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日下 明

帰りたいけど、帰れない――― 残業 本当に減らすには

2018/04/02(月) 09:44 配信

オリジナル

きょうも帰るのこんな時間――。「働き方改革」とはいうものの、職場では「早く帰れよ」と口で言うだけ。仕事が山積みだから時間通りに終わるはずがない。はたして、本当に残業を減らすことなんてできるのか。4人に聞いた。(週刊エコノミスト編集部/Yahoo!ニュース 特集編集部)

残業は武勇伝になりがち。だからかみ合わない
立教大学経営学部教授 中原淳さん
残業を減らしても、売り上げは減らない
ビックカメラ執行役員人事担当部長 根本奈智香さん
経営者が、捨てるものは捨てる
広島市信用組合理事長 山本明弘さん
毎日残業ゼロは無理だから、時間を貯めて使う
ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)研究員 イネス・ツァプフさん

残業は武勇伝になりがち。だからかみ合わない

立教大学 経営学部教授 中原淳さん

なかはら・じゅん/1975年北海道生まれ。2001年大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中途退学、2003年同大学博士号取得(人間科学)。米マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て2006年から東京大学 大学総合教育研究センター准教授。2018年4月から立教大学経営学部教授。専門は人材マネジメント、人材開発(撮影:塩田亮吾)

一言で残業と言っても、人によって想像するイメージや、そこにまつわる感情は違います。

年配の人にとっての残業は、ときに体育祭や文化祭のイメージで語られることもあります。高度経済成長、バブルと日本が右肩上がりで上昇していく時代に、皆で、遅くまで残って成し遂げたよね、と。特に経営者や管理職は残業して偉くなった人も多いです。こうした場合の残業は、ノスタルジーであり武勇伝になりがちです。こうした人々にとって残業は良いものなのです。

一方、ポスト・バブルの方々は、「パソコンに1人で向かい、少ない時間で、仕事をひたすら片づけなければならない」という残業を思い浮かべることが多いように感じます。職場の効率の悪さだったり、顧客からの無理難題だったり、上司のプアなマネジメントによって、やらされ感のなかで残業しているイメージです。もちろん、こうした方々にとって、残業は「ただちになくしてほしいもの」なのですね。

これらが十把一からげに残業という2文字で語られているから、議論がかみ合わなかったり、モヤモヤしたりするのです。

企業との共同プロジェクトを多数手がけている(撮影:塩田亮吾)

しかし、いずれにしても、これから日本は人手不足社会になっていきます。多様な働き方を認め、多くの人々に労働参加をしてもらわなければなりません。長時間労働が常態化した職場だと、育児や介護など事情を抱えた人が労働参加しにくい。最近の新卒は、長時間労働には極めてネガティブですから、そうした会社では採用だって難しくなります。人手不足社会においては、長時間労働は人事課題ではないのです。事業継続のための経営課題です。

僕の専門の人材開発の観点でいうと、残業して夜遅く帰る生活をずっと続けていると、自分のキャリアを見直したり、自分のスキルを高めたりするタイミングが失われてしまうことが一番怖いですね。折に触れて、学び直しをする習慣を持ったほうがいいと思います。

残業を減らすためにまず必要なのは、就業時間と時間外という境界をはっきりつけることです。僕はパーソル総合研究所とともに長時間労働に関する調査(希望の残業学)を行っています。このなかで分かったことですが、日本には就業時間という概念のない人がけっこういます。

次が仕事の「腑分け」です。職場で長時間労働が生まれる根本的な理由を探し、「見える化」して改善する。働く時間を減らしても成果は落とせないから、不必要なものは捨てなければならないし、やらなければならない仕事は皆でカバーしなければならない。これには時間がかかります。

ここで問題になるのは、マネージャーが「できる人」に仕事を振りがちなことです。一部の人だけ長時間労働になっています。残業の「集中」を是正しようとなると、新人を含めて「できない人」にも仕事を振り、育てなければなりません。

「部下の成長には、上司から耳の痛いことを伝えるフィードバックが必要」というのが持論(撮影:塩田亮吾)

長時間労働の是正は、日本人が戦後、長い間かけて学習してしまった習慣のアンインストールなんです。いきなり変わるものじゃないし、変わることには痛みを伴います。

時間がないなかでも研究者として知識のインプットは必須。本は要点だけ読む(撮影:塩田亮吾)

僕自身も、子どもが生まれて働き方をガラッと変えました。午後5時までの間で工夫して仕事を進めています。僕も痛みを感じ、悩んでいます。

残業を減らしても、売り上げは減らない

ビックカメラ執行役員人事担当部長 根本奈智香さん

ねもと・なちか/1974年生まれ。1997年ビックカメラ入社。店舗勤務、店長などを経て、2013年から現職。保育園の運営など女性が働きやすい職場作りに取り組んできた(撮影:塩田亮吾)

