バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
コーチは常に指導をアップデートする習慣を
――トレーニングの準備や映像の整理や分析などかなりお忙しいと思いますが、指導の知識やメソッドをアップデートする時間はどのぐらいあるのですか? クライン:オフシーズンは自分の知識をアップデートして次のシーズンにつなげるための期間と捉えているので、1日に5、6時間は指導の勉強に費やします。シーズン中はあまり時間がないのですが、それでも1、2時間は確保して知識を保てるようにしています。 ――他の競技からも学ぶのですか? クライン:サッカーやバスケットボール、野球のように、お金が集まる業界にはレベルの高いエキスパートが揃っているので、そうした分野から学ぶことは多くあります。メンタルも、テクノロジーや分析の分野も、1年間学びをやめたらかなり遅れをとってしまいます。 私自分がヴォレアスで長い期間コーチとして活動し続けられているのは、常にチームに新しいものを持ってくる習慣をつけているからだと思います。また、新しいものを持ってくるだけでなく、基本的な部分のクオリティを満たすことも重要で、いろいろな国のコーチ陣との意見交換も大切にしています。 ――どのように意見交換をしているのですか? クライン:英語が話せれば、現地に行かずともオンラインでたくさんのことが学べるので、いい時代だと思います。質の高いストレングス&コンディショニングのセミナーがありますし、そういうものを学ぶことでよりいい準備ができる。インターネットがなかった時代は、各国の指導者がそれぞれのやり方でやっていたので、知識がつながっていませんでした。今は学ぶ習慣さえあれば、どこにいても情報を得ることができます。
スポーツ文化を育てるメディアのあり方
――スポーツメディアの報道も海外とは異なる面があると思いますが、スポーツ文化を成熟させていくためにどのようなことが必要だと思いますか? クライン:日本の一般的な報道では、その選手がどうプレーするかよりも、選手の服装とか髪型などの見た目に注意が向けられることが多いと感じます。欧州では、真のスポーツファンは競技を愛しているのでそういうことはあまり気にしないですし、現場のスタッフレベルの知識を持ってブログを書いたり、ポッドキャストをやっている人もいます。 彼らはバレーボール選手としていかに優れているかを見ていて、わかりやすいアタックの得点だけでなく、難しい状況でリバウンドを取れるか、セッターがどういう考えを持っているか、ミドルブロッカーがボールに触らなくても毎回ブロックに行って役割を果たしているかどうか、という細かいところまで見ています。 ――報道する側も、その需要を理解して伝えているわけですね。 クライン:NFLのコーチは、コーチとしての給料よりも、コメンテーターとして出演した時のほうがお金をもらえるそうです。というのも、そのスポーツが好きなファンが知りたいのは、誰がパスや得点をしたかということよりも、「現場のエキスパートがどういう分析をしているか」ということだからです。 スポーツに限らず、例えば音楽でも、本当に好きな人は、アーティストの見た目より、音楽を聴いて、感じることを大切にしていますよね。スポーツを浅いところで見ているのか、より深く見ているかの違いが、スポーツ文化の発展にもつながっていくのではないかと思います。 <了>
[PROFILE] エド・クライン 1981年生まれ、クロアチア出身。ヴォレアス北海道ヘッドコーチ。母国クロアチアとスロベニアで指揮を執った後、2016年にヴォレアス北海道の創設時に監督として就任。2023年4月に最速でのトップリーグ昇格を果たした。データやスタッツを駆使し、他競技も参考にして脳科学的なトレーニングを取り入れるなど、理論的な指導でチームをアップデートし続けている。
インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]