Professional2021.09.02

「生きよう」と心揺さぶる報道を 自殺を減らすために、今メディアができること

著名人の自殺が相次いだ2020年、自殺を防ぐためのメディアの役割が大きく注目を集めました。日々多数の記事の配信を受け、ユーザーがニュースと触れる場を提供しているYahoo!ニュースではこの夏、悩みを抱えた方に向けた相談窓口のまとめサイトを改めて整備し、配信記事についてのガイドラインも改訂。今後も悩みを抱える方を支えるためのコンテンツを充実させていく予定です。

今回、自殺予防に関するプロジェクト率いるYahoo!ニュースの西丸尭宏が、NPO法人自殺対策支援センター ライフリンクの代表として長く自殺対策に取り組んできた清水康之さんに、自殺に追い込まれる人を増やさないためにメディアがいまできることを伺いました。

センセーショナルだった自殺報道、変わったきっかけ

清水康之さん(左)と西丸尭宏

Yahoo!ニュース 西丸尭宏(以下、西丸) つい先日、清水さんが代表理事を務める、いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)が「自殺報道のあり方を考える勉強会」を開催されていました。公開されたレポートの中でも、自殺報道におけるメディアの姿勢については繰り返し言及されています。過去から見てみるとだいぶメディアの自殺の報じ方は変わってきましたか?

NPO法人自殺対策支援センター ライフリンク 清水康之(以下、清水) ここ数年で、だいぶ変わってきました。私が中学生のころ、例えばあるアイドル歌手が亡くなった時には、テレビや雑誌では、ご遺体にシートが被せてあるような、まさに亡くなった現場を写すような報道さえありました。当時はそれが特殊なケースだったわけではなく、とにかく視聴者や読者の興味・関心に応えようと、メディアは何の躊躇(ちゅうちょ)もなく「自殺報道」をしていたのだと思います。

そんな状況が少し変わったと感じたのは、2007年ごろでした。子どもの自殺をめぐる報道が増えていたことを受け、日本新聞協会が発行している雑誌「新聞研究」に、自殺をどう報道するべきか執筆を依頼されました。当時は、いじめによる自殺が起きたことを大手の新聞社含めメディアは大々的に報じていました。遺書も公表され、学校や教育委員会の責任者が、被害児童の遺影の前で土下座したりする姿が報道されることも。センセーショナルな報道の影響もあってか、いじめを苦にした子どもの自殺が相次ぎ、「またおきた」と報道も過熱しました。さすがに、メディアも「報道が自殺の連鎖を生んでいるのでは」と感じたのか、しばらく自殺報道が続いたあとで、その後は一転、自殺防止キャンペーンを始めました。

一連の報道として振り返ると、個別の事例をいくつか大々的に報道した後で、その「受け」として自殺防止のキャンペーンを展開する、というのは一連の報道として全体的なバランスを取ろうとしたのかもしれません。私もかつてNHKのディレクターとして報道の仕事をしていたので、そうした感覚は分からないわけではありません。しかし、自殺が起きたことを最初の段階でセンセーショナルに報じてしまったことで、子どもたちの中に、「自分も死ねば、一発逆転できるんじゃないか。自殺すれば、いじめた同級生や支えてくれなかった先生たちに仕返しができるのではないか」といった誤解を抱かせてしまった可能性があると考えています。とは言え、いずれにしても、メディアが自殺報道を一方的にするのではなく、自殺報道においてバランスをとろうとし始めたのがこの頃ではなかったかと感じています。


厚労省「令和2年中における自殺の状況」より

2000年にWHOの「自殺報道ガイドライン」が公表され、2011年に女性タレントの自殺報道をきっかけにして一部の新聞社が自社の自殺報道ガイドラインを作りました。しかし、メディア全体としての姿勢が目に見えて大きく変わったのは、昨年になってからだと思います。

昨年は著名人の自殺が相次いで、「いのち支える自殺対策推進センター」では、WHOのガイドラインをふまえた自殺報道を呼びかけるプレスリリースを8回も出しました。厚生労働省も事態を深刻に受け止め、途中からは連名でメディアへの注意喚起を行うようになりました。当初は自殺の手段などを報じるメディアもありましたが、次第に、報道が自殺への後押しにならないよう、配慮する方向へと変わっていきました。

昨年の状況がこれまでと違ったのは、著名人の自殺が相次いだという点です。これまでは、自殺報道を経験してそのリスクについて気が付いた報道関係者がいても、(配置換えなどで)次の機会には別の人が担当する、ということが多かったのではないかと思います。自殺報道の経験が引き継がれていなかったのです。ただ昨年は著名人の自殺が相次いでしまったがゆえに、報道の反省が結果的には速やかに生かされ、自殺報道のリスクや報道する際の注意点の共有も進んだのだと思います。

SNS時代、情報の加速度的拡散の問題も

西丸 おっしゃる通り、昔よりセンセーショナルな報道はなくなっている実感があります。ただ、2000年代以降はSNSが普及し、Yahoo!ニュースもプラットフォームとしてより多くのユーザーに利用いただくようになってきています。情報源は、取材をしているメディアからの記事という点では変わらないものの、ニュースプラットフォームやSNSが普及したことで、情報が加速度的に広がるようになり、結果として、望むかどうかに関わらず自殺報道を繰り返し「浴びる」ことにもなってしまっています。

