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木野龍逸

「在宅被災者」対策手つかず 首都直下地震で14万人超の試算

2018/01/19(金) 08:27 配信

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日本列島は今も、毎日のようにどこかで大地が揺れている。起きてほしくはないが、例えば、東京都の推計によると、首都直下地震が起きた場合、最大で死者9000人超、全壊・焼失約30万棟、避難者数339万人の被害が出るという。さらに今、こうした想定に含まれていない問題が浮上している。壊れた自宅で生活せざるを得ない「在宅被災者」の存在だ。研究者の試算によると、その数は都内9区だけで約14万5000人に達するという。これに対し、政府や東京都の対策は手つかずで、数の想定もできていない。東日本大震災の実例もたどりながら、この問題に迫った。(木野龍逸/Yahoo!ニュース 特集編集部)

壊れた家に住み続ける「在宅被災者」

万が一、大きな地震が起きたら、みなさんはどこに避難するだろうか。多くの人はまず、避難所を目指すだろう。

防波堤を乗り越える津波。東日本大震災で各地は甚大な被害を受けた=2011年3月11日(提供:宮古市/Shutterstock/アフロ)

一方、自宅は全半壊していても、何らかの理由で自宅生活を続ける人たちも出る。「避難所は満杯で入る余地がなかった」「要介護者や乳幼児がいて避難所での生活は困難」といった状況はあちこちで生じる可能性があるからだ。自宅に戻っても、上下水道や電気の復旧や家屋の修繕が遅れると、長期にわたって不便な生活を強いられる。

こうした人たちを「在宅被災者」と呼ぶ。

この言葉がメディアに登場するようになったのは、東日本大震災の3〜4年後からだ。その後の熊本地震などでも顕在化した。

東日本大震災からおよそ1か月の仙台市若林区。一部の住民が帰宅し、家に明かりがついている=2011年4月9日(写真:読売新聞/アフロ)

では、首都直下地震が起きたら、在宅被災者はどの程度発生するだろうか。どんな境遇が待ち受けているだろうか。

実は、東京都は家庭向けハンドブック「東京防災」の中で、地震が起きた後も自宅に住めるようであれば、そのまま家にいるよう勧めている。避難所までの移動が厳しかったり、避難所での生活環境が良くなかったりするためだ。

ところが、である。

行政の勧め通りに「在宅」を選んでも、それが長期化した場合、行政がどう対応するのかについては、具体的な対策がない。東京都の内部の行政対応マニュアルも現在、その点に言及していない。また、制度上は、大規模半壊以上にならなければ仮設住宅に入ることはできないし、仮設住宅の提供が遅れると、「在宅」の住民は結局、全壊状態の家でも住み続けるしかない。

2016年の熊本地震でも多くの家屋が被害を受けた(写真:つのだよしお/アフロ)

室内に雑草も 東日本大震災の「在宅被災者」

では、東日本大震災の在宅被災者はどんな状況に置かれているのだろうか。

宮城県石巻市のボランティア団体「チーム王冠」の代表・伊藤健哉さん(51)の案内で現地を回った。この団体は石巻市を中心に被災者支援を続けており、被災者の生活再建の相談に乗ったり、家屋の補修を手伝ったりしている。

チーム王冠の代表・伊藤健哉さん(撮影:木野龍逸)

伊藤さんは「家を外から見ても分からないんですよ。(住人は)恥ずかしがって、なかなか中に入れてくれないから、状況の把握が容易じゃない」と言う。震災から7年が経つのに、いまだに家の中は震災当時の状況のままの人がいる。壊れたままの床や天井、壁…。それらを人に見られることを恥じ、自分から状況を言い出せない、というのだ。

石巻市の杉山栄(さこう)さん(77)の自宅は、津波で鴨居の上まで浸水し、土壁は抜け落ちた。自治体の判定では、居住機能の喪失を示す「全壊」。それでも杉山さんは被災後、一度も避難所に入っていない。高齢の身に慣れぬ避難所暮らしはきつい。「住んでいる家を離れたくなかったんです」と言う。

「全壊」判定の自宅で暮らす杉山栄さん。元は大工(撮影:木野龍逸)

「全壊」した自宅のうち、かろうじて寝食ができるのは2階の一部分だけだった。かつては大工だった杉山さん。損壊部分は自力で少しずつ直したものの、土壁は修繕ができず、ブルーシートで覆っただけだった。電気、ガス、水道は復旧せず、水や食べ物は当初、配給先まで取りに通ったという。もちろん、暖房もなかった。

2017年末の杉山さん宅。床は抜けたままで、冬でも雑草が生えている(撮影:木野龍逸)

そんな杉山さんをチーム王冠のメンバーが“発見”したのは、2011年12月頃のことだ。

ボランティアたちは早速、修理に取り掛かった。壁が抜け落ちた箇所には樹脂製ストローボードを張り、雨風をしのげるようにした。震災から9カ月を経ての「応急措置」である。ただ、修繕費用がネックになり、それ以上の修理は進んでいない。

