MEIKO20周年、クリプトン 佐々木渉が語る“VOCALOID黎明期”前夜の軌跡 「そのままでいてくれることが救い」
当時は「MEIKO 2」リリースの可能性も?
ーーニコニコ動画のローンチが2006年12月ですが、初期のニコニコ動画にMEIKOを使った曲が投稿されるようになっていく流れはどう見ていましたか? 佐々木:2007年に入った頃にはMEIKOもかなり出荷されていたので、そこに集まった音楽好きな人たちが、他の人がMEIKOの動画を上げてるのを観て「あれ? これ俺も持ってるぞ?」みたいになっていたんじゃないかと思います。「頑張ればこいつよりもうちょっと上手く歌わせられるんじゃないか」みたいな、MEIKOユーザー同士のすれ違いみたいなことがニコニコ動画の中であって。歌を上手く歌わせるためのこだわりが一部のユーザーの中で発生しているのを眺めていました。 印象的だったのは『ファイナルファンタジーVI』のオペライベントの曲をMEIKOに歌わせている動画。それを観て、昔のスーパーファミコンのゲームの時は歌詞が入っていなかったけれど、技術が発展したら当然言葉がついて歌になるはずで……ということは、当時ではありえなかった過去を未来として見ているんだって感動し合っているニコニコのユーザーがいた。やっぱりVOCALOIDは面白い、ニコニコ動画でお互いの温めてきた未来のイメージを交換しあったり、みんなのテクノロジーへの解釈が広がったりする、そのシチュエーションはすごくエキサイティングで面白いなと思っていました。ニコニコ動画の素晴らしさを予感させるような状況は、MEIKOにこそあった気がします。 ーーその当時はもうミクの開発は始まってましたか? 佐々木:2006年の秋か冬に、手書きで「MEIKO 2」と書いたCD-Rを持った剣持さんがクリプトンに来てくれたことがあったんです。「VOCALOID 2ができたので、VOCALOID 1のMEIKOをコンバートして2にしたやつを持ってきました」と。 ――最初は「MEIKO 2」をリリースする話もあった? 佐々木:VOCALOID2の開発ツールもまだベータバージョンでバグもあった状態だったので、イチから作るのは大変かもしれないということもあり、剣持さんとしては「最初はとりあえず『MEIKO 2』でもどうですか?」みたいなニュアンスだったんです。そこで当時伊藤と話したのは、やっぱり人の名前の後ろに「2」がつくとより人っぽくなくなってしまうね、と。仮面ライダー1号、2号みたいなことになる。それはあまりよくないかもしれないということで、改めてイチから作るとしたらどんなものがいいかを考えようという話になっていきました。後日、初音ミクV3という実に仮面ライダーっぽいネーミングを採用するんですけどね(苦笑)。 ーーその後に初音ミクが出て、鏡音リン・レン、巡音ルカが出て、キャラクターボーカルシリーズという形で製品が再編成されていく中で、MEIKOの位置づけは変わっていきましたか? 佐々木:もちろん変わっていきました。当然、「VOCALOID 1」のMEIKOやKAITOもニコニコ動画で親しまれていたし、ファンもいました。ミクが出てきて人気が集まっても、ミクにはない良さがあるというところで、「VOCALOID 1」という技術を駆使して歌い回しを工夫した歌も人気だったので。そういうクリエイターさんのプレゼンテーションもあって、「MEIKO 2」はお蔵入りになりましたね。 ーーその後、2014年にはVOCALOID3に対応した「MEIKO V3」がリリースされます。 佐々木:MEIKOがWindows XPまでの対応だったので、新しいOSやMacでも使えるという状況が必要だよねというところで、「MEIKO V3」に繋がっていきました。 ■MEIKOの“原点”としての存在意義 ーー改めてMEIKOは今年で20周年を迎えたわけですが、佐々木さんとしては、改めてどんな20年だったと感じていますか。 佐々木:自分のMEIKOの記憶が、“ニコニコ動画でいろんなクリエイターさんが続々と出てくる前夜”のもので。それゆえのあたたかいサブカルコミュニティのような感じがあったというか。今となってはVOCALOIDでヒット曲を出すんだ、こうやってランキング上位に食い込ませて注目されるんだとかのノウハウもありますし、それぞれ自分はこうするんだという目的や思いを持って、少し気構えて活動される方が多いと思うんです。でも、あの頃はそれがまったくなかった。アットホームにみんなで作品を聴き合うみたいな感じで。自分にとっては、当時のニコニコ動画の雰囲気というか、最初の記憶がMEIKOと共にあり、ミクの誕生を温めてくれていたような感覚を覚えています。こういう好奇心旺盛な人たちがいるんだ、こんな面白いことをコメントで言ってるんだ、こんなに盛り上がってるんだという、あの頃の記憶とMEIKOが深く結びついている。ミクがリリースされた後も、ワンカップPさんの「初音ミクが来ないのでスネています」というMEIKOの曲を一緒に楽しんだりしたことも思い出します。ミクがネギを振ったりしていたのは、MEIKOがその手前で温めてくれていた、ニコニコ動画らしいVOCALOIDって楽しいよねという下地がはっきりあったからだと思います。 ――なるほど。 佐々木:その後ミクが一通りいろんな曲をカバーしたり、オリジナルソングが出ていく流れの中で、要所要所にMEIKOがいてくれた記憶はありますね。VOCALOIDにリアルな歌を歌わせるとことを先取りされていたyuukissさんという凄いボカロPさんがいたりとか。咲音メイコというアイドルっぽいMEIKOだとか。卑怯戦隊うろたんだーというKAITOとMEIKOが映えるユニークな曲もありました。MEIKOだからこその存在感や迫力に魅力を感じるコアなファン層は、自分にとっても都度都度ターニングポイントにあたるところにいたと思うんです。ミクだけとかリン・レンだけだと浮ついちゃうところってあったのかなとは思うんです。それと共に、MEIKOやKAITOってもともとは歌のお兄さんお姉さんみたいな捉えられ方が強かったところがあったんですけど、今はあまり言わなくなったなって。 ――たしかに、そのあたりは変わりましたね。 佐々木:ワールドワイドで見ても声のトレンドっていうのはどんどん変わっていますよね。20年経って様変わりしたっていうよりは、20年かけて声の捉えられ方が変化し続けてきたというか。その中で、歌のお姉さんという印象は抜けつつも、相変わらず声っていうのはすごく面白いものだなと思います。 MEIKOが最初の日本語対応のVOCALOIDであったというトピックとともに、彼女が多様な曲を歌い続けているということ自体に奥行きがある。自分の今やってることが本当に最適解なのかどうか分からなくなっても振り返ったら2006年頃のニコニコ動画のあたたかい感じにまぎれて、MEIKOが一番奥の方の記憶の中に立っている。その時のMEIKOのままでいてくれてることが、救いというか。VOCALOIDってこういうことだったよね、最初はこういう温度感だったよねという記憶が自分の中にある。途中からは情報の濁流みたいになってきましたからね。 ーー原点としての存在である、と。 佐々木:はい。MEIKOこそがVOCALOIDとクリエイターの出会いであり、始まりだったと思います。「なんだろうこのソフト? 歌を歌うんだ? へー、珍しいなぁ」ってところから少しずつクリエイター達に使ってもらった試行錯誤、ミクに繋がる流れ。そういう背景からくる、まっさらな原点を感じますね。
柴那典