分断の時代に専門家が果たせる役割とは――気鋭の書き手たちが語るこれからの「情報発信」のあり方
2月17日にオフライン・オンラインのハイブリッドで開催した「Yahoo!ニュース 個人 10周年感謝祭」。Yahoo!ニュース 個人のオーサー、コメンテーターたちを前に「これからの時代のプラットフォームと『Yahoo!ニュース 個人』」というテーマで、登壇者によるパネルディスカッションを実施しました。いま専門家はプラットフォームをどう使い分けているのか。極論が注目されやすい「分断」の時代に個人の発信はどうあるべきか。ディスカッションの様子をレポートします。(構成・文:笹川かおり)
【出演】(敬称略)
・江川紹子(えがわしょうこ):ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
・忽那賢志(くつなさとし):感染症専門医・大阪大学医学部教授
・後藤達也(ごとうたつや):経済ジャーナリスト
【モデレーター】
・徳力基彦(とくりきもとひこ):noteプロデューサー
専門家がYahoo!ニュース 個人で書き続ける理由
徳力:そもそも、みなさんがYahoo!ニュース 個人で発信しようと思った理由や、書き続けている理由は?
江川:「参加しませんか?」と言われたからですけど(笑)。大きなメディアで報道していないことなどを、書けるのがいい。どちらかというと私は「発信したい」よりも「自分が知りたい」という気持ちが大きくて。知っただけで終わりにするのも相手に失礼なので、発信する。発信することで他の人も満足して読んでいただけた記事もありますね。
江川紹子さんがYahoo!ニュース 個人で書き始めたのは2012年。総選挙の直前に最高裁裁判官の国民審査について寄稿されています。「もう10年も経ったんだと感慨深く思います」とコメントを寄せました。
徳力:江川さんは長年、オウム真理教の取材もされていてTVにも出演されているジャーナリスト。媒体に寄稿しようと思えばいくらでもできます。Yahoo!ニュース 個人はどんな位置付けですか?
江川:私は自分に自信がない人間なので、自分は大事なことだと思っても、みんながそう思っているかわからない。自分の書いたものが、商品としての価値がどれだけあるかは自信がないんですね。例えば、雑誌に載せたいと言ってあまり読まれなかったら(編集部に)悪いというか。Yahoo!ニュース 個人は、読まれなくても(読者は)あんまり興味がなかったんだなと思うだけで、ヤフーの人にご迷惑はかけない。大学が忙しくて書けなくても怒られない。すごく助かる感じです。
徳力:忽那さんはいかがですか?
忽那:もともと感染症の啓発が仕事のひとつで、新型コロナ前にもデング熱やエボラ出血熱についてメディアに取材をしていただいたことがあったんですけど、伝えたいことと少し違って伝わることもあって。例えば「エボラやばい」みたいに過剰に伝わることもあったので、やっぱり自分の言葉で伝えたいなと。感染症は人から人に伝わっていくのが特徴的な疾患なので、人の行動に役立てることができればいいなと思い、書かせていただくことにしました。
2019年9月、新興感染症の専門家として忽那賢志さんが最初に書いたのは手足口病の記事でした。ほどなくして新型コロナの流行が始まり、医療者の立場から発信を続けています。「タイミングは偶然でしたが、貴重な機会を与えていただいたと思います」
徳力:後藤さんは、どういう経緯でコメンテーターに?