いま、外見は普通の民家に見えても、小部屋の床は抜けたままで雑草が生い茂っている。

押し入れの奥に見える薄緑色は樹脂製ストローボード。その向こうは外だ(撮影:木野龍逸)

「災害危険区域」指定で修繕できず

災害危険区域に指定されたため、建て替えや増改築ができなくなった地区もある。氏家義夫さん(73)が住む地区もその一つ。自宅は、解体、立ち退きが進んだ災害危険区域の一角にぽつんと立っている。

氏家さんは震災後、娘や息子夫婦の家に避難していた。それでも同居が長期化すると、遠慮も出る。そのため3カ月後には自宅に戻った。住み慣れたわが家は、1階に大きな被害を受け、「全壊」判定だった。

氏家義夫さんの自宅。外観はきれいだが……。一帯が災害危険区域に指定され移転対象になったため、周囲の家屋は取り壊された(撮影:木野龍逸)

自宅に戻ると、不要物を処分してとりあえず2階部分に住めるようにした。1階の居間や風呂、トイレなどの修理には、それからほぼ1年かかった。ところが作業はそこで止まってしまう。復興事業に伴う道路の付け替え計画が浮上し、自宅も含まれるという話が出たからだ。

「きれいに直そうと考えて見積もりも取ったんだ。けど、市役所の人も『100%(道路が)できる』って言うから、しょうがねえなって(修繕は諦めた)」

氏家義夫さん宅も津波にやられた。この広間には今、天井も壁もない。神棚も浸水した(撮影:木野龍逸)

話はそこで終わらない。

道路計画が決まらぬうちに、2012年12月1日、一帯は建築基準法に基づく「災害危険区域」に指定された。津波などによる被害を防ぐため、建築物の新築や増改築を制限する制度だ。氏家さんの場合、修繕は可能だったが、そこにお金をかけると、道路建設で移転することになった時の費用負担に不安があった。

しかし、行政の説明とは裏腹に道路計画はなかなか実現しない。先行きを見通せないため、修繕に踏み切ることもできず、時間だけが過ぎた。その結果、例えば、広間は天井と床がないまま6年半も放置され、物置のような状態で残された。

2015年の地元紙・河北新報。在宅被災者への支援の不備を報じている(撮影:木野龍逸)

大震災の在宅被災者 実態把握できず

杉山さんや氏家さんのような在宅被災者は、いったい何人くらいになるのか。

行政にそのデータがなかったため、チーム王冠は2014年に石巻市の約1100世帯を訪問調査した。その結果、有効回答538世帯のうち半分近い243世帯は、修復未了の住宅に住んでいることが判明した。代表の伊藤さんは「石巻市内の全数調査は今もできていません」と言い、全体像は不明のままだ。

在宅被災者は家屋の外見で判断できないこともあり、いったん実態把握の網の目から抜け落ちると、支援の手を差し伸べることは難しくなる。

震災から1年余りが過ぎても放置されていた家屋。2012年8月、石巻市(写真:Yumeto Yamazaki/アフロ)

在宅被災者には、他の被災者との「支援の差」もある。

例えば、仮設住宅や「みなし仮設」の借り上げ住宅などに入ると、冷蔵庫やテレビなど家電の6点セットが無償で支給されるほか、家賃も発生しない。これに対し、在宅被災者への個別施策は事実上、存在しない。同じ被災者でも「在宅」の負担は相対的に重くなる。同じ被災者なのに、避難所にいるかいないかで支援に差が出る制度になっているのだ。

兵庫県の津久井進弁護士は「阪神・淡路大震災の時にも(今で言う)在宅被災者はいましたが、当時は被災者の定義に当てはまらなかった。そのため、支援が必要とはみなされず、制度もそのままになっていました」と言う。

神戸を襲った1995年1月の阪神・淡路大震災。高速道路も倒壊した(写真:AP/アフロ)

津久井弁護士が続ける。

「支援を必要とする在宅被災者がどこにいるのか、どのくらいいるのか。コミュニティーのつながりが薄い大都市の方が、分からなくなる危険性が高いと思います。現在の制度は、仮設住宅に入ることを生活再建の第一歩にしていますが、在宅被災者の問題はそうした単線の考え方を変える必要性を示しています」

首都直下地震 都内の避難者は全体で339万人

そして話は「東京」に移る。

東日本大震災後の2012年4月、東京都は「首都直下地震等による東京の被害想定」を公表した。想定は、東京湾北部を震源とするマグニチュード7クラスの首都直下地震。政府の地震調査委員会は、今後30年の間に相模湾から房総半島南東沖にかけての相模トラフ沿いで、これと同規模の地震が70%程度の確率で起きる、と予測している。

東京都内で行われた帰宅困難者対策の訓練。およそ1万人が参加した(写真:AP/アフロ)

東京都の被害想定は、季節や風速、発生時刻など六つの状況に分かれている。最悪は「冬の夕方、風速8メートル」の場合で、死者は約9600人に達する。建物は30万4300棟が全壊・焼失。その被害は23区に集中し、全壊・焼失は29万4000棟にもなる。

