Jhong,Sheng-Syong

車いすで「Shall We Dance?」――障害者も高齢者も、広がる裾野

2016/12/7(水) 16:25 配信

「車いすダンス」をご存知だろうか? 事故や病気、高齢で車いす生活を余儀なくされている人でも気軽に楽しめる社交ダンスだ。ワルツ、ラテン、タンゴ、さらにはヒップポップまで。動きの激しいダンスに挑む障害者もおり、世界45カ国以上で親しまれている。日本の愛好者は競技ダンスで2000人以上、レクリエーション人口を含めると、数万人規模になるという。「車いす同士」「車いすと健常者」と組み合わせも自在で、障害者と健常者が同じ舞台で活躍できる数少ないスポーツだ。リハビリにも効果があり、最近では医療機関や老人ホームにも広がってきた。そんなダンスの、知られざる魅力に迫る。(Yahoo!ニュース編集部)

オランダで「衝撃」

1991年、オランダ。そこで四本信子さんは衝撃を受けたという。日本を代表する社交ダンスの競技者だった四本さん。英国の競技者から「あなたの性格だったら、車いすダンスを指導してみたら」と勧められてのオランダ行きだった。

「車いすダンスは(健常者の)ダンススポーツと全く変わらない。障害者の方と踊ることは私にとって全く縁のない世界だったんですけど、障害者の方のすばらしい笑顔、感覚、私たちに対する熱意。一緒に踊りたいという熱意。みなさん、本当に目を輝かせていたんです」

日本車いすダンススポーツ連盟理事長の四本信子さん。車いすダンスを日本に紹介し、広めた(撮影:Jhong,Sheng-Syong)

当時の四本さんは現役引退から6年。後進の指導などに当たっていたものの、障害者たちの笑顔は、自身も忘れかけていた「ダンスへの新鮮な熱情」を思い出させてくれたという。

障害者と健常者、同じ舞台で

車いすダンスの発祥は1950年代の英国。戦争で傷ついた人々を中心に、車いす同士のペアで踊る「デュオスタイル」として誕生した。欧州に広まる過程で、障害者と健常者がペアを組んで踊る「コンビスタイル」が登場する。これが車いすダンスを劇的に変えた。

第1回車いすダンス世界選手権は1998年に千葉県で開かれた(写真:毎日新聞社/アフロ)

「コンビ」の考案者はミュンヘン工科大学のゲートルード・クロムフォルツ博士だ。彼女はそれまでの車いすダンスに競技ダンスのスピード感と優美さを取り入れた。オランダを訪問した四本さんは直後にドイツへ渡り、クロムフォルツ博士から直接学んだ。そして帰国後の1992年、日本車いすダンススポーツ連盟(JWDSF)の前身となる組織を設立。日本での本格普及はそこから始まった。

50歳過ぎての車いす生活

四本さんがまいた種は今、あちこちで実を結んでいる。

小谷野重子さん(69)は2歳の時、小児マヒになった。不自由ながらも50代までは歩行可能。それが転倒をきっかけに車いす生活を強いられるようになった。

「(車いす生活になって)ショックと言うか、全然歩けなくなった。生活のリズムが変わっちゃうわけですよ」。体を動かさないといけない、車いすでできるスポーツはないか。そう思っていた最中、四本さんの教室で車いすダンスを目の当たりにした。

デュオスタイルの練習に励む小谷野重子さん。50歳を過ぎて車いすダンスを始めた(撮影:オルタスジャパン)

それから17年間、小谷野さんはダンスに励んできた。練習の成果は実を結び、2014年に韓国・仁川で開かれた「アジアパラ競技大会」では、コンビスタイルで銅メダルを獲得するまでに。「リハビリって、辛いものもあるんです。でも、車いすダンスは音楽に合わせて体を動かすから楽しい。私にとって、楽しいことが続くコツでした。今は病気もせず、健康そのものですよ」 

「おまえ、変わったな」と友人

国際大会に出場するまでに腕を上げたのは、同じ教室に通う萬木信也さん(39)も同じだ。ダンスとの出合いは2013年夏。猛練習を重ね、早くも翌年の仁川での「アジアパラ競技大会」に出場し、今年11月に台湾で開かれたアジア大会でも踊った。

筋ジストロフィー症と闘いながら台湾での大会に出場した萬木信也さん(右)。脊椎損傷の大塚賀代子さんとペアを組んだ(撮影:Jhong,Sheng-Syong)

萬木さんは27歳の時、筋ジストロフィーを発症した。筋肉が少しずつやせ衰えていく難病で、やがて歩行も困難になる。その後、車いすのテニスやバスケに挑戦したものの、筋肉を酷使したことで逆に筋肉が衰えてしまったという。その点、車いすダンスは体に無理がなく、何より楽しかった。

「性格にも変化が起きたんです。もともと内向的で、昔はみんなの集まりに行っても後ろのほうにいる感じだった。でも、踊っていると嫌なことも忘れちゃう。そのうち、人前で自分の気持ちを素直に表せるようになり、今では友人からも『変わったね』と言われるんです」

高齢者施設も続々導入

車いすダンスの裾野は、競技とは別のところにある。それは「リハビリ」。心と身体の健康に効果があるとして、高齢者施設などを軸に底辺が急拡大しているのだ。

東京中野区の老人ホーム「しまナーシングホーム」は1年ほど前から毎月1回、レクリエーションの一環として車いすダンスを催している。手掛けるのは「車椅子レクダンス普及会」のボランティアたち。今では入所者のほぼ全員、30人以上が参加する。開催日のホールは大にぎわいだ。

