ。 「みちびき」5~7号機には、2つの測距システムに対応した機器が搭載される。どちらも、測位信号に含まれる「軌道上の衛星の位置情報」をより正確にするための仕組みだ。 測位衛星から送られてくる測位信号には時刻情報と衛星の位置情報が含まれており、地上の受信機が計算する位置情報の誤差は2つの情報の精度に依存する。時刻情報は原子時計により精密な時刻が刻まれているが、衛星の軌道上の位置情報は地上局と距離を測定して求めているため、従来の方法では最終的にユーザーの得られる位置情報の精度は5~10m程度となっている。 ASNAVでは、「みちびき」5・6・7号機の間でお互いの軌道上の距離を測り、位置誤差を改善するための衛星間測距システムと、「みちびき」5号機以降の衛星と地上局が信号を送受信することで位置誤差を改善するための衛星/地上間測距システムを加えることで、衛星の軌道上の位置情報の精度を高め、将来はユーザーの測位情報を誤差1m程度まで高めようとしている。 ASNAVの実証は2025年の7号機打ち上げ後から3年間実施し、実運用はさらにその後になる。ユーザーが効果を実感できるようになるのはまだ先だが、「みちびき」6号機はその皮切りとなる衛星なのだ。 黒の締まったMLIが特徴–準天頂衛星「みちびき」 「みちびき」シリーズは初号機から三菱電機製の静止衛星プラットフォーム「DS2000」をベースに開発されており、6号機もこれまでの「みちびき」シリーズを踏襲した姿となっている。静止衛星ということもあり、打ち上げ時重量4.9トンとこれまでよりやや大型の構成だ。基本的な測位信号を発する測位ペイロード(ミッション機器)に加え、ASNAV実現にむけた衛星間測距、衛星地上間測距ペイロードも搭載している。 DS2000系の静止衛星はこれまで18機が打ち上げられ、そのうち8機を「みちびき」シリーズが占めるとあって、運用経験のかなりの部分を「みちびき」が占める。 初号機では当初、測位信号を発するというミッションの性質から外乱の制御を最小限にする方針だったが、運用の中でむしろ積極的に制御したほうが精度が向上することがわかり、2号機以後の制御の方針につながっていったという。7号機では、静止軌道からわずかに軌道を傾けた「準静止軌道」という軌道に衛星を投入する。静止軌道から少しそれていることで、ASNAVの実証に効果があるのだという。 測位ミッションペイロードを上に向けた準天頂衛星「みちびき」6号機。左上中央の銀色のシートで覆われた部分が、測位信号の要である「L帯アンテナ」。機体側面(写真の機体下側)には、2020年に日本と米国で交わされた覚書に基づいて搭載される米国の宇宙状況監視(Space Situational Awareness:SSA)センサーが搭載されている。 「みちびき」シリーズは、機体が黒いシートで覆われている姿も特徴的だ。人工衛星の外側は「多層断熱材(Multilayer Insulation:MLI)というシートで覆われているが、透明な樹脂製フィルムの下に重ねる素材によって外観の色が変化する。 「みちびき」が利用する準天頂軌道や静止軌道は衛星が帯電しやすく、故障を防ぐために導電性の高いカーボン素材を利用しているため、MLIが黒いシートとなっている。より地球に近い低軌道の衛星では、太陽光の反射を防ぐために銀色のシートと黄色い樹脂フィルムを重ねるため、金色に見えるMLIに仕上がっているという。 準天頂衛星「みちびき」6号機は、2025年2月1日にH3ロケット5号機(H3-22S形態)で種子島宇宙センターから打ち上げの予定だ。
秋山文野