殿村誠士

メディアは主観的であれ——オランダから世界をめざす、ジャーナリズムの新たなかたち

7/6(木) 10:10 配信

オランダに、世界のメディア関係者が注目するネットメディアがある。2013年に創設された「デ・コレスポンデント」だ。広告を一切入れず、読者からの購読料のみで運営。人口1700万の小国オランダで、月額6ユーロ(約770円)の有料購読者数は5万人を超えた。なぜ、彼らはこれほどの支持を集めることができたのか。創設期からのメンバーで、デ・コレスポンデントの記事を初めて書籍化し、20カ国でベストセラーとなっている『隷属なき道』(文藝春秋)の著者、ルトガー・ブレグマン氏に聞いた。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

デ・コレスポンデントは、2013年にスタート。広告を掲載せず、読者からの購読料(月額6ユーロ)のみで運営されるネットメディアだ。記者が特定のテーマを掘り下げる「スロー・ジャーナリズム」を標榜している

研究者からジャーナリズムへ

私はもともと歴史が好きで、大学でも専攻しました。いずれは教授として、人類の歴史をひもときながら次代の重要な問題を研究したいと思っていたのですが、大学では小さいテーマしかやらせてもらえない。50歳くらいまで辛抱して、退屈で保守的な人間になって、それでようやくやりたいこと、面白いことができるようになる——そんなキャリアパスしか見いだせませんでした。そこで次に目を向けたのがジャーナリズムです。現在、そして次代の問題を突き詰める手段として、ジャーナリズムという手法も有効ではないかと考えたのです。大学を去り、オランダの大手新聞社に1年ほど勤務しました。

デ・コレスポンデントでは記事の執筆と編集を担当するブレグマン氏(撮影:殿村誠士)

——その結果は……。

ここでも壁に当たりました。いま現在起きていることしか報道しないんですね。一歩引いた視点で、ズームアウトした大きな観点から物事をみることが必要なはずなのに、それを忘れてしまっていると感じました。こういう「ジャーナリズム」、既存メディアの報道はまがい物だなと。

1つ例を挙げましょう。当時、ベーシック・インカム(全国民が一律の現金を無条件で得られるシステム)をテーマにした記事を書きたいと思い、編集デスクに相談したんです。今後重要なテーマの1つとなるはずだから、絶対に書くべきだと。ところがデスクは、「政治家も一般の人も、誰もベーシック・インカムの話をしていない。興味ないよね」と言う。内容について、まともに取り合おうとはしませんでした。

デ・コレスポンデントのメンバーの多くは、20代から30代前半が占める(提供:Willem Sluyterman)

それこそが問題なのです。報道機関として、もっとこういうテーマを掘り下げるべきだと粘りましたが、最後まで許可がもらえず記事化できませんでした。私がいくら大切なテーマだと考え、訴えても書く機会はない。オランダの新聞社も日本と同じようなシステムで、社歴の長さや年齢によるヒエラルキーがとても強いんです。経験が浅く年齢も若い記者には、書きたいものを書く自由はほとんどありません。

そこで私は、ローンチしたばかりのデ・コレスポンデントに移ることにしました。コレスポンデントでは、入社から数週間、数カ月のうちに書きたいテーマで何本も記事を出しました。ベーシック・インカムや週15時間労働、国境を開くといった、私が「書くべき」だと考えたテーマについてどんどん書けるようになりました。

記者だけ、編集者だけ、という割り振り方はせず、互いに別の記者の記事に対して編集を務めるかたちで、コンテンツのクオリティーを上げていく(提供:Willem Sluyterman)

100万人に届いた「アジェンダ」

——企画採用の基準はどこに?

もちろん、何でも記事にして発表するわけではありません。企画を走らせて記事を公開する段階まで、徹底的に話し合います。書いた記事は同僚がチェックするし、逆に私が同僚の記事をチェックすることもあります。互いに記者であり編集者でもある。メディアとしての一定のクオリティーは、そうやって担保しています。

多くの主要メディアが忘れているのは、「アジェンダ(議題)を設定する」ということだと思います。コレスポンデントでは、我々が「アジェンダを作る」という思いで運営してきています。

私が初めてベーシック・インカムに関する記事を書いたとき、多くのオランダ人はその概念を知りませんでした。でも、それを知らしめることが、社会課題を解決するアジェンダの1つになるという信念がありました。結局、SNSなどを介して100万人の読者がその記事を読んでくれました。人口1700万のオランダで、この数字はかなりのものだと思います。

ジャーナリズムというのは、単にいまのアジェンダを追いかけるだけではなく、新たなアジェンダを設定するという野心を持たなければならない。

後方のイラストは、メンバー一人一人のポートレート。顔写真代わりに、記事にも掲載される(提供:Willem Sluyterman)

デ・コレスポンデントでは「国内ニュース」「国際ニュース」「経済」というような担当制は敷きません。各人がそれぞれテーマを設定し、深掘りしていきます。気候変動を追う人もいれば、職場におけるストレスをテーマにしている人もいます。ニュースジャンルに応じた担当制では、新たなアジェンダは生まれにくいのではないでしょうか。

——広告なしでやっていける?

