命じておいて信号文も知らない…「無能な司令部」が語った「ミッドウェー海戦」大敗北の「責任逃れな言い訳」
「運命の5分」という真っ赤なウソ
『ミッドウェー』には、また、 〈運命の五分間――赤城、加賀、蒼龍被弾〉 と題する一節がある。兵装転換が終わった空母の飛行甲板に準備のできた飛行機が並べられ、いよいよ出撃、というときに敵急降下爆撃機の爆弾を受け、「赤城」「加賀」「蒼龍」の3隻の空母が瞬時に被弾した、というものである。 〈あと五分で攻撃隊全機の発艦は終わる、 ああ運命のこの五分! 〉 と劇的な表現で記されているが、結論を言えば、これも真っ赤なウソである。 索敵任務を終えた吉野治男一飛曹の九七艦攻が、味方艦隊を水平線上に認める位置まで帰ってきたところ、はるか前方を、小型機が一機また一機、低空を東の方向に飛んでゆくのが見えた。味方機ではない。吉野は胸騒ぎを感じた。 「『加賀』の上空に着いて着艦の発光信号を母艦に送ると、間もなく着艦OKの旗旒信号があり、着艦しました。7時5分のことです。着艦できたということは、このとき飛行甲板は空だったということです。搭乗員室に入るところの、飛行甲板脇のポケットに仲間の搭乗員が大勢出ていて、口々に、私が着艦する直前に敵雷撃機の攻撃を受けたが、魚雷は全部回避したこと、敵機のほとんどを上空直衛の零戦が撃墜したことなどを話してくれました。搭乗員室に入って飛行服を脱いでいると、突然、対空戦闘のラッパが鳴り響き、真下にある副砲(「加賀」の両舷側後部には20センチ砲が5門ずつ装備され、それを乗組員は「副砲」と呼んでいた)が、轟音を上げて発射された。敵雷撃機の来襲です。私は、飛行服の下に着ていた白い事業服のまま、あわてて先ほどのポケットに飛び出しました」 対空機銃は懸命に応戦している。すると、機銃指揮官が、指揮棒を上空に向けて何かを叫んだ。見上げると、敵急降下爆撃機が雲の間から突っ込んでくるところだった。初弾が、艦橋に近い飛行甲板に命中した。ときに7時23分。「加賀」には4発の爆弾が命中、そのうち1発が艦橋下の搭乗員待機室を直撃して、そこにいた大勢の搭乗員が戦死し、あるいは大火傷を負った。 「私は、ポケットの隅にうずくまりました。伏せていたから、2発め以降はどこに命中したかわかりません。格納庫内には、第二次攻撃に備えて燃料を満載した艦攻、艦爆と零戦の一部があり、大火災になりました。さらに艦攻には魚雷が装着され、庫内には信管をつけたまま取り外した800キロ爆弾、さらに艦爆には250キロ爆弾が搭載されていましたから、これらが次々と誘爆を起こした。誘爆の凄まじさは想像を絶するもので、爆発のたびに『加賀』の巨体は大きく揺れるようでした」 「加賀」は、生存者を救助したのち、味方の魚雷で処分されることになった。 「私は外舷を伝って、なんとか上甲板まで下りました。対空機銃のポケットには肉片が飛び散り、焼け焦げた死体がものすごい臭気を放っていた。誘爆はなおも続いています。やがて艦は速力がなくなり、停止しました。駆逐艦が右舷(みぎげん)100メートルまで近づき、停止して『加賀』乗組員の救助を始めるのが見えた。私は意を決して海に飛び込み、駆逐艦に向かって泳ぎ始めましたが、また敵機が来たのか、駆逐艦は急に動き出し、高速で視界から遠ざかっていったんです。仕方なく、浮いていた木片につかまって漂流し、ふたたび現れた駆逐艦に救助されたのは約2時間後、駆逐艦は『萩風』でした」 吉野を救助した「萩風」と「舞風」、2隻の駆逐艦が、2本ずつの魚雷を「加賀」に放った。午後4時26分、「加賀」沈没。救助された「加賀」乗組員たちは、挙手の礼でこれを見送った。すでに単なる鉄塊と化して沈んでゆく「加賀」の姿に、吉野は涙も出なかったという。