タダユキヒロ

「ごみ屋敷」とたたかう人々――解決の糸口はどこにあるのか

6/26(月) 10:25 配信

たまに郷里の実家に帰ったとき、老いた親が家じゅうにモノをため込んでいて愕然としたことはないだろうか。「ごみ屋敷」。面白おかしく取り上げたバラエティー番組を見たこともあるだろう。だが笑いごとではなく、他人事でもない。親がごみ屋敷の住人にならないために、あなた自身がそうならないために、何を知るべきか。ごみ屋敷問題の解決に奔走する人々を追った。
(ライター・島影真奈美/Yahoo!ニュース 特集編集部)

2時間の片付けを20回繰り返す

「この靴下、どうする?」

「そうねえ、まだ使えそうだからとっておこうかしら」

「こっちのスカートは?」

「ウエストが細すぎるかしらねえ」

会話だけ聞けば、仲むつまじい祖母と孫のように思える。だが、ふたりの関係は“片付けられない”家主と、片付け代行を手がける業者のスタッフだ。背後には洋服が詰められた45Lごみ袋や段ボールが、足の踏み場もなく、天井近くまで積まれている。古びたバッグに新品同様のブランド靴、賞味期限切れの調味料、プラスチックのハンガーも山ほどある。

株式会社御用聞きの松岡さん(左)と代表の古市さん(右)(撮影:島影真奈美)

悪臭やゴキブリ問題といった近隣住民の苦情で、片付けを始めたという80代の女性Aさん。銀髪に薄緑色のニットをさらりと着こなす姿からは、部屋の惨状は想像もつかない。

Aさんに応対する松岡健太さん(23)は1回2時間、過去20回以上、この家の片付けを手伝ってきた。「まだ着るかもしれない」と渋る家主の女性にも、松岡さんは「そうですね」と優しく同意。そして「じゃあ、ポリ袋に入れて分類だけしておきましょうか」と提案する。そしてときおり、「これは捨てちゃっても大丈夫かな?」と問いかける。決して無理強いしない。これは、松岡さんが所属する株式会社御用聞きのポリシーでもある。

御用聞きが片付けをするときに用意する「三種の神器」。生ごみが多いのでゴム手袋は必須。床も汚れていたり瀬戸物の破片が落ちていたりするので、お風呂ブーツも要る。粘着ローラーは片付け中に体に付いたペットの動物の毛を取るため(撮影:島影真奈美)

「どんなに大量のごみがあったとしても、最初の30分は決して捨てません。『勝手に捨てたりしないから、ちょっとだけ動かしてもいいですか』『ほら、動かしただけでしょう?』と声をかけながら、モノを動かします」

本人が納得しないごみは処分しない

こう語るのは、株式会社御用聞きの代表取締役である古市盛久さん(38)。同社は6年前から高島平団地(東京都板橋区)を拠点とし、高齢者を対象とする家事代行や片付けサポートを手がける。本人や家族の他、高齢者介護の相談窓口である地域包括支援センターなど公的機関を通じた依頼も多い。というのも、自宅にごみやモノがあふれていると訪問介護や訪問医療といったサービスの利用もままならないからだ。近所や大家から苦情が出て、住み続けられなくなるリスクもはらんでいる。そんな必要に迫られての依頼だが、当の本人はごみの処分に納得していないケースも多々あるという。

「片付けを始める前に、まずはご本人の不安を和らげ、信頼関係をつくる必要があります」(古市さん)

板橋区のとある住宅。家族を亡くし、ひとり住まいの女性の家には遺品のほかモノがあふれかえっていた。2017年撮影(提供: 株式会社御用聞き)

片付けるのは家主さんの心

信頼関係を築くためには、まず相手のことを知らなければならない。場所を決め、ごみを周囲によけながら、床に向かって掘り進める。すると、何かしら繰り返し見つかるものがある。Tシャツ、賞状、競馬新聞など。古市さんはそれを「キーアイテム」と呼ぶ。その人の生活遍歴を示す重要なカギとなるごみだ。キーアイテムをきっかけに話を始め、家主の心をほぐしていく。冒頭の女性の場合は、ベッドや床に大量に積み上げられた洋服だった。

前出の板橋区の住宅。御用聞きの登録スタッフは40名、女性もいる。動くためのスペースを作りながら、生活遍歴を示す「キーアイテム」を探し、会話を重ねる(提供:御用聞き)

「女性はかつてブティックで働いていて、売り上げ成績を何度も表彰されたそうです。大量の洋服はその時代に購入したものでした。他人から見れば無駄な衣類に見えても、彼女にとって洋服はいわば『輝かしい過去』を語る想い出なのです」

通常、同社ではどんなにごみが多い一軒家でも1日から数日で片付け終える。

だが、冒頭のAさんの場合は、一気に片付けるのではなく、1~2週間に1回のペースで2時間ずつ、対話しながら片付けるようにした。現在はAさんが松岡さんを孫のように可愛がり、その訪問を心待ちにするようになったという。

