岡本裕志

「社史」が会社を強くする―― 現場で役立つ戦略ツールに

10/24(火) 9:45 配信

「社史」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。分厚くて活字ばかりで、偉い人の自慢話がたくさんあって……。勤務先の社史をまともに読んだ人もそう多くないだろう。だが今や社史は会社の歴史を紹介するだけでなく、営業、事業計画にも使われる戦略ツールなのだ。
(ライター 崎谷実穂/Yahoo!ニュース 特集編集部)

5メートルの巻物社史を作った会社

黒塗りの軸に巻きつけられた、草花模様の布を貼った紙。一見すると中世の巻物のように見えるが、サーッと机に広げると、5メートルの長さのカラフルな年表が現れた。

「うちの社史、面白いでしょう」

トッパン・フォームズ株式会社総務本部の牟田(むた)克彦さんはそういって得意げに笑った。そう、この「巻物」は2015年12月に同社設立50周年を記念して作られた、れっきとした「社史」なのである。牟田さんはその制作担当者のひとり。同社は社史としてこの巻物以外に、事業の歴史などを振り返った2冊の冊子も作った。

巻き紐もしっかりついており、どう見ても巻物に見えるが……(撮影: 岡本裕志)

開けば、創業からの歴史を記した年表が現れる(撮影: 岡本裕志)

なぜこんな凝った仕掛けの社史を作ったのか。それはトッパン・フォームズの事業と深く関係している。

自社技術の粋を集めた社史

同社はもともと、事務処理用の帳票(宅配便の伝票のようなもの)の製造で伸びてきた。航空券に使われる磁気テープ付きのチケットなど、これまでにさまざまな特殊印刷の技術も開発してきた。その一つに、長い紙に継ぎ目なく印刷できる技術開発があった。その技術を用いて作ったのが、この巻物社史なのである。

巻物以外に作った2冊の冊子の社史にも、こだわりが随所にちりばめられている。

社史の見開きページの写真・図版の位置は、点数や大きさによって細かくルール化されている(撮影: 岡本裕志)

冊子を開くと、誌面が広くすっきりとしていることがわかる。見開き部分を広く取って各ページの余白を多く残してあり、見やすさにこだわった。

もうひとりの社史制作担当者である企画本部の長坂俊一さんは、

「あえて端(本を開く側の断ち口)の余白を詰め、のど(本の綴じてある側)の余白を広くデザインしました。また1行の文字数、文字間隔、罫線の太さなども可読性(読みやすさ)を第一に、全ページでほぼ統一しています」

と、説明する。

事務処理用帳票はどこになにが書いてあるのか一目でわからなければならない。同社はそのレイアウト、デザインを長く研究・開発してきた。その技術が生かされている。

社史編纂を担当した牟田さん(左)と長坂さん(撮影: 岡本裕志)

社史の制作は2012年にスタート。牟田さんが責任者に、長坂さんともう一人が担当者として任命された。

制作過程では、役員をメンバーとする編纂委員会に内容を確認しつつ、総勢100人以上の社員・元社員に協力を仰いだ。登記簿や取締役会の議事録などの公式記録を倉庫から掘り出して丹念に確認していく中で、過去に作った10年史、20年史の年表の間違いが判明し、それを正すこともできた。

営業ツールとしての社史

こだわりぬいて作った社史は、営業の販促ツールとしても使えるという。

顧客を訪ねる際は、どうやって作ったのか記した「社史の仕様書」も持参し、技術などもより細かく説明できるようにした。営業担当者からは「情報を適切に整理し、的確に相手に伝えるとはどういうことか、社史を使えば説明しやすくなった」と、好評だったという。

巻物社史と同時期に作られた2冊組みの社史のうち1冊は、技術開発に焦点を当てて編集されている。複写式の宅配便伝票もトッパン・フォームズが開発した製品の一つだ(撮影: 岡本裕志)

贈答用の紙袋もオリジナルで制作。社史の外箱が取り出しやすいようにデザインされている(撮影: 岡本裕志)

牟田さんは言う。

「会社のあり方を社史という形に残して共有するのは、社員の多様化が進んでいくなかで大きな意義があると考えています。先人の開発秘話や苦労から、自分の所属する企業の基礎を知る。それによって社員共通の精神的基盤をつくることができる。社史制作は、作り手、読み手双方にとって、会社を理解するいい機会になりました」