清水 SNSの出現が自殺報道に与えた影響は大きいです。WHOの自殺報道ガイドラインは、少し前のメディア状況、つまり、テレビや新聞、雑誌が主な情報源となっていた状況を前提にしています。今は、大手メディアだけでなく、個人も含めた小さなメディアであっても、報道や内容がセンセーショナルだったり他のメディアよりも踏み込んでいたりすると、それがSNSを通じて多くの人に拡散されます。

また、ネットでニュースに触れる場合、「関連記事」や「まとめ記事」にも触れやすくなるため、結果として、読み手は自殺報道を一気に大量に浴びてしまうということが起き得ます。そのため私は、WHOが想定しているような大手マスコミが中心だった過去の状況ではなく、現在のメディア状況をふまえた新たなガイドラインが必要だと感じています。

厚労省「メディア関係者の方へ」より

悩みながらの「自殺予防」の取り組み、メディアにできることは

西丸 Yahoo!ニュースでは、これまで清水さんをお招きして自殺報道に関する社内の勉強会を行うなどして、自殺報道のリスクについて理解を深める努力をしてきました。先日は、相談窓口をまとめたサイトを更新しました。特定のワードを含む記事に対して、自動で相談窓口情報を表示できるようにしたり、配信いただく記事についてはガイドラインを改訂したりするなどして、配信社のみなさまもご協力もいただきながら対策をしているのが現状です。

また、この8月からは、パパゲーノ効果(※)という研究を参考にした取り組みも始め、つらい気持ちを抱える方を支えられるようなコンテンツの制作も進めています。それでも、悩みながらやっている、というのが実情です。昨年の著名人の自殺をどう扱うか、扱うべきではないのか。これも大きな議論としてありました。

※自殺報道などにより自殺の連鎖が起きてしまうことを指す「ウェルテル効果」の反対の概念。自殺を思いとどまらせるためにメディアが果たす役割をいう。

相談窓口をまとめたYahoo!ニュースのサイト「生きるのがつらいあなたへ

清水 著名人が自殺で亡くなってからまだ月日があまり経過していない中で、繰り返しその著名人に関連した報道をすると、その方が自殺で亡くなった時の生々しい記憶を呼び覚ましてしまう可能性があります。そうなると、著名人の自殺報道の影響が長く続いてしまいかねない、その影響による自殺の増加が続きかねないと懸念します。

ただ一方で、ではまったく触れない方が良いかといえば、それもまた不自然だろうと思います。人は誰しも、身近な人や身近に感じる人を自殺で亡くせば、大きな衝撃を受けます。そうした衝撃を徐々にでも受容していくためには、グリーフワーク(喪の作業)が必要です。著名人の自殺についても、グリーフワークに資するような報道はむしろすべきだろうと考えます。ただその際に、「関連記事」や「まとめ記事」として、著名人が自殺で亡くなった当時の報道に大量に触れるようなことが起きてしまうと逆効果になりかねないので注意が必要です。

また、社会問題として厳然と存在する「自殺問題」や、全国各地で進められている「自殺対策(生きる支援)」に関する報道は、しっかり行うべきです。自殺に関する報道をまったくしなければ、私たちの社会で日々起きている問題から目を背けることになり、結果として、何も対策が打たれないまま問題が水面下で深刻化しかねません。自殺に追い込まれようとしている命を放置することになりかねないわけです。ですので、自殺をタブー視するのではなく、自殺の問題や対策の状況等については積極的に報じるべきだと思っています。

同時に、いま自殺を考えている人は、自殺に関連する記事を食い入るように読むわけなので、その記事を読んだときに、死にたい気持ちが増幅されるのではなく、「生きたい」「生きてみよう」という方向に気持ちが向くような、そんなパパゲーノ効果を生むような報道をメディアには心掛けてもらいたいとも思います。

西丸 メディア関係で同じような仕事をしている知人に「パパゲーノ効果で手ごたえがあったものはある?」と聞くのですが、正直「ない」と答える人ばかりです。パパゲーノ効果は、まだ研究の途上だと聞いています。なにかヒントになるような取り組みはあるのでしょうか?

清水 参考になる取り組みだと、例えば、がん患者の方々の体験談を多数載せているサイトがあります。乳がん、大腸がんと体験したがんの種類もさまざまですし、抱える悩みや課題も、仕事との両立、子どもにどう伝えたか、副作用にどう対処するかといった、年齢や性別、立場が異なるたくさんの体験談に触れることができて、がん患者になった当事者の方々の支えになっていると聞きます。それと同じように、さまざまな理由から「死にたい」気持ちを抱えている人たちにとって、ロールモデルとなるような、「死にたい、でも生きてる」人たちの存在やストーリーに触れることができる機会がもっと増えていけば、それを支えにして「自分もそうやって生きてみよう」と思える人が増えるのではないでしょうか。

