「未知なるもの」に出会いたい 浜本 茂(本屋大賞実行委員会理事長)× 宮坂 学(ヤフー会長)
全国の書店員さんが選ぶ――あの本屋大賞に「ノンフィクション本大賞」が新設されることになった。
なぜいま、ノンフィクションで新しい賞をつくったのか。そもそもノンフィクションというジャンルの醍醐味とは? はたまた、どんな名作があるのか。大賞の発起人による対談が始まった。(構成:岡本俊浩/写真:金川雄策)
――宮坂さん、Yahoo!ニュースで「ノンフィクション本大賞」への協力を決めたきっかけを教えてください。
- 宮坂
- 「本屋大賞」には去年からメディアパートナーとして参加をしてきて、もう一歩踏みこんで何か一緒にできないかと思っていました。そうしたらYahoo!ニュースから「ノンフィクション本大賞」を新しく作ろうという提案があって、この取り組みが実現しました。本屋大賞は大好きな賞。候補作になる小説にハズレはないし、私も本を選ぶ時には随分と頼りにしてきました。
- 浜本
- 本屋大賞を始めた当初から、実行委員会で「ノンフィクション部門をつくりたい」という声はあったんです。ただ、最初は小さな規模で始めたこともあって、手が回らなかった。小説に注力するだけで精一杯。だから、今回はヤフーさんに手を挙げてもらえて心強かったですね。賞金はもちろんのこと、発信力が大きいでしょう。今回の本屋大賞ノンフィクション本大賞は、一次選考で全国の書店員さんから作品を推薦してもらう仕組みになっています。インターネットを使って周知するわけですから、より多くの書店員さんから投票が集まるのではないかと期待しています。
- 宮坂
- いま、紙の雑誌が減っています。それにともなって、ノンフィクションを発表する場も少なくなってきているかしれない。もったいないことですし、その機会をインターネット企業が補完できるなら、やらなきゃいかんとも思いますね。コンテンツをつくる人を応援したいんです。
- 浜本
- テーマを発見し、取材し、書き上げる。時間もかかれば、資料集めや交通費もかかる。ノンフィクションって、なかなかコストのかかるジャンルでもあるんですね。それにもかかわらず、いまは出版社が作家さんに取材経費を出せないケースも増えてきていると聞きます。厳しい環境になってきています。
- 宮坂
-
インターネットの弊害かもしれませんが、「未知なるもの」との出会いが減っているかもしれないなとも感じています。いま、検索すればいろんなことがわかってしまうし、わかったようなつもりにもなってしまう。これによって作家さんの書く意欲を削いでいるような状況があるとすれば、残念ですよね。
今年、NHKで「小野田さんと、雪男を探した男~鈴木紀夫の冒険と死~」という特番がありましたよね。これがむちゃくちゃ面白かったんです。主人公の鈴木紀夫さんは、フィリピン・ルパング島のジャングルで残留日本兵の小野田さんを探したかと思えば、ヒマラヤで雪男を探したりもする。未知なるものに突っ込んでいく姿勢がまぶしい。
観ながら「いま、こんな人は出てくるかな」とも感じました。
ノンフィクション作家の角幡唯介さんは、冒険の定義を「システムの外側に出ること」と言って、すごい作品を何冊も書いている。熱心に取り組んでいる作家さんはほかにもたくさんいるし、今回の賞で火をつけられたらうれしいですね。
- 浜本
- 角幡さんや高野秀行さんらが取り組む「探検系」は、ノンフィクションにおける一つの潮流ですね。自分にはなかなかできなくても、作家さんの書いた本を読むことで「自分のなかに経験をとりこむ」こともできます。一種の醍醐味ですよね。
- 宮坂
- 探検系といえば、服部文祥さん(サバイバル登山家を標榜する作家)もいいですよね。人としてもすごい。
- 浜本
- 「事件系」も元気があります。清水潔さんの『殺人犯はそこにいる』は大ヒットしましたね。事件は常に起きていますし、インパクトのある作品が出ています。
――たくさんの作品を読んできた2人にとって、「ノンフィクション本、人生の1冊」はなんでしょうか。宮坂さんからお願いします。
