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殿村誠士

もし10年前にコロナ禍が起きていたら−−「Zoomになれなかった」スカイプ

2021/02/08(月) 17:14 配信

オリジナル

コロナ禍で一気に導入が進んだテレワーク。それとともにテレワーク・アプリとして世を席巻したのがZoomだ。リンク一つで立ち上げられ、PCでもスマホでも途切れることなく対話できる使い勝手のよさで支持を集める。だが、この分野はZoomがパイオニアというわけではない。

ちょうど10年前、この分野を席巻していたのは全く別のサービス、スカイプだった。2010年12月時点でユーザー数は6億6300万人に達し、音声・動画通話の累計時間は年2070億分という天文学的な数字を記録。米調査会社テレジオグラフィーのリポートによると、2012年の国際電話トラフィックの3分の1強がスカイプによるものだったという。

世界で一世を風靡したスカイプはなぜ失速したのか? Zoomと明暗をわけたポイントはどこだったのか。関係者を取材した。(取材・文:高口康太/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(写真:ロイター/アフロ)

「スカイプ」は、2005年から2010年代初頭にかけてネットユーザーの熱烈な支持を受けた音声・動画チャットツール。筆者もヘビーユーザーだった。1997年と2005年の2回、中国に留学しているが、その体験は1回目と2回目で劇的に変化した。大きかったのはインターネットとスカイプの存在だ。

1997年時点の中国でインターネットはほとんど普及しておらず、大学のコンピューター室でウェブサイトやメールを見るのがせいぜい。日本語に飢えた時は他の留学生が日本から持ってきた本や雑誌を読んで気をまぎらわせた。ホームシックに襲われた時は、なけなしの生活費から国際電話カードを購入して日本に電話したが、一番高額だった100元(当時のレートで1500円相当)のカードですら、ものの10分もたたずに切れてしまう。あまりの短さに電話をかける前よりもせつなくなったことは忘れられない。

それが2005年から3年間の留学では世界はまったく違っていた。ブロードバンドが普及し、いつでもインターネットが使える。そしてスカイプ。無料で音声通話ができるうえ、顔が見たければビデオチャットもできる。夜中にビールを飲みながら、日本の友人とだらだらおしゃべりするといったオンライン飲み会までできるので、寂しく思うことはほとんどなかった。留学中に翻訳のアルバイトをはじめたが、日本や香港のクライアントとも国際電話料金を気にすることなくスカイプで会議ができたので、特に困らなかった。

15年前にフル・リモートワークを体験済みで、今回のコロナ禍にもさほど動揺はなかったが、一つ気になったことがある。それがZoomの存在だ。今やビデオ会議の代名詞的存在となったが、15年前のスカイプでもほぼ同じことができたではないか。コロナ禍において、なぜスカイプでなくZoomがヒットしたのか。

2011年までスカイプジャパン社長を務め、飛躍的な成長を体験した岩田真一さんに話を聞いた。

岩田真一さん

――コロナ禍でリモートワークやオンライン飲み会がトレンドになりましたが、スカイプでも同様の盛り上がりがあったとか。

まず自分たちがスカイプを使いこなさなくてはとの思いから、スカイプジャパンでは週2日をフルリモートにしていました。勤務時間中はずっと音声をつなぎっぱなしにして、オフィスと同じような環境を作っていました。「この件はどうなってましたっけ?」と気軽に声をかけるなど、ちょっとした会話が大事ですから。

2005年のスカイプでも社内の仕事で困ったことはないです。結局のところ、問題は社外の人との会議や商談ですよね。技術の問題というより、コロナでみんなが一斉にリモートワークをはじめるような状況がなければ、この問題は解決しない。スカイプを一部の企業や官公庁がリモートワーク用に導入する動きもありましたが、組織の外とのコミュニケーションという壁を壊すには到りませんでした。

スカイプでも、遠隔の語学教室などがありましたね。飲み会需要もあったようです。2010年頃、ある雑誌社から「スカイプ飲み会について取材させてほしい」という連絡がありました。私はまったく知らなかったので、逆に「スカイプ飲み会ってなんですか?」と聞き返したら、「なんで知らないんですか? 本当にスカイプの人ですか?」と怒られたり(笑)。

――当時、同様の機能を持ったサービスがほかにもあるなかで、なぜスカイプはあれほど普及したのでしょうか。

第一に音質が圧倒的によかった。アナログの音声データをデジタルデータに変換するコーデックと呼ばれるソフトウェアが非常によくできていた。それに音声帯域が電話よりも広いのです。無料のサービスなのに、有料の電話よりも音質がいいなんて、当時は想像できなかったのではないでしょうか。

第二に導入が簡単だったこと。今ではパソコンにソフトウェアをインストールしたらすぐに音声通話できて当たり前ですが、当時はルーターの設定を変える必要がありました。エンジニアならばともかく、一般のユーザーにはハードルが高いですよね。スカイプはルーターの設定を変えなくてもつながります。今までは面倒な設定が必要だったのが、テクノロジーで自動的に解決してくれるという点が長所でした。

そうすると、面白いもので使い始めたユーザーがどんどん周囲に宣伝してくれるんです。なんだかうさんくさくて面倒そうだと思っていたソフトウェアが、実際に使ってみると簡単で音声品質も高い。そうすると、周りに自慢したくなるわけです。「スカイプはいいから使ってみなよ」と周りに「布教」する。勧められた人は半信半疑ながらも試してみると、面倒な設定ぬきで使えてしまい信者になる。この繰り返しで雪だるま式にユーザーが増えていったのです。

