「ありのままで幸せだと思える社会」とは?福祉を起点に新たな文化の創出を目指す「HERALBONY(ヘラルボニー)」が目指すもの
常に成長しては立ち戻り、自問自答を続けていく
高井 素敵な出会いがあったのですね。新たな展開や拡大をするうえで、ヘラルボニーの大切な軸を壊さず、失わずに進めていくのは大変なことではないかと思いますが、社内での葛藤や議論はあったのでしょうか。 忍岡 それはとても大事なご質問で、やっぱり葛藤はあります。代表の松田崇弥と文登もよく言うのですが、創業のきっかけでもある彼らのお兄さまは、今も施設で空き缶つぶしなどの作業をして月に数千円を得る生活をされています。ヘラルボニーは一部の才能のある方だけにフォーカスしたいのではなく、そんなお兄さまのような障害のある方々、そしてそのご家族が、ありのままで幸せだと思える世界をつくりたいという大目標があります。 事業を伸ばそうとすればするほど、お金儲けや大きな案件みたいな方に走ってしまいたくなりますが、それじゃやっぱりダメで。私たちの日々の活動が作家さんにとって、あるいは周りにいらっしゃるご家族にとって、本当に意味があることなのかということは常に考える必要があります。そこを無視して数億円企業になっても意味がないので。常に成長しては立ち戻り、「本当にこれでいいのか」と自問自答し続けなければいけない企業だと思います。 高井 忍岡さんが以前、ヘラルボニーについて「負を負のままにしない」と語られていたのがとても印象的だったのですが、実はヘラルボニーのアーティストさんについて「障害のある方」と考えるのはバイアスなのだろうか、でも、それを否定するのもおかしいのかな…といろいろ考えてしまう自分がいます。 忍岡 わかります。私も最初はどうしたらいいんだろうと迷いました。でも、代表の松田兄弟と一緒に作家さんとお会いすると、彼らは「今日はすごく暑いですね」って普通に話しかけたりして、一生懸命に人間同士としてコミュニケーションを取っていくんですよね。垣根がないってこういうことなんだと私も勉強させてもらっています。また、「障害」は個人の心や体の機能的な問題ではなくて、社会環境の問題であるという「障害の社会モデル」という考え方もあります。 お答えになっているかわかりませんが、障害の有無は厳然たる事実としてあるけれど、それが命としての価値を左右するわけではないという理解が大切なのかなと思います。違いはあれど人間同士である、というフラットな感覚を持つというか。