「ビザはもらえないしバスの運転手は戻ってこない」日本の常識が通用しない文化で実感した“ラテンアメリカ文学的世界”のリアルとは? 池澤夏樹と星野智幸が語る【第2回】
池澤 大変だけどそっちの方が楽だなということはありますよね。バスといえば、あれはアフリカだったけど、バスに乗っていたら転覆したことがあります。みんな天上の位置になった窓から外へぴょんと降りて、どうしちゃったんだろうねっておしゃべりしながら次のバスを2時間くらい待ちました。残念ながら食事会はありませんでした(笑)。 星野 目的地に着けばいいという感覚なんでしょうね。ラテンの世界に行くと時間感覚がめちゃくちゃなんですが、そもそも時間通りにしなければならないという意識を共有していないから、別にめちゃくちゃでいいんです。1人でそれに対してやきもきしているとこっちが異常な人間になる。あっちではそのめちゃくちゃなのが標準なんだと思います。 池澤 それでもなのか、だからこそなのか、とにかくラテンアメリカの世界には魅力を感じますね。僕も暮らしたことはないけど、何度も足を運びました。4年くらい前には娘が住んでいたのでチリのサンティアゴに遊びに行きました。そのときは楽しかったんですが、僕が帰ってから2週間後くらいに暴動が起きてあの国は壊れてしまった。サンティアゴの地下鉄の駅がみんな焼かれた。どこかで社会に対する不満が溜まっていたんでしょう。デモ隊も毎日騒いでいたと言います。うちの娘は買い物をするために外に出ても、デモ隊が来るとちょっと脇道へ避けて、しばらくそこで待ったらしい。そういう話を直接聞いて、国って案外簡単に壊れるものなんだなと思いました。
星野 ラテンの人たちは楽しむときも怒るときもリミッターを外すんですよね。それをしないと生きている気持ちにならないというか。だから陽気なときはすごく楽しいんですが、怒ってるときは少し怖いというのはよくわかります。それとデモも日本に比べて格段に多いです。数年前にメキシコを訪れたときも僕の泊まっているホテルのそばでデモがありました。窓から見ていたんですが、デモ隊の長い行列がずらーっと続いて、最後尾に食べ物や飲み物を売る屋台の自転車の人たちがちゃっかり連なってるんですよ(笑)。人が集まるところならどこへでも自転車露天商は必ず現れて、小さな市場を形成するんです。あれは面白かった。 あ、そうだ。30年前、「親の言いつけに背いたために蜘蛛にされた女」を見たことがありました。移動遊園地に見世物小屋があって、入ったら蜘蛛女がいたんです。ガルシア=マルケスの作品に出てくるやつだ、と興奮しました。 *** 第3回では、『百年の孤独』の作者ガルシア=マルケスの延々と終わらない語りのリズムを考察した対談をお届けする。(全6回の一覧はこちら) *** 池澤夏樹 作家。1945年北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。東京、ギリシャ、沖縄、フランス、札幌を経て、2024年5月現在安曇野在住。主著『スティル・ライフ』『母なる自然のおっぱい』『マシアス・ギリの失脚』『楽しい終末』『静かな大地』『花を運ぶ妹』『砂浜に坐り込んだ船』『ワカタケル』など。「池澤夏樹個人編集 世界文学全集」「同 日本文学全集」を編纂。 星野智幸 作家。1965年ロサンゼルス生まれ。早大卒業後、新聞社勤務を経てメキシコに留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞受賞。主著『目覚めよと人魚は歌う』『ファンタジスタ』『俺俺』『夜は終わらない』『焔』など。 [文]新潮社 1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。 協力:新潮社 新潮社 新潮 Book Bang編集部 新潮社
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