「まさに媚薬のような機器ですね」人類の未知の領域に踏みこんだ壮絶なサスペンス小説を描いた山田宗樹の創作の裏側とは?
◆小説世界のリアリティを現実とどのようにつなげるか
内田 やはりリアリティですよね。いろんな惨劇のシーンもまた目を背けたくなるぐらいに迫真です。特に第四章の「決壊」のところ。地下街や電車内のシーンなど極めて怖い。でも、不思議な既視感があります。実際に起こった事件を意識されているのでしょうか。 山田 いや、こういう事件はできれば現実にあったものとは結びつけたくないですね。この話を書いてみると、やはり地下街はどうしても必要な場面でした。書く以上は、やはり読者を引き込んで、緊張感を感じてもらわないと、そこはエンターテインメントですから。 内田 そうですね。見事にはめられました。この第四章「決壊」は、映画の一シーンのようでした。音や絵を浮かべながら書かれたのでしょうか。 山田 ここは仕掛けがあります。あの部分だけ群像劇のようになってるんですね。実は三段階になってて、最初は少し地味なんですけども新聞記事のように事件が淡々と並ぶ。あれが第一段階です。 内田 まずは事実があってですね。 山田 決壊が始まって、地下街テロで再び、それまで出てこなかった人物が次々と出てくる。ここまでが仕掛けになっていて最後が地下鉄なんで。地下鉄のシーンの前に、神谷葉柄と遠藤マヒルの二人が接近し、最後刺すのかどうするか、まで行きますが、サスペンスが盛り上がったところで、再び群像劇が始まるっていう流れです。 内田 絶妙のタイミングですね。 山田 読者は、その地下街のテロを読んでるので、群像劇がまた始まるぞっていう意識が強まると思ったんです。ただでさえ、神谷葉柄と遠藤マヒルのサスペンスが盛り上がってるところに、その群像劇が重なるように始まって、さらに輪をかけて緊迫度みたいなのが高まるんじゃないかなと。 内田 決壊のシーンはそういうことですよね。 山田 それなんですよ。クライマックスの最後の流れが一つに交錯するところです。これは非常にうまくいったと思います。 内田 地下街の無差別殺人は、これまで出てこなかった人間たちのいろんな生活を呑みこむことによって、一気に決壊して広まる。その転換が見事です。――キーマンである神谷葉柄の名前が印象的です。名前に込めた意図はありますか。 山田 「葉柄」は私がお世話になってるディーラーの整備士さんの名前です。 名刺をいただいた時にすごくいい名前だなと思って使わせてもらいました(笑)。 内田 葉柄の「葉」が葉脈のようで脳の中のシナプスにも繋がり物語を象徴するようなイメージです。 山田 実はすごい単純な理由でして(笑)。 内田 「退屈男」=神谷葉柄と「氷の君」=遠藤マヒルの、微妙な人間関係っていうのは、すごく今風だと思います。現実にもストーカー事件がありますが、善悪の激しい交錯をこの二人の関係性が象徴しているのではと思いました。神谷葉柄と遠藤マヒルが関わる〈夢の国〉にはインスピレーションがありましたか。 山田 これは作品のテーマに繋がると思うんですけど、「自分は正しい」と思ってしまうと人間はどこかおかしくなってしまうと感じます。象徴的な言葉として〈夢の国〉という言葉を出して、そういう行動原理をとる人物たちに意識させることを最初に考えました。そこにイデオロギー的な色とか、宗教的な色はつけたくなかったんです。そういうのができるだけないような言葉として〈夢の国〉が最適でした。 内田 例えばこれが〈神の国〉だとしたら宗教の話になりますが、〈夢の国〉では何かに支配されてるようなイメージです。怖いのは良かれと思ってやってることですね。自分にとっての正義で、〈夢の国〉を実現させるために、ふさわしくない人間を排除しようという、そこに怖さがある。 山田 似たような事例っていうのは、実際の社会にもすごくありそうですよね。 内田 不可解な事件が実際に多発していて、作家が考えるものよりも現実の方がそれを超えてると思いませんか。 山田 ええ。でも現実で予想外の事件が起きたからといって、書きにくいっていうのは、実はないです。確実にリンクはしてるけども、そう簡単に現実には重ならないような気がしますね。意識もしてないです。ただ、やはりどこかで、社会で起こっていることに対する自分の思いみたいなものが入ってしまうのかなとは感じます。 内田 意図的じゃなくてですね。 山田 あくまでプロセスは、エンターテインメントとして書いてる。物語の世界に入り込んで、その複数の世界を楽しんでほしいというのが、まず第一にありますので、自分の主義主張を込めようっていうのはないんですけど、どうしても漏れてしまうっていうのは、多分止めようがないのでしょうね。やはり、自分が悪いことをしているという意識があるうちは、悪として本物じゃないだろうなっていうのはあるんですよね。歴史上、本当に大勢の命を奪った独裁者たちは、大体、自分は絶対的に正しいっていう考えのもとで、色々行動したり、決断したりしてきたと。そういう「善」を信じてるっていうのが一番厄介ですね。 内田 確かに悪いことをしたと思ってるうちはまだ救いがある。戦争が終わらない今この世界を見ていると、やっている本人たちにはそれがたったひとつの正義なんですもんね。 山田 戦いを終わらせるために爆撃したり、説明できないようなことが起きます。 内田 そういう人たちにこそ山田さんの物語を読んでいただきたいですね。今後取り組む作品の構想を教えてください。 山田 どちらかというと近未来になると思います。ただ今までの延長よりも自分を少しでも成長させたい。ハードルを高くして今までよりも一段高めたい。まだどうなるかわからないですが。 内田 読者も期待しますからね、これ以上のものを。 山田 そうなんです。自分の中ではそのつもりで書いています。 内田 最後になりますが、読者へのメッセージを聞かせてください。 山田 二度読み、三度読みできて、読み進めていくうちに、いろんなものが繋がります。とにかくエンタメ作品としての面白さを追求しました。思う存分に楽しんでもらえたら嬉しいです。 【著者紹介】 山田宗樹(やまだ・むねき) 1965年愛知県生まれ。『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞し作家デビュー。2006年に『嫌われ松子の一生』が映画化、ドラマ化され話題となる。2013年『百年法』で第66回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。著書に映像化された『天使の代理人』『黒い春』などのほか、『ギフテッド』『代体』『きっと誰かが祈ってる』『人類滅亡小説』『SIGNAL シグナル』『存在しない時間の中で』『ヘルメス』など多数。 [文]内田剛(ブックジャーナリスト・本屋大賞理事) 約30年間の書店勤務を経て2020年2月よりフリーランスに。文芸書レビューから販促物作成、学校や図書館でのワークショップなど活躍の場を広げている。書いたPOPは約4000枚。著書に「POP王! の本」。 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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