しまナーシシングホームでの車いすダンス。いつもは広いホールが大にぎわいになる(撮影:オルタスジャパン)

ホーム長の尾崎京子さんは語る。

「手が少ししか上がらない人が、ダンスのときに、自然にぐっと上がったりとか、普段は全然しゃべらない方が曲に合わせて歌ったりとか。それに、皆さんの表情が豊かになりました。いつも無表情な人が笑ったり涙ぐんだり。本当によかった」

施設の職員「自分も楽しみ」

介護主任の杉本道哉さんは、高齢者に心の変化が出てきた、と感じている。

「車いすダンスは音楽療法と運動療法の両方を兼ねていますが、何よりも皆さんに意欲が出た。次の開催までに一生懸命リハビリを受け、より楽しくやりたい、と。いつかは立って踊れるようになりたい、と」

車いすダンスを採り入れ、何よりもお年寄りの笑顔が増えたという(撮影:オルタスジャパン)

ホーム側にも変化が生じ、開催日を待ち望む職員も増えてきた、と杉本さんは言う。「次の開催日は僕、出勤します、とか」。職員の多くはインストラクターの資格を取りたいと考えており、ホーム側も開催を月2回に増やすことを目指している。

障害者「みんな一緒で楽しい」

重度障害者の生活支援施設でも、車いすダンスをリハビリに活用している。東京都台東区のNPO法人「りんご村」はその先駆けで、17年前から月2回の開催を続けている。

42歳の今村たかしさん(仮名)は「何より皆で一緒に踊れるのが楽しい」と言う。ボランティアのインストラクター、大田智子さん(仮名)も「みなさん、こう(車いすの上では上体が)屈んでいたのに、だんだん上を向くようになって。姿勢が良くなりましたよね」と語る。

重度障害者の支援施設でも車いすダンスを活用し、リハビリを行っている(撮影:オルタスジャパン)

車いすダンスにはどんな効用があるのだろうか。千葉県の東松戸病院リハビリテーション科の医師、谷津隆男さんはこう話す。

「人間を含め動物は体を動かしながら体調を整え、鍛えられていくようにできています。それをしないと、ズルズルと衰えて(気力も)落ち込む。活動力も低下し、生きがいもなくなっていきます。(車いすダンスで)体を動かすと活動範囲が広がり、社会に向けて活躍ができ、意欲も高まります」

名古屋短期大学の寺田恭子教授(アダプテッド・スポーツ科学)も、こう指摘する。

「車いすダンスは、リズムや音楽が感情の動きを高めます。上半身をフルに使うダンス特有のボディアクションが内臓を動かすので、それが残存(麻痺のない部分)の機能を高めたり、時には麻痺の部分の改善も見られたりします」

15歳で半身不随、「毎日が真っ暗」

最後に、広島県呉市に住む阿田光照さん(39)、陽子さん(33)の夫妻を紹介したい。タクシー会社で配車の仕事に就く光照さんは、子どもの頃から運動に秀でており、プロのサッカー選手を夢見るほどだった。

「母に当たってばかりいた」と話す阿田光照さん(撮影:宗石佳子)

ところが、中学生の時、トランポリンから落下して首の骨を折り、下半身麻痺の障害を負った。当時15歳の少年は自暴自棄になった。

「毎日が真っ暗で、何を考えていいのか分からなかったですね。『もう死にたい』と思って。でも、自分で死ぬことすらできなかった。母親に当たりました。狂ったように…」 

陽子さんとは文通で知り合ったという。彼女もパニック障害という心の病で苦しんでいた。そんな2人は車いすダンスを知り、のめり込んでいく。やがて、心と体が変化してきた、と光照さんは振り返る。

練習に励む阿田光照さん、陽子さん夫妻(撮影:宗石佳子)

「音楽に合わせて動くことによって、すごくリハビリ効果にもなって。明るく楽しく、性格もちょっとずつ前向きになった。2人で大会やイベントに出よう、と。その目標に向かって進んでいく。すごくプラスになりました」

日本を代表する競技者に

阿田さんペアは2014年、韓国・仁川の「アジアパラ競技大会」で4位入賞を果たし、翌15年の「車いすダンス世界選手権大会」では9位に入った。今や、日本を代表する競技者だ。

阿田さん夫妻は車いすダンスで自らの人生を変えた(撮影:宗石佳子)

「僕たち、大した踊りはできていないんですけど、障害を持たれた方とか、人生真っ暗で死にたいとか、何をやっていいか分からないとか、そういう方もたくさんいると思うんです。そういう方に僕たちの姿を見てもらって、『車いすダンスというものがあるんだな、こういう人がやっているんだな』と知ってもらえたら、と。ちょっとでも、そういう方の励みになればうれしいですね」

今年11月、台湾で開かれた大会で踊る阿田さん夫妻(撮影:オルタスジャパン)

今年11月の台湾の大会で2人はコンビスタイルに出場し、惜しくも入賞を逃した。

光照さんはソロ部門にも出場した。1人で華麗に車いすを操る光照さんに向かい、妻の陽子さんが懸命に声援を送る。どんな表情で、どんな声援を送ったのだろう。それに応えた光照さんは―。大会の様子、そして車いすダンスに賭ける多くの人たちの夢と希望を動画で見てほしい。

[制作協力]
オルタスジャパン
[写 真]
撮影:Jhong,Sheng-Syong
宗石佳子
[写真監修]
リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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