「片付けすぎると、精神のバランスを崩してしまう人もいる。家主さんの様子を見ながら、いったん片付けたものを元に戻すこともあります。僕たちがお手伝いしているのは、ごみの処分ではなく、心の片付けだと思っています」(古市さん)

ごみ屋敷問題を心の問題と捉え直す動きは、すでに行政でも始まっている。

足立区発、全国初の「ごみ屋敷条例」

長くごみが堆積していた部屋は床が腐り、異臭を放つ。2016年5月に撮影(提供:足立区役所)

東京都足立区は2012年4月、専門部署(生活環境調整担当課)を設け、3名の専任職員でごみ屋敷対策に取り組み始めた。2013年1月には全国に先駆けて「足立区生活環境の保全に関する条例(ごみ屋敷条例)」を施行した。2014年4月に組織改編が行われ、「生活環境保全課」が発足。現在は専任職員も5名に増えた。職員たちは適正な管理が行われていない土地や建物の所有者を調査し、必要に応じて指導や勧告を行う。強制的なごみの撤去「代執行」も可能になったが、一度も行っていない。ごみだけ片付けても、再発する可能性が高い、というのがその理由だ。

対策中に火災が起きて家主が亡くなったケースもある。2014年8月に撮影(提供:足立区役所)

では、どうやって彼らはごみ屋敷問題を解決しているのか。

まず近隣住民などから区へ苦情や相談があれば、3日以内に生活環境保全課の職員が現場に向かう。問題が確認できたら本人への口頭指導というステップに進む。だが、すんなり応じてくれるケースは稀だ。生活環境保全課の祖傳(そでん)和美課長は、

「ご本人との信頼関係ができるまでは、なるべく直接ごみの話に触れないようにします」

と語る。

足立区生活環境保全課の祖傳課長。ごみ屋敷問題に長く取り組んでいる(撮影:島影真奈美)

職員は何度も足を運び、「困りごとはないですか?」と尋ねる。会話を拒否されても、無視されても引き下がらない。地域包括支援センターや保健師、民生委員などとも連絡をとりあい、代わる代わる訪問する。並行して、戸籍謄本や住民票などをもとに家族や親族の所在を調べ、課税状況から本人の経済状況を把握する。そして、医療や福祉、介護などさまざまな角度からアプローチし、生活再建を支援する。

解決に20年かけた結論とは

足立区がこのようないささか遠回りにも見える支援をするきっかけは、23年前に取り組んだ、とあるごみ屋敷の経験がある。

1994年のことだ。当時、足立区にあった家の前には、ごみ袋やプラスチック製の買い物カゴ、自転車のタイヤなどが積み上げられ、家の中もごみであふれかえり、すえたにおいが周囲に漂っていた。近隣住民からの「道路のごみが崩れてきそうで、近くを歩くのも怖い。なんとかしてほしい」という苦情で職員が訪れたものの、家主の50代男性からは、

解決まで20年かかったごみ屋敷。近隣住民からクレームが来た(提供:足立区役所)

「うるさい! 近寄るな! あっちへ行け!」

と罵声を浴びせられた。家主の男性がごみ処分に抵抗を示したため、公道のごみだけを区の権限で撤去した。だが、しばらく経つと元に戻る。男性が「生活費の足しにするために」と、空き缶をはじめ、さまざまなガラクタを収集してくるからだ。撤去してはごみの山を築かれ、撤去しては築かれることが、20年間も繰り返された。

ある日突然、解決の糸口が

解決の糸口は、男性がふと漏らした「体調がすぐれないから病院に行きたい」というひとことからもたらされた。職員はさっそく、保健師と医師を訪問させた。医師に勧められ、男性は入院。すると予想外のことが起きた。

「入院前は、暴言を吐く老人だったのです。ところが、入院生活を通じて優しくて面倒見のいい人に変わってしまった。まるで別人のような変貌ぶりに驚かされました。退院後はごみの収集癖もおさまったと伺っています。適切な治療を受け、健康で安全な環境で暮らしてもらえれば、ご本人も周囲も幸せになれる。私たちが粘り強く男性宅を訪れていたことは間違いじゃなかったと、背中を押してもらった出来事でもありました」(祖傳課長)

掃除を終えた後も、においや汚れは残り、そのままでは住めないケースも多い。その先の生活再建も足立区はフォローしていく。2014年に撮影(提供:足立区役所)

この経験は関わった職員たちに大きな教訓を与えた。ごみ屋敷問題の本質は「ごみ」ではない、「人」である、ということだ。

「ご本人は『困っていない』とおっしゃっても、ごみ屋敷になるには必ず理由があります。私たちの仕事は、ご本人と一緒に困りごとを解消し、健康で安全な暮らしを取り戻していただくことです。ごみが片づいても、生活そのものが再建できないうちは『解決』には至っていないと考えています」(祖傳課長)