いま、トッパン・フォームズのように、社史を会社の歴史を残す以外に活用しようとする会社が増えている。

社史の聖地

そうした社史制作担当者が一度は足を運ぶ「社史の聖地」が神奈川県川崎市にある。県立川崎図書館である。

ここには全国の図書館でも珍しい、社史ばかりを集めた「社史室」が置かれている。蔵書はなんと約1万8000冊。さらに毎年400~500冊ずつ増えているという。

この図書館で科学情報課社史室担当司書を務める高田高史さんは、社史の魅力をこう語る。

司書の高田高史さん。手に持っているのは、チキンラーメンの袋を模した「日清食品50年史」(撮影: 岡本裕志)

「社史は基本的に販売物ではないし書店に並べるわけでもないので、制作する社員の自由なアイデアや遊び心をそのまま取り入れることができます。図書館司書としてさまざまな本に触れてきましたが、こんなに個性的なジャンルは他にないと感じます」

近年の社史にはどんな特徴があるのだろう。

「創業者や経営者だけでなく、現在働く社員が登場する社史が増えています。ただ正確に歴史を記せばいいというのではなく、制作する側が『どうしたら読んでもらえるか』を意識しています」

写真やイラストを多用し、ビジュアルを重視したデザインも増えているという。

大阪のワイン輸入商社「モトックス」100年史の「1st Vintage」。現役社員の写真が豊富に使われている(撮影: 岡本裕志)

評価の高い社史の傾向とは

県立川崎図書館では毎年、社史編纂担当者を呼んで講演会を開いたり、前年の社史を一堂に集めた「社史フェア」を開催したりしている。こうしたイベントには毎回、たくさんの参加者が足を運ぶ。高田さん自身、社史編纂担当者の相談に乗ることも多い。社内外で高い評価を受けた社史にはいくつか共通するポイントがあるという。

(1)社員の帰属意識を高める。

(2)顧客に商品も含めて自社のことを知ってもらう。

(3)新入社員に会社の一員であることを自覚させる。

冒頭で紹介したトッパン・フォームズの社史は、(1)と(2)に重点が置かれていた。

近年、社史の外箱に凝る企業も増えている。これはトラックを生産・販売する「日本フルハーフ50周年記念社史」(撮影: 岡本裕志)

トラックの荷台のように、観音開きで開くようになっている(撮影: 岡本裕志)

これらのコンセプトは明らかに、創業者の成功譚を書き連ねるという古いタイプの社史とは違う。いま働いている社員の役に立つよう作られているのが、最近の社史なのだ。

ネット企業が作った社史

株式会社サイバーエージェントの社史は、まさに「現役社員に役立つ」ことを念頭に置いて作られている。

同社は1998年創設のIT企業だ。創立から20年に満たない若い会社が、なぜ「社史」を必要としたのか。

きっかけは2014年に行われた役員合宿だった。そこで議題に持ち上がったのが、社員同士で問題意識を共有できていないという問題だ。2002年に約300人だった社員は、グループ全体で約4000人にまで膨らんでいた。

そこで「企業文化を記録に残して共有化すること」を目標に掲げた。社員数が増えても、文化を共有していれば一つの目標に向かって足並みをそろえて走ることができる。プロジェクトの名前は「ヒストリエ」。古代ギリシャの書記官を主人公にした漫画のタイトルから取っている。

責任者に抜擢されたのが、社長室室長兼人材開発本部長の膽畑(いはた)匡志さんだった。とはいっても、どこから手をつけたらいいのかわからない。渡されたのは「企業文化を残す」というテーマだけだ。

株式会社サイバーエージェント 社長室室長 膽畑匡志さん(撮影: 塩田亮吾)

考えあぐねた膽畑さんは、県立川崎図書館を訪れ、面白い社史に出合った。それは会社の歴史というより、一つのプロジェクトの顛末についてまとめたプロジェクト史であった。

膽畑さんは、

「サイバーエージェントの企業文化は新規事業の成功と失敗、その繰り返しによって成り立っているのではないか。それをまとめて記録してはどうか」

と考えた。

あえて失敗も記録する

事業の失敗も文化として記録していく。それが「ヒストリエ」の具体的な内容になった。

最初のテーマは、2014年に広告代理事業部が採った「顧客を絞る」という営業戦略についてまとめることにした。外部のライターに膽畑さんが同行して関係社員らに取材した。どの社員もみんな「自分の体験が次世代の糧になるなら」と、うまくいかなかったことや悩みも赤裸々に語ってくれた。

その内容をもとに6000字ほどの原稿にまとめ、PDFにして全社員にメールで配信した。初期のころは週に1回、月4本というハイペースで発行。記事が溜まると半年ごとに「ヒストリエ」という名前で書籍化した。現在3巻まで出ている。

書籍化された「ヒストリエ」。シンプルな装丁だが細部にこだわりが隠れている(撮影: 塩田亮吾)

