Media Watch2023.12.11

自殺は「個人の問題」ではない「社会の問題」である――自殺対策支援センターライフリンク代表の清水康之さんに聞く

清水康之さんは、「自殺対策支援センターライフリンク」を通じて20年近くにわたって日本の自殺対策を牽引してきました。20239月、長年にわたる官民を横断した活動が国際的な学会で表彰されました。清水さんは「日本の取り組みで最も変化があったことの一つに報道がある」と言います。報道のどこに変化があったのか。または依然として予断を許さない国内の状況について聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)

自殺は「個人の問題」ではない「社会の問題」である

――国際自殺予防学会からリンゲル活動賞の表彰を受けました。10年以上の実績がなければ、対象になれない賞とも聞きます。長年にわたる仕事が注目された格好です。

スロベニアで行われた大会にはオンラインで参加をしました。各国で対策に携わる方が大勢いました。彼らからのリアクションから見えてくるのは、日本の対策が世界的に見て稀有ということでした。

――どういうことでしょうか?

諸外国では、「メディカルモデル」と呼ばれる、対人支援を中心とした対策の国が少なくないのが実状です。うつ病には精神科の治療、多重債務を抱えている人には法的な解決策の提示、いじめであればいじめ対策など、個々の当事者が抱える問題を解決する支援がベースになっています。一方、現在の日本の対策は「メディカルモデル」に加えて「コミュニティモデル」、さらには「社会構造モデル」とも呼ぶべき、社会制度の見直しも踏まえた包括的な取り組みを進めています。

――なぜ日本では「コミュニティモデル」や「社会構造モデル」における取り組みが求められるのでしょうか。

ライフリンクが行った実態調査で、自殺で亡くなった人は平均で「4つの悩みや課題」を抱えていることが明らかになっています。一つとは限らないんですね。うつ病を抱えながら生活苦の問題や、対人関係の問題を抱えて、それで「死にたい」気持ちに襲われている人は珍しくありません。問題の一つが解決しても他の問題が残ったままでは、そうした事態にまた陥りかねません。

このように、複数の悩みを抱える人に対して、相談機関や専門家が連携をして、当事者が抱える悩みに応じていく必要があります。重要なのは、問題を一つひとつ細切れにして解決を試みるよりもその人を丸ごと支えることです。まだまだ日本の自殺死亡率は17.5(人口10万人あたりの死亡率、2022年データ)と高いものの、自殺対策基本法の施行(2006年)以降、メディカルモデルとコミュニティモデル、社会構造モデルを連動させて対策を進める中、自殺死亡率は低下しています。

出典: 厚生労働省「令和4年中における自殺の状況

――ライフリンクを立ち上げて20年が経とうとしています。この間を振り返ってみて、どんなことを考えますか。

自殺対策が社会の仕組みに組み込まれるようになったことは、大きな変化だと思っています。厚生労働省の中には自殺対策推進室ができ、こども家庭庁の中にも自殺対策室という、子どもを対象とする専門的な部署がつくられました。また、5年おきに自殺総合対策大綱という国の指針が作られ、見直されるということも繰り返してきており、都道府県は全都道府県、市町村の95%以上が地域の自殺対策計画を作っています。

自殺対策基本法が施行されるまでは、行政の書類で「自殺」という言葉を使えなかったとよく聞きます。つまり「タブー視」されていたわけですが、今は違います。この問題を語れる社会に変化をしました。ひと昔前は「個人の問題」だと考える風潮がありましたが、問題の背景に潜むのは「社会的な問題」です。社会が一丸となって対策を推進していく必要があるのです。

近年、大きく変化した自殺報道

――近年の状況をどう見ていますか?

