菅田将暉、ニューアルバム『SPIN』について語る──「音楽は自分の想いを還元できる場所」
「菅田将暉」という人はそもそもいない ──菅田さんは以前、漫画編集者の林士平さんとの『SWITCHインタビュー 達人達』(NHK)の対談で「自分の中で許せないことがあったとしても“菅田だからいいかな”と思う」と話されていましたよね。マインドセットの方法論として、非常に記憶に残っています。 「菅田将暉」という人はそもそもいないから、いくらでもサンドバッグになれるし便利です。実際僕という人間はいるけれど、少なくとも自分は「菅田将暉」と本人を切り離して考えているので、浮かれたり執着せずにいられる。 ──となると、各楽曲の制作においてはコンセプトやリクエストといった外的要因に合わせて自分をその都度スライドさせていくような形だったのでしょうか。それとも、主軸として共通する自分のような存在はいるのでしょうか? そうですね。お互いに寄っていく部分はありつつ、共通する軸はありました。そもそも今回は、音の取り方や歌い方など、自分が欲しいスキルが詰まった曲たちで構成しています。そういった意味で、“自分が身につけたい筋肉”が1本軸として通っているアルバムになりました。 ──レコーディングはもちろんのこと、ライブで実践していくなかで会得していくわけですね。9月には大阪城ホールと国立代々木競技場第一体育館でのライブが控えています。 思っていたよりはるかに大きい会場なので、こじんまりした曲を作っていた身としてはどうなるかという気持ちもありますが、贅沢な機会を楽しみたいです。僕はひとつ前のツアーまでが菅田将暉の音楽業としての第一形態だと捉えています。5年ほどかけて少しずつライブの作り方を把握してきたところも大きいのですが、何を重要視するかの差し引きを考えられるようになりました。今回はバンドメンバーや制作陣も変わりますし、新たな形態の一発目になるので気合が入っています。 ──菅田さんをものづくりに向かわせる理由──例えば音楽において、「これから身に着けたいスキル」が原動力になっているのでしょうか。 『SPIN』にはタイヘイというドラマーがプロデュースで入っていて、彼と2人で作ったアルバムといっても過言ではありません。そのタイヘイのライブを昔観に行ったとき、オープンカフェやダイナーのような会場で、お客さんは生バンドが演奏するファンクやソウルを聴きながらリラックスしてご飯を食べていました。そこにはタイヘイの家族もいて、BGMのように音楽が流れている気持ちよさもあるし、ライブとしてもカッコいい何とも心地よい空間でした。タイヘイはそうした生活と音楽の距離感の重要性を知っている人なんです。だからこそ特に今回は一緒にやりたかったのですが、僕の中にも「最後はこういったものがいい」という重なる想いがあります。 最終的にそういう場所に行くためにこのアルバムがありますし、俳優としても「こういうところにいたい」「これは捨てたい」といったものが10代の頃から変わらずあって、そこに向かって一つひとつを積み上げていく、というスタンスでやってきました。 ──時代の変化や、菅田さんご自身の変化に流されずにずっとあるものなのですね。 寄り道はいっぱいしますし、最終的に変わってしまってもいいのですが、ずっと変わっていないと思います。例えば60・70歳になったときにどういう自分でいたいのか、といったビジョンですね。いい仲間たちと出会えたからこそ、そうした未来像を描けていると思います。 ──生活と音楽のお話、とてもしっくりきます。アッパーな曲は楽しいけれど、カロリーを使うぶん疲弊してもいますから。今回のアルバムは、そうした“抜け感”を重視しているようにも感じました。 それでいうと、先ほど話した休みも効いているなと思います。疲れたら休む、いわば骨折したから治すような経験をしたことで、治ったから別に苦しいことをしなくてもいいかなという感覚もあります。身体が元気なのに苦しそうにするのも違うし、単純に30代に入ってきたこともあって。20代の勢いで体を動かしたら、2~3日で壊れちゃうからそうもいかんな、と。 ──菅田さんはかつて、「俳優は役に自分を寄せていくけれど、歌手としてはむき出しの自分だからステージに上がるのが怖い」と吐露されていました。その感覚は変化してきましたか? 表現としてのクオリティに対しての不安や怖さはありますが、歌うこと・ライブすることへの恐怖はやっとなくなってきました。自分がミュージシャンなのかどうかはよくわかりませんが、単純に時間というものが解決してくれた感じはあります。また、この数年で菅田将暉が歌っている姿にみんなが馴染んでくれたことも、気持ちを軽くしてくれた要因だと思います。 音楽業をやっていてよかったことは、本当にたくさんあります。曲作りは自分の気持ちの整理にもなりますし。役者をやっていくうえで、役ではなく自分の「いいな」「嫌だな」という個人的な気持ちを表現する必要はないので、どこかで出したくなってしまうときに実行できるのは、こういった場所があるからこそ。それに付随して「ライブをしましょう」「グッズを作りましょう」となったとき、ファッションの分野で自分が好きなことをできるし、グラフィックを誰に描いてもらおうか、写真を誰に撮ってもらおうかとディグれて、新たな芸術家に出会えますし、良い感じに回転しているなと感じます。 自分が音楽を作ることによって耳も肥えてきて、音楽の聴き方や楽しみ方も変わってきました。上手い/下手とか、売れる/売れないなどは関係なく、やっている人にしかわからない領域に触れられたことは人生においてもプラスだと感じます。自分は基本的に飽き性なんですが、音楽はその都度「これをやりたい」「これに興味ある」を叶えてくれる場所だと思います。 ──音楽活動によって、役者としてもヘルシーでいられる。これもまた『SPIN(循環/代謝)』ですね。 楽屋で歌詞を書くことも多いし、そういった側面はあるかもしれません。役としての表現とは別に自分が思うことは毎回ありますが、インタビューや舞台挨拶などでしか話すことができません。毎回ものすごいエネルギーと体験をしているんだし、これを何か形に出来ないかという想いはずっとあったので、還元できる場所があるのは大きいです。誰のためでもないし、他の方にとって必要かどうかもわからないけれど、自分にとっては「最初に出すもの」として必要だと感じてます。自分の日記のような部分もありますし、それを作品にできるのは本当に贅沢なことだと思うからこそ、ちゃんとパフォーマンスのクオリティを上げていきたいです。 菅田将暉 1993年生まれ、大阪府出身。2009年『仮面ライダーW』で デビュー。『共喰い』で第37回日本アカデミー賞新人俳優 賞、『あゝ、荒野』で第41回日本アカデミー賞最優秀主演 男優賞などを受賞。2017年から音楽活動を開始し、 シングル「見たこともない景色」でデビュー後、「さよならエレ ジー」はLINE MUSICで2018年年間ランキング1位を獲得。2020年11月リリースの「虹」もストリーミング再生3億回超え。2023年には映画『銀河鉄道の父』、スタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』(声優)、映画『ミステリと言う勿れ』、 2024年は映画『笑いのカイブツ』、『劇場版 君と世界が 終わる日に FINAL』に出演。映画『Cloud クラウド』(2024年 9月27日)が公開予定。現在、Netflixシリーズ『寄生獣―ザ・ グレイー』が配信中、2025年にはNetflixシリーズ『グラスハート』が控えている。 写真・平山太郎 スタイリング・猪塚慶太 ヘアメイク・AZUMA 文・SYO 編集・高田景太(GQ)