発達障害「圧倒的な切実さとリアリティー」現在進行形の魂の叫び…中島栄子さん「モルヒネ」九州戯曲賞大賞
発達障害を巡る主人公とその家族の葛藤を描いた戯曲「モルヒネ」が12月、福岡市で初上演される。第10回九州戯曲賞で、自作の上演経験がない中島栄子さん(46)(福岡県宗像市)が異例の大賞を受賞した作品だ。実体験に基づく物語は「圧倒的な切実さとリアリティーがある」と評され、最終審査で劇団の主宰者ら実力派の候補を退けた。(井上裕介) 【写真】演出を担当した木村さん
「待っとかんね!」
「待てんっちゃ! ここに祭壇持ってこないかんのよ。お母さん、もうどうなるかわからんのに! 今せんと、間に合わんやろ」
主人公の広瀬貴実子に強い口調でとがめられた父は動かず、また繰り返す。
「待っとかんね、て!」
今月上旬、福岡市東区のなみきスクエアの練習室で、演者たちの声が響いた。臨終が迫る母の葬儀の段取りを考える貴実子が、自宅の仏間で物を散らかしたままの父と言い合うシーンだ。
人の気持ちや場の空気を察することが苦手で、約束を守らない父。連鎖するように自身の仕事や恋愛も行き詰まっていく貴実子の生き方は、中島さんそのものだ。大学卒業後、保険会社や飲食店、仏壇店などで働いたが、お金を数えることが苦手で、人間関係もうまくいかなかった。病院で、父と同様に発達障害と診断された。
「自分の人生って何だろうって。私みたいな人もいる。そういうものを書きたいと思った。福祉の手が届かないところで闘い、助けられなかった人たちの話を」と中島さんは振り返る。
貴実子が仏前で亡き祖父や、苦痛を緩和するモルヒネを投与されて意識がもうろうとする母を相手に語りかける場面はモノローグとなり、生前には聞けなかったことを盛り込んだ。こうして書くうちに「今を必死に生きる私と同じような境遇の人に届けたいという思いが生まれてきた」という。
2022年6月に行われた九州戯曲賞の最終審査では、「生涯に一度書かなければならないものとして理解できる」「描かれた世界の本物の手触りに驚愕した」などと高く評価された。他に残った候補は、各地で公演を重ねる劇団の中心人物で作劇技法に優れていたが、粗削りな部分もある中島さんの作品が、訴求力で上回ったのだ。