発足時の購読者(有料会員)は1万5000人でしたが、いまは5万人を超えています。

我々はモノを作るメーカーではありません。ムーブメントを生み出すことが仕事です。そのムーブメントに賛同してくれるメンバーを、定期購読者というかたちで募っています。営利団体ではないので、企業が株主に還元するようなリターンはありませんが、集めたお金はすべてジャーナリズムに還元するようにしています。

毎週定例の社内ミーティング。天気が良ければ外で行うことも(提供:Willem Sluyterman)

「この商品、サービス、素晴らしいでしょう? 買いましょう!」と迫るより、「これが私たちの国を変える新たなやり方なんです。参加しませんか?」というほうがずっと効果的だと思います。

日本進出もあり得る

——オランダ以外で展開する予定は。

デ・コレスポンデントのアプローチは、オランダ以外でも通用すると考えています。手始めに来年、アメリカに進出する予定です。現地で新しいジャーナリストを採用するだけでなく、「国際版コレスポンデント」のようなチームをつくることも検討しています。日本も選択肢にありますよ。進出する際には、日本人のスタッフを採用して展開したいですね。言語は特に障壁になりません。テクノロジーがあるし、必要に応じて通訳や翻訳を介せばいいでしょう。そこは瑣末な話です。

今回出版した本も、最初はオランダ語で書きました。それが評判を呼んで、いまは20カ国向けに翻訳されています。デ・コレスポンデント本体でも、同様のことは可能だと思います。

20カ国で出版されている『隷属なき道』。英題は『UTOPIA FOR REALISTS』(撮影:殿村誠士)

すべては、企画や記事、そしてアジェンダ設定という「アイデア」に尽きるのです。既存のジャーナリズムとは違う考え方、異なるフィロソフィーを持っていることが重要です。いまあるニュースは、我々が書かなくても他の媒体がたくさん書いています。ジャーナリズムを標榜するのなら、世界の中で今後重要になるであろうことを人々に知らしめる役割を担うべきです。

いわゆるジャーナリズムの世界を見渡してみると、うまくいっていないことばかりが報道される印象があります。汚職、暴力、テロ……。そうしたニュースにしか接していないと、世界の状況に対して悲観的な考え方に寄ってしまうのではないか、そんな危機感もあります。

この30年、人類は大きな進歩を遂げています。たとえば乳幼児の死亡率は半減し、飢餓は3分の1以上減りました。でも人々はそれを知りません。ジャーナリズムには、世界でうまくいっていることを知らしめていく役割もあると思います。

編集部では、70〜80名ほどが働いている(提供:Willem Sluyterman)

——既存メディアでは難しい?

本当の変化は、既存のものからは生まれてこないと思います。主流派の外にいる人から生まれてくるものです。コレスポンデント創設者の一人で編集長を務めるロブ・ワインバーグも、オランダの新聞社を放逐された男です。若い人や既存のやり方に染まっていない人たちが、新しい組織や新しい制度を生み出していくのだと思います。実際、コレスポンデントでは既存メディア経験者をほとんど採用していません。これまでのやり方が染みついているだけに、根本的に考え方を変えるのは難しいでしょうから。

ブレグマン氏は、記事を通じて世界を進歩させたい、と訴える(撮影:殿村誠士)

記事には中立性や客観性が大事だと既存メディアは言います。でも、それは言い訳にすぎません。古いジャーナリズムは数字の後ろに隠れてしまいます。中立性、客観性を盾にして隠れてしまう。

我々はむしろ主観的でいこう、と。「私はこう思います」「私の理想はこうですよ」といった具合に、明確化しようと努めています。反対意見も出るでしょうが、少なくとも私の意見やスタンスはここにある、そう明確にするのです。

メディアも傍観者ではいられない

——主観を前面に出す、と。

メディアが傍観者でいられる時代は、もう終わっています。

たとえば気候変動。「そんなことは起きていない」と言う人と、「いやいや大変なことになってますよ」と言う人、両方がいます。実際にリサーチしてみると、やはり気候変動は確実に起きている事象です。議論が分かれているから報道は客観中立で——そんな傍観者スタンスをとる贅沢は許されません。これからのジャーナリズムは、もっと積極的に「関与」していかなければならないのです。

『隷属なき道』には、「福祉はいらない。ベーシック・インカムでお金を直接与えればよい」「週15時間労働で十分だ」「移民問題は国境の開放で解決する」といったブレグマン氏の主張が、歴史的なデータの裏付けと合わせて展開されている(撮影:殿村誠士)

ベーシック・インカムの導入や週15時間労働など、突拍子もなく現実味もない、ユートピア的発想だと言う人もいるでしょう。ですが、何事も最初はクレージーなアイデアからはじまるものです。誰かがクレージーなアイデアを出して、それを他の誰かがちょっと試してみる。その積み重ねの先に、10年、20年を経て国が違うものになるのです。1つの国が、昔と比べて全く違うものになるのは歴史的に何ら珍しいことではありません。社会を構築する、あるいは変化させる決まりきったやり方はありません。もちろん、良い方にも悪い方にも振れる可能性はありますが、国家は不変の存在ではありません。変えることはできますし、それは歴史が証明しています。心配はいりません。

「日本という国も、十分変えられる」と語るブレグマン氏(撮影:殿村誠士)


ルトガー・ブレグマン
1988年生まれ。オランダ出身の歴史家、ジャーナリスト。デ・コレスポンデントでは記事の執筆と編集を担当している。蘭ユトレヒト大学、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で歴史学を専攻。これまでに歴史、哲学、経済に関する4冊の著書を発表。新刊の『隷属なき道』は、デ・コレスポンデントで発表した記事をまとめたもの。

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