「聞く」のは脳の仕事である
無意識のバイアスが「不要な情報」をつくる
すべての情報を取り込んでいたら、脳の処理能力は追いつかなくなりますから、脳が「必要な情報」と「不要な情報」を判別すること自体は、理に適ったことです。しかし困るのは、本当は「必要な情報」にもかかわらず「不要」と脳が勝手に判断してしまうことがあるからです。中でも一番厄介なのは、私たちの中の無意識の「当たり前」です。「これが普通」「これが常識」「あの人はこういう人」、無意識にそう思っていることについて、脳はそれ以上の情報を取り入れようとしません。なぜなら、すでに「わかっていること」に改めて処理能力を使いたくないからです。しかし、こうした無意識のバイアスは、本当は必要かもしれない情報を、私たちからシャットアウトしてしまいます。 であれば、どうすればいいのか。それは、自らのバイアスに意識的になることです。そのためにも、コーチとしてメンターコーチングを受け、無意識の「当たり前」を客観視することは有効でしょう。 それに加えて、聴覚について調べている中で、私はもう一つ、「聞く」機能の向上に役立つ方法を見つけました。 それは音楽を聴くことです。
音楽は脳を変容させる
音楽が脳に及ぼす影響についての研究は、数多くあります。 たとえば音楽生理学者のアルテンミュラーは「音楽はニューロンを再編成する最大の刺激をなし、脳を変える」と結論しています。理由は、音楽が左脳と右脳を協調的に活動させ、両半球間のコミュニケーションを促進するからだそうです。実際に、持続的かつ集中的に音楽に携わっている音楽家の聴覚皮質は、一般の人より灰白質の神経細胞が多く、両半球を結合している脳梁も15%厚いことがわかっています。 さらに面白いことに、音楽の嗜好がその人の特性や思考パターンに関係するという心理学の研究もあります。 ケンブリッジ大学の研究グループによると、4000人以上の参加者にあらゆるジャンルの50種類の曲を聴かせて評価してもらったところ、感情移入しやすい人はR&B・ソウルやソフトロックなどのメロウな音楽を好み、論理的な考え方をする傾向がある人は、パンク・ハードロック、ヘヴィメタルなど、激しい音楽を好む傾向があることがわかりました。 あなたは普段、どのような音楽を聴くことが多いでしょうか。あえて、自分の好きなジャンル以外の音楽を聴いてみると、脳の変容がさらに促進されるかもしれません。 実際に私は、自らの好みと関係なく、意識的にいろんな言語や時代の音楽を聴くことを意識するようになりました。そうしていると、不思議なことに、言葉がわからなくても、涙が出るほど感動したり、踊りたくなったりという、新たな自分を発見します。もしかしたらそれは、瞑想の体験と似ているのかもしれません。心がフラットになり「受容」する体制が整うような、なんでも「聴ける」自分になるように感じます。 改めて、コーチとしてアクティブ・リスニングを意識するとき、私はよく脳がふにゃふにゃで柔らかくなっている状態をイメージします。そうすることで、自分が気負うことなく自然体で、相手のことを丸ごと受け止められる感覚をもつことができるからです。 相手の話を「聞こう、聞こう」と意識するのではなく、脳をオープンな状態にする。いろんな音楽を聴きながら、脳をオープンにしていきたいものです。 (日本コーチ協会発行のメールマガジン『JCAコーチングニュース』より、許可を得て転載)