足立区モデルに全国から視察団

これまで足立区では2013年から累計179件の苦情を受け付け、119件を解決に導いた(2017年3月末時点)。取り組みは「足立区モデル」と呼ばれ、地方自治体や議会、大学関係者など136団体、約300人が視察に訪れている。

では、どのような心理状態が人にごみをためさせるのだろうか。

「私がこれまでやってきた調査をふり返ると、ごみに執着するのは、人間関係がうまくいかなかった人たちに多いように思います。過去に親しい人に裏切られた経験などがあり、他人を信用できず、周囲から孤立している。その寂しさや空虚感を埋めるために、モノをため込む傾向が見られます」

ごみ屋敷問題は「心の問題」と語る東邦大学の岸教授(撮影:長谷川美祈)

こう分析するのは、ごみ屋敷問題に詳しい東邦大学看護学部の岸恵美子教授(公衆衛生看護学)だ。

さらに、岸教授は背景に「セルフ・ネグレクト」が潜む可能性も指摘する。セルフ・ネグレクトとは自分に対する世話を怠り、健康や安全が損なわれていく状態だとされる。

生活ごみを家にため込んでしまった人のケース。ごみを正しく分別できずに怒られ、ため込むようになった人もいる。2014年に撮影(提供:足立区役所)

「配偶者や家族の死、自分自身の病気やリストラなど、セルフ・ネグレクトに陥るきっかけはさまざまです。何かショッキングな出来事があり、『家のことなんてどうでもいい』『生きていても仕方がない』と思ってしまう。年をとり、気力や体力が衰えた高齢者の方はもちろん、若い世代の方にも起こりうることです」(岸教授)

セルフ・ネグレクト高齢者が1万人

内閣府が2011年に実施した調査「セルフ・ネグレクト状態にある高齢者に関する調査」によると、全国でセルフ・ネグレクト状態にあると考えられる高齢者の推計値は9381~1万2190人。だが、「氷山の一角に過ぎません」と、岸教授は指摘する。

「米国の大規模調査では、高齢者のうち約9%にセルフ・ネグレクトが存在し、年収が低い者、認知症身体障害者の中では15%に及ぶと報告されています。仮に日本に当てはめて考えると、65歳以上の人口が3400万余りですから、300万人以上が該当すると考えられます」

「ごみ出しは生活状態を示すサインです。近所でごみを出さなくなった人を見かけたら、『大丈夫ですか』声をかける。あるいは市区町村の高齢福祉課や地域包括支援センターに連絡するといった“おせっかい”が、ごみ屋敷化を防ぐことにつながります」と岸教授は語る(撮影:長谷川美祈)

ごみ屋敷は住人がいなくなると、建物が壊され更地になることが多い。家屋の内部の汚れがひどく、新たに人が住めないからだ。ところがそのごみ屋敷を買って「再生」に成功した人がいる。

ごみ屋敷を買い取る

ボランティア団体「野毛坂グローカル」代表の奥井利幸さんは、昨年10月、床が見えないほどごみが積まれた「ごみ屋敷」を購入した。物件価格は相場の7割と割安だったが、「ごみも一緒に買い取ること」が条件だった。ごみごと買い取らないと、ごみの所有権がもとの持ち主に残り、捨てたくても捨てられなくなるという。

「野毛坂グローカル」代表の奥井さんが購入した物件。ごく普通の一軒家に見えるが、実は中はごみ屋敷と化していた(撮影:長谷川美祈)

ボランティアや業者に依頼して現在はごみの片付けは終了。コミュニティースペースやシェアオフィスなどの構想を実現すべく、リフォームを進めている。具体的な使いみちはこれから考えるが、

「つい先日、近所に住むおばあさんが『私はあそこで手作り味噌教室をやるつもり』と話されていたと聞いて、すごく嬉しかった。そんなふうに、地元の方たちが自由に集まり、思い思いのことができる“場”として育てていきたいですね」

と奥井さんは笑った。

地域のつながりが薄れた象徴ともいえるごみ屋敷が、再び地縁をゆるやかにつないでいく。

ごみ屋敷問題は、人も建物も地域の力で再生できるのだ。

ごみを片付けた部屋に立つ奥井さん。地域のコミュニティースペースとして本格的に始動すべく、リフォームを進めていく(撮影:長谷川美祈)


島影真奈美(しまかげ・まなみ)
1973年、宮城県仙台市生まれ。東北大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士後期課程単位修得退学後、フリーライターとなり、現在に至る。シニアカルチャー、ビジネス、マネーなどの分野を中心に取材・執筆を行う。2016年9月から桜美林大学大学院老年学研究科博士前期課程に在籍。「ホテル業界における高齢者雇用」をテーマに論文執筆を進めている。

[イラスト]
タダユキヒロ
[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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