悩みや苦しみで死にたくなっているとき、参考になるのは、「敵を倒したり困難に立ち向かったりすることで成長していく、かつての少年漫画のようなストーリー」ではなくて、「うまくいかなかった時にどうするか、ダメな自分を自分自身で受け入れながら生きていくのに参考になるような物語」だと思うんです。部活でチームのレギュラーになれなかった子がその現実と折り合いをつけつつ、部活を続けていく意味をその子なりに見出していったり、ドラマの主人公のような人生でなくても、脇役のような人生であっても、そうした人生の中にだって当然意味があるのだと感じさせてくれるような、ヒーロー・ヒロインじゃなくても良いんだと感じさせる「等身大」の物語がもっと増えていけばと思います。

「ヒーロー」じゃない、物語の重要性

西丸 私もコンテンツの制作に関わっているので、今のお話をお聞きして、やはり「ヒーローではない人の物語」の重要性を実感しました。

他方で、自殺の背景にいろいろな社会側の問題があるのも事実で、そこを変えていかないと、という気持ちもあります。話を広げすぎかもしれませんが、うまく人に頼れない、SOSを出せない社会だということも言われています。幼少期から心の健康について触れる機会をつくったり、人を頼る経験をしていくことも大切だと感じています。

清水 はい、その点も重要なポイントだと思います。2016年の自殺対策基本法改正では、努力義務ではあるものの、「SOSの出し方に関する教育」を全ての子どもに行うということを盛り込んでいます。裏を返せば、子どもたちに「SOSの出し方」を教えてあげなければならないほど、いまの子どもたちはSOSを出せない、または、出してはいけないと思っている。ですので、「SOSを出して良いんだよ」というメッセージと一緒に、極めて具体的な形で、実際にどこにどうやって助けを求めたらいいかという情報も伝える必要があります。

Yahoo!ニュース 特集より「学校行かないとダメですか?

西丸 大人になってからも、例えば心の不調で受診したらもう会社に戻れないのではないかとか、悩んで抱え込む人が周りにもいます。

清水 大人の中にも、弱音を吐いたり相談したりすることが苦手な人がとても多いように思います。また実際に、弱音を吐いたり相談したりすると、「あいつは弱いやつだ」「ダメな人間だ」といったレッテルを貼られかねない状況が残っている職場もあるのが現実です。ただ、そうした中で無理して頑張り続けると、いつしか自分が自分を追い詰めるということになりかねません。いざという時は、「その場から退避する(=逃げる)」ことが大事で、そのシミュレーションをしておくのも手だと思います。

学校を卒業して就職するときは、学校がいろいろな形で就職支援をしてくれます。ただ、会社の辞め方を教えてくれる学校は少ないのではないでしょうか。私も2004年に、前の職場だったNHKを退職しましたが、辞める決断をした後、具体的にどうすれば辞められるのか分かりませんでした。私の場合、職場の理解も得て辞めましたが、仮に強引に引き留められとしても、会社は自分が辞める決断をすれば辞めることができます。あるいは、収入が絶たれるなどして生活が苦しくなったときも生活保護制度を利用できます。「いざという時に使える制度や相談できる窓口などを知っておくこと」が、自分の身を守ることにもつながります。最近は、SNSを使って気軽に相談できる窓口も増えてきていますし。

西丸 SNSの光と影ですね。情報がセンセーショナルに拡散してしまう危険がありつつも、相談をしやすい環境でもある。私もSNSで情報収集するなかで、「消えたい」と気持ちを吐露している投稿に出合うことがありました。吐き出された赤裸々な声と距離感をとるのではなく、うまく共感できるように、どう寄り添った取り組みができるかを考えています。

清水 SNSの場合、文字だけのやりとりとなり、相手の表情や声色が分かりません。相談支援においてはそういった「非言語情報」が、相談者の状況を見極める上で非常に重要になるのですが、それがないために相談対応もとても難しいです。ただ、相談者にとっては緊張している様子や表情などを読み取られないがゆえに、電話や面談よりも本音を話せるという側面もあり、それを相談員がしっかり受け止めると、相談者は「これまで本音を話したことがなかったけど、ここ(SNS相談)で本音を話せて、しかもそれを受け止めてもらえた」という感覚になり、相談者と相談員との信頼関係が急速に築かれることがあります。そうした信頼関係をベースにして、相談者が必要としているさまざまな支援につなげていくことができるようにもなるのです。

コロナ禍の中で、私たちの社会はいろいろなものを失っています。これまで当たり前にできたことができなくなったり、人と会うことすら難しくなってきて多くの人が孤立のリスクを抱えるようにもなりました。ただ、こうした状況だからこそ、多くの人が「お互いさま」の気持ちで、互いに一歩踏み出しながら支え合いの輪を広げていけたらと思います。また、SNS相談やオンラインでの会議など、コロナ禍において一気にできるようになったことも少なからずあるわけで、そうした新たな可能性をさらに広げていけたらとも思います。メディアの役割もこうした社会状況の中で変わっていくべきだと思いますし、人の命や暮らしを支えるために、自殺報道のことも含めて、もっとメディアには力を発揮してもらいたいと期待しています。

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