後藤:Yahoo!ニュースはポータルサイトとしても圧倒的な存在で、テキストニュースで一番見られていて幅広い人にリーチできる場所だと感じていたので、お声がけいただいた時点で受けようと思いました。
経済でいうとNewsPicksや日経新聞は、経済に関心がある人や新しいことや深いことを知りたい人が多いと思うんですけど、Yahoo!ニュースの場合は(経済に関心のない人を含む)いろんな人が見ていて、最新の細かいことよりも「ざっくりどういうことなの?」を知りたい人が圧倒的に多い。だからメディアのコメント欄の体裁は似ていても書くべきことはまったく異なってくる。Yahoo!ニュースはイメージでいうとテレビに近い。NHKなどのニュース番組と同じで、実はそこまで興味がない初心者向けに説明する場のような気がします。リーチも大きくて反響も見えるので、どうすれば国民の関心に引っかかるのかを学ぶ鍛錬の場として活用しています。
経済ジャーナリストの後藤達也さんは、日本経済新聞の記者を経て独立し、2022年夏からコメンテーターとして参画。いまはさまざまなメディアやプラットフォームでそれぞれの特性や強みを生かしながら、経済ニュースをわかりやすく発信されています。当日はオンラインでの登壇となりました。
三者三様、専門性とプラットフォームの特性に合わせた情報発信
徳力:後藤さんは、日経時代からTwitterをやっていて退職後に新アカウントに移行してもほとんどのファンはついてきて、いまは新アカウントの方がフォロワーが多い。YouTubeには24万フォロワーがいて、noteのメンバーシップ(月額サブスク課金)もされている。さらに朝日新聞デジタルのコメントプラスやTikTok、ラジオNIKKEIでポッドキャストも。すごいですよね。いまの軸はどれでしょうか?
後藤:TwitterとYouTubeとnoteが3本柱のイメージです。Twitterは拡散力が圧倒的に大きいので、自分自身を知ってもらえるきっかけの場所になりますし、同時に「YouTubeをアップしました」「noteを書きました」と誘導する場所にもなるのでポータルのような位置づけにしています。
YouTubeの利用者層はTwitterと近いと思うんですけど「YouTubeはすごく見るけど、Twitterは見ない」という人もいて、逆も然りだと思います。一見、男女比や年齢構成は一緒に見えるので「同じような人たちなんじゃないの?」と思いがちですけど、結構違うと思うんです。映像で情報を知りたい人も多いと思うので、テキストだけで発信すればいいわけではなくて、なるべく広くアプローチする意味でYouTubeもやってみようと。Twitterは140字しかなくて画像も4点しか載せられないので、noteは新聞記事くらいの長さにして分析を入れるかたちで、Twitterを補完するイメージで利用しています。
徳力:たくさんのプラットフォームを運用するのは大変ではないですか?
後藤:いろんなプラットフォームを使っているからといって、労力が3、4倍になるかというとそうではないんですよね。自分の理解や何を伝えるべきかは共通なので、YouTube向け、Twitter向けにアレンジしたりはしますが、最後の味付けを変えるくらいで大変というわけではない。リソースに余裕がある限りにおいて、一番成果が得られそうなプラットフォームを選んでいるので、わりと効率よく良いアウトプットができているのかなと思います。
モデレーターの徳力基彦さんは、2015年からYahoo!ニュース 個人で執筆。自身の発信について「noteは自分のメモを置いておく場所ですが、大勢に読んでもらおうと思ったらYahoo!ニュース 個人がメインです」とコメント。登壇者と同じ執筆者の目線で議論を盛り上げてくれました。
徳力:後藤さんは上級編だと思いますが、他のメディアとの組み合わせについて、忽那さんはどうされていますか?
忽那:基本的にTwitterはYahoo!ニュース 個人の記事のリンクを張るだけで割とシンプルなうえ、それ以外の投稿はあまりしていないです。記事を読んでから取材してくれるメディアも多いですし、ちょっと意味が違う感じに伝わったかもしれないと思っても、自分が言いたいことはYahoo!ニュース 個人に書いているから、こっちを見てもらえばいいという安心感もありますね。情報発信としてはすごくいいツールだと思います。
徳力:江川さんは、メディアやSNSをどう使い分けていますか? Twitterはホームグラウンド?
江川:Twitterはホームグラウンドではないかな。だいぶ前ですけど(郵便不正事件に巻き込まれた)村木厚子さんが大阪で捕まって、裁判の途中経過がマスメディアではほとんど報じられていなくて、私が傍聴にいってそこであったことをTwitterで連続投稿する使い方をしていた時期もありますね。いまはみんなが読んだらいいんじゃないかと思う記事をシェアしたり、自分の感想を述べてみたり。私はYahoo!ニュース 個人と別のネットメディアに定期的に書いているのと、あとは紙の新聞ですね。もう30年くらい熊本日日新聞や北日本新聞などいくつかの地方紙に書いています。分散している感じです。
コメント欄はどう進化する? いま専門家がYahoo!ニュース 個人で発信する意義
徳力:専門家の発信は必要ですが、難しくなりすぎる傾向があります。忽那さんはそのバランスが絶妙ですが、一般の人に伝えるときに気をつけていることはありますか?