3、4年前まで店長たちは「店は忙しく、人手が足りない。労働時間を減らすのは無理」と渋っていました。お客様は店員が見つからないと買わずに帰ってしまうのではないかと思っていたんです。

でも今は、「残業を減らしたからといって、売り上げは下がらないな」と皆が感じています。店舗で何人働いているかではなく、お客様に対応する店員をどれだけ増やすかという点にフォーカスしています。

店舗にいる皆が接客しているわけではありません。たとえば、バックヤードに商品を取りに行く3分の間はお客様の対応ができません。商品を売り場に出しておけば取りに行かずに済みます。そういうムダが現場にはたくさんあります。在庫管理や発注はシステム化しました。品出しに人手が足りなければ、社員ではなく、専任のアルバイトを充てるというように、店長たちは店舗をいかにマネジメントするかを考えるように変わりました。

執行役員になるまで、大半を店舗で勤務してきた(撮影:塩田亮吾)

私が入社した1997年当時は、店舗のみんなが開店前に出社して、閉店後に帰るのが当たり前でした。2005年に残業代不払い問題が起き、06年には東京証券取引所ジャスダックに株式上場したこともあって(注:2008年には東証1部上場)、「法律は絶対守ろう」と取り組み始めました。

さらに、5年ほど前からは労使協定以上に残業を減らそうとしてきました。働き方のムダをなくしながら、売り上げを維持するという生産性向上の考えで取り組んでいます。私が女性活躍の担当役員として進める育児・介護との両立支援の面からも、残業時間は絶対に減らさなければなりません。

社内基準として、残業時間の上限を法に基づく労使協定より少し少ない月40時間、繁忙期60時間に設定しています。目標はさらに少なく設定し、段階的に下げてきました。残業の年間計画を立て、繁忙期とそうでない時期とで配分を変えています。年末にはお客様が普段の1.5~2倍に増えます。店舗の残業時間目標は、12月は30時間でしたが、この2月は15時間です。

30代で執行役員に任命された。女性活躍への期待を背負う(撮影:塩田亮吾)

人事部が月々の残業状況をチェックしています。月2回、個人単位で残業時間の予測を立て、たとえば「広報IR部の○○さんが労使協定の上限をオーバーしそう」となれば、上司にそれを注意喚起します。部署単位の平均残業時間は毎週、上司に伝えます。半年間で平均して残業目標を下回った部署では、ボーナスに上乗せがあります。店長たちは、自分のマネジメントによってメンバーの給料が左右されるとなると頑張ります。

店長たちの健康もしっかり見ていかなければなりません。店長や副店長は、労働基準法上で労働時間の制限を受けない管理監督者ですが、一昨年から、健康管理の目安として「健康時間」を決め、人事部がチェックしています。健康時間は、残業だと月50時間に当たります。以前は、店長が開店から閉店まで出勤しているのが普通でした。今は副店長とシフトを組んで、閉店前に帰るようになりました。

「私自身の働き方を聞かれると痛いですね。残業時間にして月50時間を超えてしまっています」(撮影:塩田亮吾)

人事部だけで働き方改革の目標を掲げても理想論になってしまいます。店舗の現場が見えている営業部と一体となって動くことで、店長が抱えている問題が見え、現実的な目標を作れると思います。

経営者が、捨てるものは捨てる

広島市信用組合理事長 山本明弘さん

やまもと・あきひろ/1945年山口県生まれ。1968年広島市信用組合入組。2005年から現職。「地元で集めた預金を、地元企業への融資へ回す」という金融機関の本来のあり方を貫き、増収・増益を実現してきた(撮影:金山隆一)

広島市信組は中小零細企業への融資に特化し、業績を伸ばしてきました。支店長と得意先係は毎日、10軒、20軒と融資先を回り、会社の技術力や成長性、経営者の人間性まで見ています。年2回、1万5000の取引先に財務状況などを載せた資料を饅頭とともに配っています。

とにかくお客様のところを回れ!と言っていますから、捨てるものを捨てなければ時間が足りません。「捨てる経営」です。

他の金融機関と違い、投資信託や生命保険など金融商品を一切販売しません。私が理事長に就任した2005年にその方針を決めました。だから、職員は金融商品の説明やその準備に余計な時間をとられることがなく、本来の融資の仕事に専念できます。

融資に必要な書類を非常にシンプルにしています。普通は、資料を厚くすれば「よく調べた」となります。でも、広島市信組ではポイントだけを突いてこいと言っています。この融資で何をしたいのかだけ分かれば済みます。役員会議を毎朝6時45分から開き、融資の結論は3日以内に出しますから、支店長たちは決裁が下りるか下りないかで悩むことがありません。

