「そっと手を添え じっと待つ」大経大・徳永光俊学長に聞く
「そっと手を添え じっと待つ」大経大・徳永光俊学長に聞く 撮影:岡村雅之
新緑が萌える季節。日本列島の農山村では、風土に適した農作業が進む。「まわし」(循環)、「ならし」(平準)、「合わせ」(和合)。大阪経済大学の徳永光俊学長が説く日本農業の三大原理だ。粘り強い調査に基づく研究成果が分野を超え、教育や医療の重要指針とも通じ合う。成長や発展を呼び込む自由競争の名のもとに、格差や生きづらさにさらされがちな現在、今少し個々の負担を軽減し、社会全体を上手に動かしていける「ほどよい仕組み」はないものか。「そっと手を添え、じっと待つ」の教育理念を掲げるベテラン農学者の問題提起に、しばし耳を傾けたい。
一枚の田畑を複合的に活用するまわしの知恵
まわし(循環)・ならし(平準)・合わせ(和合)をキーワードとする日本農法へのアプローチは、若き日の大和行脚から始まった。急峻な高峰こそないものの、うねるような山々に囲まれた大和・奈良盆地。古代から人々が暮らし、古墳などから歴史を塗り変える遺構が出土する快挙が今も続く。近世を迎えても耕作できる農地が限られ、水利にも恵まれない地域だけに、人々は農法に改良を重ねてきた。日本農業史を専攻する徳永さんにとって、大和は農書から農法を読み解くために通い詰めた本拠地だ。 一面に広がる水田。あるいは見渡す限りの野菜畑。懐かしい「心のふるさと」の郷愁につながるからか、現代人は農村に「いつも変わらぬ情景」を思い浮かべがちだ。しかし、近世から近代にかけての大和農法は、現代人の常識を小気味良く覆すほど、複雑巧妙で、ダイナミックだった。 同じ一枚の田畑でも、作物は一種類ではない。表作と裏作による二毛作や、水田を数年に一度畑に換える田畑輪換などで、多様な作物を組み合わせて栽培してきた。米、麦、綿を中心に、ナタネ、ソラ豆、大豆、イモ類、スイカなど、バリエーションに富む。耕作に適さない場所でも、簡単にはあきらめない。「瓜いろいろ」という雑毛作の記録も残る。 農家や地域、時代が変わると、作物の組み合わせが異なるが、変わることを変えない。変わることに一定のルールがあり、集落単位である程度ルールが共有されていたようだ。鳥の翼と視点を借りて天空から見下ろせば、奈良盆地全体が、文様の変化を繰り返す壮大なパッチワークに見えたことだろう。徳永さんは多様な作物を循環させて耕作する一連の農法を、和語の「まわし」と名付けて評価する。 「大和のように土地利用の高度化が進んだ地域では、田廻り、綿廻り、水田廻りなどの表現で、作物ローテーションによる作りまわしが盛んに行われていました。同様に農作業を担う人たちの働き回しや手回しの良さも重視された。土地、作物、働き手を、たくみにつないで循環させるまわしの原理が醸成されていく。作物がめまぐるしく変わるまわし農法は、現代人からはとてもたいへんな作業のようにみえますが、農民たちには長年の体験に基づく知恵がありました」(徳永さん)