忽那:記事を公開する前に、妻に確認してもらっていますね。もともとは医療関係者でしたが、離れて10年以上経っているので、一般の目線で見てもらって、ちょっと意味がわかりにくいところはわかりやすく書き換えたりしています。
徳力:後藤さんは、コメンテーターとして他のプラットフォームとの違いを感じることはありますか?
後藤:影響力の大きさを感じますね。Twitterと違ってYahoo!ニュースには私のファンがいるわけではないのに、Yahoo!ニュース トピックスに載るような大きいニュースについてコメントするだけで、コメンテーターのコメント投稿欄に表示される「参考になった」ボタンが何千も押されるので、桁違いの数の方に読んでいただいているんだなと。TwitterやYouTubeでは掘り起こせない、老若男女のあらゆる人が見ているところなので、そんな方々に目に触れてもらえるチャンスがあるのはありがたいなと思います。
Yahoo!ニュース 個人のオーサーやコメンテーターが一堂に集う会場で、専門性を生かした登壇者の発信について白熱のディスカッションがくり広げられました。(写真左から徳力基彦さん、江川紹子さん、忽那賢志さん、後藤達也さん)
徳力:これまでYahoo!ニュースのコメント欄は揶揄されることも多かったですが、専門家のコメントが入って印象が大きく変わりました。それぞれコメント欄の使い方など意識していることがあれば教えてください。みなさんのように質の高い発信をする人が増えれば、日本のインターネットがちょっとずつ良くなるんじゃないかと。
忽那:最初は感染症について書いていたオーサーは私くらいだったと思うんですけど、その後は増えて、いまはいろんな専門家によっていろんな立場から書かれることが増えました。私の場合は、どうしても医療者の立場から患者が増えないように書いてしまいますが、いろんな視点で発信をしていただいた方が、多様性があってバランスが取れていいのかなと思います。
後藤:自分が大事だと思うことを伝えることも大事なんですけど、やっぱり初心者目線が大事だと思います。Yahoo!ニュースのコメントは400字くらいでそこそこの分量があるんですけど、ガッチリ書いて最後まで読めば私の意見はわかりますよというスタンスにならないよう気をつけています。最初の10文字で読み飛ばされることもあるので最初の数十字、特に一段落で関心を持ってもらうための書き方が大事。最初に専門性の高いことが羅列されていたりすると読者は途中で読まなくなってしまう。とにかく消費が早い時代に、最初の10文字、30文字を工夫して書くのは大事かなと思いますね。
徳力:コメントも新聞の見出しと同じ感覚で掴みが大事だと。非常に参考になります。江川さん、最後にいかがでしょうか。
江川:「参考になった」も、どれだけ届いたかも大事なんだけど、あまり意識しすぎないのも大事かなと。やっぱり自分が興味ある、面白いと思っていることを表現する場にしたいなと私は思います。
いまの問題や課題って、絶対的な正解がないことが多いですよね。新型コロナの問題でも、医療の立場と経済をどうやって回していくかを考える立場は違うわけじゃないですか。どっちも大事でどうするかという話なのに、どっちかが正しいみたいな発信をする人が結構います。
徳力:極論がバズってしまうのはSNSの構造的な問題ですね。
江川:バランスを取らなきゃいけないとわかっている人同士で議論する。そういうところが必要かもしれないですね。だから、どういうふうにしてうまくバランスを取りながら考えたらいいかを考える材料がもっと提供されないと、“どっち派”みたいな感じになって、いろんな課題で分断されていく。その分断をどう解消していくのかが、これからの課題かなと思います。
編集後記
登壇者の方々の議論から、メディアやプラットフォームのさまざまな活用法が浮かび上がりました。分断が進むこの時代に、毎日多くのユーザーが訪れるYahoo!ニュースにおいて、専門家による多角的な視点が提供される意義を改めて実感しました。
10周年を経て、オーサー728名、コメンテーター258名が参画するサービスとなったYahoo!ニュース 個人(2023年1月31日時点)。これからも改良を重ね、進化していきたいと思います。
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