昨年1月からは、勤務時間をきっちりと決め、残業を削減することに取り組んでいます。きっかけは、2016年秋に発覚した電通事件(注:広告大手・電通の新入社員の過労自殺が労災認定された)です。世の中の流れが変わったと直感しました。最近の若い人たちは、お金を稼ぐよりも、早く帰りたいんです。今、取り組まなければ残業は減らせないと思いました。

労働時間は一見、減ってきたように見える。それは労働時間が少ないパートタイム労働者の比率が高まってきているためで、一般労働者だけを見ると減ってはいない(厚生労働省「毎月勤労統計調査」のうち従業員規模5人以上のデータを基に編集部作成)

勤務時間は朝の8時40分から午後5時40分まで。残業を認めているのは月に10日のみです。1時間20分の残業を認めている月末2日間と月初と、1時間の残業を認めている五十日(ごとおび、取引の支払日に設定される毎月5、10、15、20、25日)と月末2日前です。この時間で終わらない時には、なぜ残業するのか、人事に報告して許可を得ます。しょっちゅう認めるわけではありません。

私も支店長の頃は、部下の分まで働かなければならないと長く残業していました。そんな人間が今は、午後5時40分に帰れと言う。そこは、時代が変わったと割り切っています。働く時間を厳密に決める分、時間内に一生懸命働かなければなりません。サービス残業はなく、残業代は時間通りにキッチリと払います。

いまお茶を運んでくれた女性は昨年、宅建(宅地建物取引士)の教科書を買って独学で半年間勉強し、資格をとったそうです。それも残業を減らした効果だと思います。

毎日残業ゼロは無理だから、時間を貯めて使う

ドイツ労働市場・職業研究所(IAB)研究員 イネス・ツァプフさん

Ines Zapf/1983年生まれ。ドイツ・バイエルン州のバンベルク大学で社会学を専攻し、2010年から公共研究機関である現職場に勤務。2015年に博士号を取得。労働問題のなかでも、特に労働時間の在り方について研究する(撮影:雨宮紫苑)

日本では、「ドイツには残業がない」って思われているんですか? ありますよ、残業。

法律上、労働時間の上限は1日10時間、週48時間で、6カ月で平均して1日8時間以上働いてはいけないことになっています。それを超えさえしなければ、就業時間を超えて「残業」しても問題ありません。

実際、残業をゼロにするのは難しいと思うんです。だから多くの企業では、残業した分の時間を振り替えられる「労働時間貯蓄制度」を導入しています。「今日は1時間残業したから明日は定時より1時間早く帰る」「残業が続いたから明日は半休にして午後出勤する」という働き方を可能にする制度です。

仕事といっても、毎日同じだけの作業があるわけではありませんよね。企業は、仕事の量に応じて労働力のバランスをとりたい。労働者も、プライベートの事情にあわせて働く時間をコントロールしたい。そんなときに、この制度は役立ちます。

労働時間貯蓄制度の最初のモデルがドイツで導入されたのは、1960年代にさかのぼります。背景には、道路の渋滞の問題がありました。当時は労働時間がたとえば「8時から17時」というように決められていたので、みんなが同じ時間にオフィスにいなければなりませんでした。通勤時間帯の渋滞を緩和するため、「1日8時間」のなかで働く時間の始めと終わりをフレキシブルに決められるようにしたのです。

欧米の主な先進国と比べ、日本は週49時間以上働く就業者の割合が高い(独立行政法人労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2017」を基に編集部作成)

現在の制度で、労働時間を何時間まで貯められるのか、一度に何時間まで振り替えていいかなどは、経営者と従業員側の話し合いで決められます。ドイツでは、経営者側と従業員側の代表者が交渉し、双方が同意して働き方を決めていくことがとても重視されています。労働時間貯蓄制度を導入しているのは、2011年の時点で企業の34%、制度を利用できる労働者は54%です。

「労働時間貯蓄制度」を導入していなかったり、その限度を超えたりして、「残業」になることもあります。そのうち残業代が発生するのは、契約上の就業時間が労働者の希望より少ない場合が多いですね。労働者側が、「もっと働きたい」「もっと稼ぎたい」という時です。残業代が発生しないサービス残業は、結果を出さなければならない管理職に多いです。あとは、上司に自分の成果をアピールしたい人。

「残業対策」といっても、企業によって仕事の中身や規模が大きく違うので、一般化は難しいです。大事なのは、経営者側と従業員側がお互いに納得のいく妥協点を見つけて、取り決めを交わし、守っていくことではないでしょうか。

(聞き手:雨宮紫苑・ドイツ在住ライター)


日本経済と世界経済の核心を分析する経済誌「週刊エコノミスト」と「Yahoo!ニュース 特集」が共同で記事を制作します。今後取り上げて欲しいテーマや人物、記事を読んだ感想などをお寄せください。メールはこちらまで。eco-mail@mainichi.co.jp

イラスト:日下 明

(最終更新:2018年4月4日 11時51分)