スカイプは利用者数を一気に拡大していった。ユーザー数は2007年末時点で2億1700万人。それが3年後の2010年末には6億6300万人と3倍にまで伸びている。岩田さんによると、2011年にマイクロソフトに買収された後、マイクロソフト・オフィスに統合されたため、さらにユーザー数を伸ばしたという。

マイクロソフトによる買収(写真:ロイター/アフロ)

だが、コロナ禍で選択されたのはスカイプではなかった。Zoomの利用回数は2019年末には1日1000万人だったが、2020年4月には3億人にまで急拡大している。全世界的に一気に利用者を拡大したが、日本でも同様の傾向が見られ、MM総研による「SaaS・コラボレーションツール利用動向調査」では、Zoomが35%とスカイプの倍近いシェアで、ウェブ会議システムの利用率1位の座についた。

インターネット接続があれば無料で通話でき、しかも高い音質と導入のしやすさを兼ね備えている。つまり、コロナ禍でビデオ会議に求められている機能はほぼスカイプも備えていたが、スカイプは日本社会には定着しなかった。そして、いざ必要となった時には新たなサービスであるZoomがスタンダードとして選ばれた。その理由はどこにあるのか? 長年、IT分野の取材を続ける西田宗千佳さんにも聞いた。

――なぜ使い慣れたツールではなく、Zoomがここまで伸びたのでしょうか?

新しいというのは重要なポイントです。新たにリモートワーク、オンライン教育をはじめようという時に、新しいツールで解決しようと考えるのは日本に限らず、よくある話です。もちろん工夫すれば、スカイプでもLINEでもリモートワークはできたでしょうし、リテラシーが高い人はそうしたでしょう。ですが、大多数の人にとっては新たな生活スタイルをはじめるために新しいツールを使うほうが自然なんですね。新しいツールを探した時、多くのメディアで取り上げられているZoomを使ってみようか、そうした発想で爆発的に普及しました。

――複数の選択肢があるなかで、Zoomが抜きんでた理由はどこにあったのでしょうか?

Zoomのポイントは、知らない人とも簡単にビデオ会議ができる点にあります。同じ会社の同僚となら、スカイプなど他のサービスでも簡単です。ただ、社外の人とのやりとりにはまずアカウントを交換する、あるいはサービスに登録してもらうところからはじめなければなりませんでした。Zoomは相手に会議のアドレスを送ればすぐに参加してもらうことができます。商談や会見だと同じ相手と一度しかビデオ会議をしないという状況はよくあります。そうした際にいちいちアカウントを交換するのは手間ですが、Zoomはこの部分を簡略化したことが革命的でした。

Zoomがテレワークの代名詞的存在になった(写真:ロイター/アフロ)

従来のビデオ会議サービスは画質や音質をどれだけあげるか、参加人数をどれだけ増やすか、どれだけ安全に通信できるかという点を競っていました。ところがZoomはまったく別のアプローチで、簡単に参加できることにフォーカスしています。そのため、当初は知らない人が乱入できてしまったり、通信の暗号化に不備があったりという問題もありましたが。

つまり、イノベーションの方向性がまったく異なっていたわけです。みんなが使えるようになるためには何が大事だったのか。それは音質や画質ではなかった。参加のしやすさが重要だったわけです。また、部屋を見せたくないというニーズに応えるバーチャル背景などの機能もポイントですが、このニーズにもZoomはいち早く対応していました。

――各社がしのぎを削っていた性能ではなく、まったく想像もしていなかったところにニーズがあったわけですね。

そうです。画質や音質を高めるのではなく、もっと別の形で快適さ、便利さを求めるという傾向は今後も続くのではないでしょうか。たとえばビデオ会議中にキーボードの打鍵音や近所の工事現場の雑音が入ってくるのはかなり不快感がありますが、AI(人工知能)によってそうしたノイズを消すような機能は今後増えていくでしょう。新しいスマートフォンやパソコンにはAIを動かすチップが搭載されるようになってきたのも追い風です。

「もしも10年前にコロナ禍があったなら、天下を取っていたのはスカイプだったのでは」

無意味な仮定だとしても、古参のスカイプユーザーとしてはついつい考えてしまう。かつて日本のスカイプブームを築いた岩田さんも「そうかもしれませんね」と笑う。だが、「むしろ先を見るべきだ」とも話す。

「日本にはエンジニアの起業家がいないんですよね。グーグルやフェイスブックなど21世紀になって急成長した大企業は、ほとんどがエンジニア起業家の会社です。振り返ってみると、日本もホンダやソニー、日立製作所などグローバル企業の創業者はエンジニア出身だったのに、今ではエンジニアは雇われる人という立場になっている。日本にも優秀なエンジニアはいるんですが、経営のノウハウがないから起業しづらいし、会社経営に失敗することも多い。私が今、エンジニア起業家を支援する投資ファンドを運営しているのも、エンジニアによる起業が盛んになれば日本からもまたグローバルなサービスが出てくると信じているからです」

コロナという突風を背景に飛躍したのは米国のZoomだった。もし、次に大風が吹く時には日本から成功者を生み出したい。そのために岩田さんは今、自分の経験を若者たちに伝えている。


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