- 宮坂
- 植村直巳さんの『青春を山に賭けて』かな。初めて読んだのは小学校2年生のときでした。
- 浜本
- 名作ですね。
- 宮坂
-
それ以降も、何年かに1回の頻度で読み直してきました。読むと元気になれますね。植村さんはヨーロッパアルプスに行きたいといって、アメリカの農場でアルバイトをし、米ドルを貯めます。
ただ、不法就労だったから、当局に捕まってしまうんです。幸い強制送還は免れ、その後フランスに向かうんですが......真っ暗闇のなかで試行錯誤し、自分の見たいもの、実現したいことを叶えていく。
そのエネルギーに胸を打たれますね。
もう1冊、何度も読み返している本があります。大岡昇平さんの『レイテ戦記』です。実は、自分の祖父が太平洋戦争のレイテ戦で亡くなっているんです。この本で描かれている前線ではなく、後方の輸送船に機関士として乗っていて撃沈されたようです。
- 浜本
-
そうでしたか......。『レイテ戦記』は、淡々と描いているところにまた凄みがありますよね。
自分も子どものころは戦記ものが好きで、ノンフィクションではありませんが、初めて買った文庫本は吉村昭の『戦艦武蔵』でした。
――では、浜本さんはどんな一冊を選びますか?
- 浜本
- 山際淳司さんの『スローカーブを、もう一球』ですね。
- 宮坂
- また、名作ですね。
- 浜本
- スポーツに題材をとった8編が収録されている作品集ですが、なかでも有名なのは「江夏の21球」です。このお話は、雑誌「Number」の創刊号に掲載され、その後のスポーツノンフィクションに大きな影響を与えました。
――どんな影響を与えたのですか?
- 浜本
- 江夏豊(当時・広島東洋カープ)が日本シリーズの9回裏に投げた21球を軸に書かれた話なんですが、描いたのは技術や競技面の面白みだけではなかったんです。山際さんは、21球を書くことによって、その背景にある――江夏豊という人間性そのものを描き出すという手法をとりました。それまでは、スポーツを題材にこういう書き方をする人はいませんでした。革新的だったんですよ。
- 宮坂
- スポーツノンフィクションの分野では、沢木耕太郎さんも新しい地平を切り拓きましたが、山際さんのタッチは対照的ですよね。
- 浜本
- 沢木さんは「私ノンフィクション」の第一人者。山際さんは一歩引いて、対象のディテールを描くことに徹しました。淡々とやるんですよね。
――最後にお聞きします。「本屋大賞・ノンフィクション本大賞」は、どんな存在に育って欲しいですか。
- 浜本
- 本屋大賞の小説部門は、小説を読むきっかけのひとつをつくれたと思うんです。今度はノンフィクションでそれができたらいいですね。
- 宮坂
- 大賞になった作品を読んで欲しいのはもちろんですが、候補作になった他の作品も読んでもらいたいです。ノンフィクションの持っている多様さ、豊かさを体験して欲しい。読者の可能性を広げるお手伝いができたら、いいですね。
- 浜本 茂(写真右)
- 本屋大賞実行委員会理事長、「本の雑誌」発行人
- 宮坂 学(写真左)
- ヤフー会長、Zコーポレーション代表取締役社長
対談で紹介した本
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「殺人犯はそこにいる」 清水 潔(新潮文庫)
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「青春を山に賭けて」 植村 直巳(文春文庫)
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「レイテ戦記」 大岡 昇平(中公文庫)
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「戦艦武蔵」 吉村 昭(新潮文庫)
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「スローカーブを、もう一球」 山際 淳司(角川文庫)