「丸本歌舞伎」は、歌舞伎の知名度アップのために生まれた!?【古典芸能 “好芸家” のススメ】
竹本最大の見せ場「糸に乗る」
歌舞伎専門の音曲となった「竹本」は、歌舞伎との融合によって独自の演出術も生み出されていった。俳優と「竹本」が合わさることで生み出される、丸本歌舞伎最大の見せ場が「糸に乗る」という演出である。 ここでいう「糸」とは三味線の糸。丸本歌舞伎では三味線のリズムに合わせて台詞をいって演技をすることを「糸に乗る」という。 「糸に乗る」演出には、代表的なものに「物語」「クドキ」「人形振り」などがある。 「物語」は作品の主要な人物がその場にいる人々に、過去の出来事の状況などを身振り手振りで語って聞かせるものである。『熊谷陣屋』や『実盛物語』での“捌き役”(立役の重要な役柄、主に芝居の終盤に登場して颯爽と見事に事件を解決する役)などが語るのが代表的なものである。 一方「クドキ」は、主に女性の役が、自分の心情を切々と伝えるものである。『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の中で、乳人政岡(ちびとまさおか)が、幼い主君の身代わりとなって殺された我が子への抑えていた思いを亡骸(なきがら)の前で吐露する場面などが有名である。 さらには「人形振り」。人形浄瑠璃の人形を真似て演じるものである。人形役の俳優が貢献の俳優に介添えされながら、あたかも人形遣いが人形を扱っているような動きを二人の人間で見せる。人形特有のぎこちない雰囲気を見せることで、人形になっている役の感情を表現する効果がある。竹本の三味線に合わせて、俳優がいわば「人形」の役を演じる、丸本歌舞伎に見られる特有の演出である。 どれも「竹本」に合わせて演技を見せるものである。演じる俳優の「型」に臨機応変に対応しながら、場面を盛り上げる技を見せる。 今日では「竹本」も独自の活動が出てきている。昨今は新作歌舞伎が作られることが多く見られるが、この際に「竹本」を用いることが多い。そのため「竹本」の三味線方が作曲を手掛けるなど、歌舞伎の発展には必要不可欠な存在にもなっている。 演劇評論家の戸板は自著『丸本歌舞伎』の中で、「人形芝居の手摺にかかったものであるが、一たび、歌舞伎がとり入れ、人間が演じて以後、ここに新しい性格の、演劇が生れたのだ。そして演出様式として、最もすぐれ且つ面白い技巧が、俳優の工風によって創作されたのだ」とその特色を述べている。 ただ単に人形浄瑠璃から歌舞伎に移行しただけのものではない。演出表現が違うことで、新しい表現が生み出される。さらにはその表現が様々な俳優や竹本の工夫によってさらなるバリエーションを広げていく。この先も工夫の数だけ、丸本歌舞伎は無限の表現を生み出していくのだ。 参考資料: ・戸板康二『丸本歌舞伎』講談社学術文庫 2011年10月 ・「義太夫節・竹本の人間国宝竹本葵太夫さんに聞く 竹本の技を支える大切なもの大切なこと」 文/ムトウ・タロー 文化芸術コラムニスト、東京藝術大学大学院で日本美学を専攻。これまで『ミセス』(文化出版局)で古典芸能コラムを連載、数多くの古典芸能関係者にインタビューを行う。 ※本記事では、存命の人物は「〇代目」、亡くなっている人物は「〇世」と書く慣習に従っています。
サライ.jp