大きく二つあります。まず、コロナの感染拡大は誰にも等しく降りかかるという意味において、災害に近いものがあります。一般的に大災害が起きた直後の自殺者数は減る傾向にあります。しかし、被災によって生活の基盤が不安定になったことで、災害から時間が経ってから自殺者数が増えることがあります。コロナ禍で起きたことも似ています。感染が拡大した2020年は、11年ぶりに自殺者数が増加に転じました。データから、子どもや女性の自殺者数が増えたことが明らかになっています。

もう一つは報道の影響です。2020年に著名人が自殺で亡くなりました。この報道直後から約2週間にわたって自殺者数が増加し続けていたことがデータから見てとれます。コロナの感染拡大の影響によって仕事がうまくいかなくなったり、人間関係が希薄になるなど、生きる環境が不安定になっていた人たちの背中を自殺報道が押してしまった可能性が高いです。

――Yahoo!ニュースでは「自殺に関するYahoo!ニュース トピックスやプッシュ通知、記事掲載の改善の取り組みを続けています。様々なメディアでWHOガイドライン(※)が浸透してきていると思います。メディア報道についてはどう見ていますか?

日本の自殺対策において、近年最も変化があった取り組みが報道だと思っています。かつては、著名人が亡くなった後は現場から生中継をすることさえありました。しかし今では、大手メディアは自殺の手段や場所など具体的なことは基本的には報じません。淡々と亡くなった事実を伝えたり、なぜ亡くなったのかの原因を推測する視点ではなく、生前の活動にフォーカスを当てて報じるなど大きく変化しています。

2023年7月にも著名人が亡くなりましたが、自殺報道の影響と見られる自殺者数の増加は確認できませんでした。報道直後は、大きな影響が出るのではないかと懸念していたのですが、影響がないとすら言える結果でした。大手メディアが報道で手段や場所などの直接的なことを扱わなかったことの影響は大きいと思います。報道の変化には、Yahoo!ニュースの取り組みの影響も大きいと思っています。Yahoo!ニュース トピックスではセンセーショナルな見出しや、自殺の手段が書かれているような記事は取り上げません。記事を配信するメディア各社への呼びかけも行われています。プラットフォーマーが率先して自殺報道のあるべき形を追求し、方針を立てて周知することで多くのメディアの自殺報道のあり方を変えているのは世界的にも珍しいケースです。

2017年の日本語版(最新の2023年英語版はこちら

報道は「生きる道」の後押しを

 ――これからの報道はどうあるべきだと考えますか。

亡くなった方についての報道だけでなく、今死にたい気持ちを抱えながら生きている人たちを「生きる方向」に後押しするような情報をどれだけ社会に広げられるかが、これからの目指すべき方向だと思っています。思い悩んでいる人が、報道を通して亡くなられた方の情報ばかりに触れてしまうと、自殺が唯一の問題解決の手段だと思い込んでしまう恐れがあります。「ウェルテル効果」と呼ばれるものです。

対して、実はつらい気持ちを抱えながら生きている人はたくさんいます。自分なりにやり過ごし、生きている人たちの存在をロールモデルとして、つらくても生きていく選択肢を生み出してもらえるような情報とのタッチポイントを増やしていくことが重要です。自殺を思いとどまらせる方向に働く効果が期待される「パパゲーノ効果」をもたらす報道は量も質も圧倒的に足りていません。

今は多くの人が先行き不透明な社会を生きています。パパゲーノ効果をもたらすような情報がもっと社会に広まれば、万が一危機に陥ったときでもそれが多くの命を支えることになると思います。

■清水康之(しみず・やすゆき)さん
NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」創設代表。元NHK報道ディレクター。2004年、NHKを退職。超党派「自殺対策を推進する議員の会」アドバイザーとして、基本法の制定・改正にも関わる。2019年「一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)」を設立し、同代表理事に就任。2023年、国際自殺予防学会(IASP)「リンゲル活動賞」を受賞

<関連リンク> 
「生きよう」と心揺さぶる報道を 自殺を減らすために、今メディアができること

自殺報道はどう変化してきたのか ―元毎日新聞・編集編成局長の小川一さんに聞く

お問い合わせ先

このブログに関するお問い合わせについてはこちらへお願いいたします。