サイバーエージェントは、わざわざ手間とコストをかけて、なぜ「書籍」という物理的な形で残したのか。

「今は、情報が周りにあふれていますよね。サイバーエージェントはネット企業なので、基本的に情報はネットワークに流すフロー型で共有しています。でも、『ヒストリエ』はしっかり読み込んでもらえる書籍として、手元に置けるストック型にしました。社員からも本の形でまとめて読みたいという要望がけっこうあったんですよ」

「ヒストリエ」には膽畑さん自身の反省事例も掲載した。それを読んだ後輩社員が「自分も同じ失敗をしているのかも」と尋ねてきたことがある。書籍化することで、テキストとしての効果がより表れたと膽畑さんは考えている。

現在はヒストリエ編集長を後輩に譲り、膽畑さん自身は「業績アップに寄与する企業文化づくり」に挑戦している(撮影: 塩田亮吾)

県立川崎図書館では、業種ごとに社史を陳列している。この棚は食品関係(撮影: 岡本裕志)

社史でベンチャー精神を取り戻す

県立川崎図書館には「80周年史」「100周年史」という社歴の長い会社の社史も多い。羊羹など和菓子で有名な株式会社虎屋の社史の名前は「虎屋の五世紀」だ。

そのような伝統企業はいま、社史にどう取り組んでいるのだろうか。

京浜急行電鉄株式会社は現在、来年の創立120周年に向けた社史作りを進めている。担当者である総務部の飯島学さんは、社史の目的についてこう言う。

「京急はもともと関東で初めて電車を走らせた会社なんです。また、東京と横浜の間をつなごうと試みたのも京急が最初。かつては京急もベンチャー企業であり、進取の精神に富んでいた。そういう会社であったことを、社史を通じて知ってもらいたいと考えています」

写真や図版を多用して読みやすく作るのが、最近の社史のトレンドだ。上:「明石被服興業80周年誌」下左:「日本フイルコン100周年記念誌」下中央:「ノーリツ号の小史−創業90周年記念」下右:「パインアメ物語(50周年史)」と「永遠のテーマ・安全と安心をめざして」(「パインアメ物語」の5年後に発刊した製品自主回収の顛末をまとめた冊子)(撮影: 岡本裕志)

京急社内で編集作業が始まったのは、2016年の6月。外部のライターも含めた月に1度の編集会議を開いて議論を積み重ねている。

「例えば、表紙に赤い電車を使えば、ひと目で京急の社史だとわかります。一方で京急グループの事業は、不動産事業、レジャー・サービス事業、流通事業など現在は多岐にわたっている。社史が『電車の本』になってしまうと、京急という会社の今を伝えきれないのです」

これまで手掛けてきた事業をベースに、この先の企業のあるべき姿を描く。そのバランスが難しい。編纂作業もいよいよ大詰めだ。

社史を作る会社が増えている

『社史・周年史が会社を変える!』の著者である日経BP社 カスタム事業本部カスタム企画部担当部長の大塚葉さんは、数年前から編集者やコンサルタントの立場で社史制作に携わっている。

「近年は景気がゆるやかに回復しているせいか、社史制作の機運が高まっているように感じます。私たちへの社史制作の依頼も、以前より増えています」

ここでもクライアントの希望はただの「会社の歴史」ではない。

「社員に配って終わりという社史ではもったいないですね。戦略ツールとして、採用や人材育成、ブランディングにも活用できるような社史を作りたいという相談を受けるようになってきました」

消しゴムで有名な企業の社史「株式会社シード100周年史(新たなSeedを求めて 100year 1915-2015 history of the Seed)」は、同社の代表的製品の形をしている(撮影: 岡本裕志)

社史編纂はかつて、社内で閑職のように捉えられた。いまは違う。社史編纂は重要な仕事であり、会社によっては将来の幹部候補生のようなエース級を投入するところもある。なぜなら社史は会社の過去を並べるだけではなく、そこから進むべき未来の進路を探る、クリエイティブな仕事だからだ。

あなたの会社に社史があるならば、一度腰を据えてじっくりと読んでみてはいかがだろうか。


崎谷実穂(さきや・みほ)
北海道札幌市生まれ。お茶の水女子大学卒。ビジネスや教育系の記事・書籍の執筆を中心に活動。著書に『ネットの高校、はじめました。 新設校「N高」の教育革命』(KADOKAWA)、『Twitter カンバセーション・マーケティング』(日本経済新聞出版社)、共著に『混ぜる教育』(日経BP社)、構成協力に『これからの僕らの働き方:次世代のスタンダードを創る10人に聞く』(早川書房)、『ニコニコ哲学』(日経BP社)等。

[写真]
撮影:岡本裕志、塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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