このケースでは、都内全域の避難者は最大で338万5000人に上り、23区内では311万人を数える。では、こうした避難者はどこに行くのか。

東京都の想定によると、23区では、避難者の7割近く、約202万人は避難所で生活する。残りは知人や親類を頼ったり、遠くの地域に出て行ったりする人たちだ。

災害時の避難経路を示す看板。東京都渋谷区(撮影:木野龍逸)

問題はその先である。

東日本大震災では「避難所に入る余地がない」「要介護者や乳幼児がいて避難所生活が困難」といった理由で、大勢の人たちが自宅にとどまった。首都直下地震の場合、壊れた家に住み続ける在宅被災者はどのくらいになるのだろう。

「在宅被災」14万人超 九つの区で避難所不足

専修大学ネットワーク情報学部の佐藤慶一准教授の協力を得て、公表データを軸にして在宅被災者の数を試算した。佐藤准教授は、被害想定を利用した仮住まいの研究を手掛ける研究者だ。順を追って見ていこう。

専修大学の佐藤慶一准教授(撮影:木野龍逸)

2014年の「東京都地域防災計画(震災編)」によれば、23区の避難所は合計で223万6000人を収容できる。避難者の総数は推計で202万人だから、一見、避難者全員が避難所に入れるように映るが、収容能力は区によって違うため、実際には避難所から溢れる人たちが出てくる。

佐藤准教授は「避難所に入れない人のうち、どれくらいが『在宅』になるのかは分かりません。より詳細な調査研究が必要です」とした上で、結果を示してくれた。

避難所の収容可能人数と避難者の推計を区ごとに見ると、東部を中心に九つの区で避難所が不足する、という。避難所に入れない人の半数が「在宅」になると仮定すると、「九つの区で約14万5000人」という膨大な在宅被災者が出ることになる。

避難所に入れず、「在宅被災者」が発生する九つの区。黄は1万人未満、オレンジは1万〜5万人未満、赤は5万人以上。専修大学の佐藤慶一准教授による試算をもとに作成

佐藤准教授は言う。

「全壊住宅の多くは住めないので、親戚・知人宅や賃貸住宅などを見つけて移動せざるを得ないと思います。半壊の場合は、被害程度にもよりますが、『在宅』という選択が多くなるでしょう」

試算によると、在宅被災者が最も多いのは大田区の約5万人。以下、江戸川区の約2万5000人、葛飾区の約2万3000人、墨田区の約1万8000人などと続く。隣接する区に余裕があり、区を超えた避難が可能ならばそこで吸収され、在宅被災者はこの試算より大きく減る可能性もある。

東京スカイツリーからの眺望。隅田川が近くを流れている(撮影:木野龍逸)

それでも佐藤准教授は次のように指摘する。

「都区部で大きな被害が出た場合は、神奈川県や千葉県、埼玉県の近隣自治体でも甚大な被害が出るでしょう。仮住まい用の賃貸や仮設住宅も大幅に不足すると考えられるので、『在宅』が相当数発生し、長期化する可能性が高いのではないでしょうか」

東京の在宅被災者 解消に膨大な時間?

大規模な発生が予想される在宅被災者。その対策については、実は具体的な検討も始まっていない。

東京都総合防災部の三浦弘賢課長は「在宅の被災者全てに対応するとなると、(行政対応の量が)膨大になります。現実的にどこまで対応が可能か、今はまだ分かりません」と話す。内閣府防災事業推進担当の粟津貴史参事官補佐も「東日本大震災では被災者の約7割が自宅にいました。この部分をどうするのか、今まで着眼されていなかった。今はいろいろなものが検討途上ですが、まずは(精度の高い予測)数字が必要」と話す。

応急的な住宅の整備について記された東京都のマニュアル。発生から数週間で応急修理ができるとしているが……(撮影:木野龍逸)

民間の関係業者はどうだろうか。

震災時に利用可能な空き部屋情報を行政に提供している団体の一つ、全国賃貸住宅経営者協会連合会の稲本昭二事務局長は「首都直下地震は被災者規模が大きすぎ、都内の空き室に全員が避難することは無理」と言い切る。

住宅の復旧を担う業者にも事情を尋ねた。個人の大工や左官などが加盟する全国木造建設事業協会の徳森岳男専務理事はこう語った。

全国木造建設事業協会の徳森岳男専務理事 (撮影:木野龍逸)

「瓦が落ちるような一部損壊を含めると、住宅の半壊は想定の3〜4倍になるのでは。それと、熟練大工が激減しています。今の50代が抜けると、応急修理をできるベテランがいなくなるかもしれない。在来工法の住宅の修理ができなくなる懸念があります。人材の育成、確保は(震災対応という面からも)急務なんです」


木野龍逸(きの・りゅういち)
フリーランスライター。自動車にまつわる環境、エネルギー問題に加え、原発事故発生後はオンサイト/オフサイト両面から事故の影響を追い続ける。著作に『検証 福島原発事故・記者会見1〜3』(岩波書店)ほか。

[写真]撮影:木野龍逸、提供:アフロ