働きながら本を読むのは贅沢? いつから読書は「労働の邪魔」になったのか
格差の拡大は「読書格差」も生む
私自身の期待を込めた予測を語ってきましたが、残念ながらシビアな予測もあります。向こう10年間で、格差はさらに広がるでしょう。生活格差のみならず、働き方と読書の格差も大きくなる可能性があります。 少子化と労働人口減少により、人手不足は今後も続き、働き口は十分にあるはずです。しかしそれらの職種も二極化すると思われます。AIで代替できない仕事、すなわち高度な知識やスキルが求められるエリート職と、もう一つ、人力に任せてもコストのかからない低賃金の職業です。後者に就いた人は、いくら働いても生活は苦しく、心の余裕もなく、読書どころではなくなります。 仕事やプライベートに「半身」で関わって心豊かに暮らす人が増えても、その選択さえ叶わない人も出てくるなら、それは憂うべき事態です。この数十年で根づいた「自己責任論」は継続されるのか、個人は自分のことだけを考えていればいいのか。一人ひとりが問われるところでもあるでしょう。 もう一つ憂慮しているのが、書店の減少です。減っているのみならず、若い世代、とりわけ読書習慣のない層には、書店に入ったことが一度もないという人もいます。これは生活格差や教育格差に加え、「文化格差」を促進させる危険があります。本と出会う機会=タッチポイントをいかに確保するかは、重要な社会課題です。
2034年に望むのは「書店がある環境」
そうした先の未来、2034年の日本に「書店がある読書環境」が保たれるよう、私は強く願うばかりです。 対策は容易ではありませんが、若い世代に訴求するには、書店に行くことが「体験」になるような仕組みが有効だと思います。若い世代にとって、飲食店や娯楽施設は「スマホで撮って楽しむ場所」であることが必須。 書店もSNSで共有したくなるような場であれば、大いに足を運ぶでしょう。本の撮影は「デジタル万引き」にもつながりやすいので、何らかのルールが設定される必要はありますが、書店復活のための、一つの鍵だと思っています。 ちなみに私自身は、そうした要素のない「昔ながらの書店」も非常に好きです。書店には、ネット書店にはない豊かさがあります。買いたい本を検索して選ぶのと違い、店内を歩くと偶然の出会いが無数にあります。検索画面に出てくるリコメンドとは比較にならないほど、多くの本が視野に入ってきます。新刊情報も、ネットではわずかしかもたらされませんが、書店では自然に目に留まります。 つまりは「未知」の情報量が多いのです。それまで意識していなかった、潜在的な興味が掘り起こされることも多々。想定外という意味ではこれもノイズですが、快いノイズです。 皆さんもときどき書店に立ち寄り、ノイズを楽しんではいかがでしょうか。上に、「働きながら本を読むコツ」として6つのポイントを挙げましたが、「⑤今まで読まなかったジャンルに手を出す」はとりわけお勧めです。 人生の経験を積んでいくことで、読める本の幅は広がっていくもの。これまでは小説やエッセイが好きだったとしても、ビジネス書が面白く読めるようになっているかもしれません。ぜひ、書店で色んなジャンルの棚を眺めるようにしてください。固定化しがちな関心に刺激が加わります。 こうしたノイズを取り入れ、受け容れ、楽しむこと――それは皆さんの10年後を、きっと豊かにするでしょう。
三宅香帆(文芸評論家)