「まさに媚薬のような機器ですね」人類の未知の領域に踏みこんだ壮絶なサスペンス小説を描いた山田宗樹の創作の裏側とは?
「そもそも、人間の精神に正常な状態なんてあるのかな」 〈夢の国〉実現のために頻発する不可解な惨劇。暴走した犯人たちの脳に何が起きているのか? 目には見えない支配に弾ける狂気。人間の思考の根幹を揺るがす物語。 斬新なアイディアと圧倒的なリーダビリティで読者を魅了し続ける山田宗樹。 新作『鑑定』もまた人類の未知の領域に踏みこんだ壮絶な一冊である。 読みどころを中心にその創作の裏側を聞いた。
◆脳という未知の領域から始まるエンターテインメント小説の発想
内田剛(以下、内田) 『鑑定』の構想はどこから生まれたのでしょうか。 山田宗樹(以下、山田) 『サピエンス全史』を読んでいた時に「精神的な寄生体」が出てきて、とても面白い言葉だと感じました。確かに「思想感染」という言葉が昔からありましたが、その思想自体が何か意志を持っているかのように、人間の体内でどんどん広がっていくっていうイメージが、「寄生体」という表現になっていてとても新鮮に響いたんです。自我を麻痺させ、精神を支配する「寄生体」。これで一つのエンターテインメントができないかなと考えました。 内田 コロナ感染での緊急事態宣言がありましたよね。非日常の世界が作品に影響していますか。 山田 きっかけとしては直接的な影響はないですが、話の展開のさせ方には、多分影響していますね。 内田 「感染」に「寄生」といえば無意識のうちに、新型ウイルスの記憶が呼び寄せあったのかもしれませんね。 山田 社会がコロナを「なんかわけのわからないものが出たぞ」といったところから、いろんな情報が錯綜しながら、少しずつ正体がわかってきた。今回の『鑑定』の中でも、精神寄生体のことについては、最初はよくわからない感じで、立てた仮説が必ずしも正しいわけではなく、少しずつ近づきながらも、それでも近づききれない展開にしてあるんです。だから今の社会であれば、リアルに受け止めてもらえるのかなと思いました。 内田 脳の世界って本当によくわからない、ということが『鑑定』を読んでてよくわかりました(笑)。──タイトル『鑑定』は核心を突いたような印象ですが。 山田 角川春樹社長のアイディアなんです。このタイトルは私からではちょっと出てこないですよ。余計なものが排除されていてこれはいいと、使わせていただきました。 内田 展開も見事ですが、どのように書き進めたのでしょうか。 山田 例えば、今回「エモーション・コントローラー」が出てきますが、最初はなかったんですよ。 内田 「エモコン」はストーリーの鍵となる医療機器。作中では「だれもがタップ一つで自分の感情を思いどおりにできる」と説明がありますが、まさに媚薬のような機器ですね。 山田 書き出してみて違和感があって、最初はホラーっぽいものにするつもりだったのですが、どうしてもしっくり来ず、それならいっそテクニカルなイメージでいこうと「エモコン」を出しました。着地もその時点では考えてなくて、とにかく読者を引っ張りながら面白くしていこうっていうことで、少しずつ前に進めていって。着地を考えたのも本当に後半になってからです。 内田 「エモコン」は負の感情を解消してもくれれば、恍惚感や万能感も生みだす。両刃の剣のようです。「エモコン」は山田さんの中で具現化しているのですか。実際にありそうですが。 山田 そうなんです。意識していることとしては、荒唐無稽な話ではあるんですけども、現実世界と繋がりそうだなっていうことを読者に感じてほしいなというのがあります。やっぱり、本当に起こるんじゃないかという楽しみ方をしてほしい。 内田 なるほど。 山田 ないんだけども、ひょっとしたらあるかもしれないという、際どい線を狙っています。 内田 最初は終末期医療の現場に導入されて、その後自宅で手軽に使えるようになる、この流れ、実際にありそうです。山田さんといえば「理系ミステリーの旗手」というキャッチフレーズがありますが、今回も鑑定シーンが詳細で引きつけられました。参考文献にありますけど、精神鑑定についてもかなり研究されたのではないでしょうか。 山田 ええ、すごくいい文献に巡り合って助けられました。 内田 特に被験者が「精神寄生体」に支配されているか調べる樹木画テストで「切り株」が描かれた場面が気になりました。 山田 枝葉がまったくなく、裸の切り株ですね。被験者が自分の力ではどうにもならない深刻な状況にあることを示している。こういう実例はあるけども、非常に稀であると書いてありました。