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予測を超える豪雨――東京は大規模河川の決壊で「最大10メートル浸水」も

2020/08/04(火) 17:15 配信

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九州を襲った「令和2年7月豪雨」の発災から、ちょうど1カ月になる。日本各地で頻発する豪雨は、以前と比べて大きく質が変わっている。短時間の集中豪雨から、何日にもわたる豪雨に。範囲も拡大している。同じ豪雨が東京に降り注いだとき、どんなことが起きるのか。防災研究の第一人者である片田敏孝・東京大学大学院特任教授と、都市浸水予測システムを開発する関根正人・早稲田大学教授に聞いた。(取材・文:川口 穣/Yahoo!ニュース 特集編集部)

7月3日から九州地方を襲った「令和2年7月豪雨」は、熊本県で67人の死者・行方不明者を出すなど甚大な被害をもたらした(8月4日現在)。7月3日夕方、気象庁は県内の雨量を「4日18時までの24時間で、多いところで200ミリ」という予測を発表したが、当たらなかった。

記録的な大雨で球磨川が氾濫し、水没した熊本県人吉市街地。2020年7月4日(写真:毎日新聞社/アフロ)

実際には、熊本県湯前町で500ミリに迫るなど、倍以上の雨が降っている。その他の地域でも、予想雨量を上回った地点は多い。熊本地方気象台は、5日の会見で「特別警報が出るほどの雨は十分に予測できなかった」とコメントしている。長年、防災研究を行ってきた片田敏孝特任教授は、「昨今の豪雨災害は、気象庁の予報技術を超えている」と言うのだった。

片田敏孝・東京大学大学院特任教授。取材はオンラインで行った(撮影:編集部)

――なぜこのような事態になったのでしょうか?

大前提として、日本の気象予報技術は世界屈指です。観測衛星の性能は最先端ですし、気象庁の職員も真摯な研鑽を積んでいます。一部で彼らを責める声はありましたが、私はそう考えていません。今回の豪雨は、彼らをもってしても予測できない雨だった、ということなんです。ここに本質があります。

地球温暖化の影響で東南アジアから日本近海にかけての海水温が高く、空気中の水蒸気量が多くなっています。つまり、大量の雨が降りやすい環境です。加えて、夏と春の空気が拮抗したなかに梅雨前線が挟まれて動かなくなり、南の湿った空気が運び続けられて線状降水帯が形成されました。近年各地に見られる線状降水帯の予測は気象庁にも困難で、雨の降り方がこれまでとは全く違っています。

熊本県・球磨川支流の氾濫で14人が亡くなった特別養護老人ホーム「千寿園」。2020年7月6日撮影(写真:毎日新聞社/アフロ)

予測を超えた雨、東京に降ってもおかしくない

――今回は熊本を中心とする九州地方でした。予測を超えた豪雨は東京にも降るのでしょうか。

いつ降ってもおかしくありません。予測ができないのですから、防災の基本的な仕組みが立ち行かなくなる事態が進行しています。

戦後の日本は、災害に対して脆弱な国でした。1959年の伊勢湾台風では5000人もの犠牲者が出ました。自然災害で亡くなる人が年間1000人を超えるのが常だったんです。そういった現状に対し、100年に1度の雨を「災害」にしないことを目的に防災対策が進みました。東京も同じです。堤防やダムが整備され、荒川や隅田川、多摩川、その他都内に流れる無数の河川で治水対策が進んできました。その結果、昭和40年代ころからは、年によっては年間100人を切るくらいまで災害死者が減ったんです。対策は成功したんです。

赤い線は大規模河川。昨年、多摩川は氾濫をしている。緑は神田川など都市型河川。市街地のすぐそばを流れている(図表:EJIMA DESIGN)

しかし、この「100年に1度」は過去の統計データから導き出されたものです。予測を超えた豪雨が頻発する現在とは異なる――気候が穏やかだった時代の「100年に1度」です。そういったものの上に成り立った治水インフラ、気象予測は限界と言わざるを得ません。

昨年の台風19号では、多摩川沿いの一部地域で被害があったが、水害リスクが高いとされてきた東東京の荒川や江戸川での氾濫は起こらなかった。荒川は「200年に1度」の豪雨を想定して堤防を整備してきた。これ以外の中小河川でも、地下調節池や地下放水路など新たな施設の建設が進んだ。「地下神殿」と呼ばれる巨大な貯水空間だ。これらの治水対策を幾重にも施してきた東京。そのことから、「東京の治水技術は高い」という声は根強い。河川工学を専門とする関根正人教授はどう見るか。

関根正人・早稲田大学教授(撮影:編集部)

確かに、東京の治水機能は優れています。ただしそれは、あくまで一定の雨量の範囲内です。それを超えると対処できません。東京の治水機能が想定しているのは「1時間に50ミリ」程度の雨です。長期的には「75ミリ」まで防げるよう目標を引き上げていますが、近年の災害では、それをはるかに超える雨が降っています。

首都圏外郭放水路。世界最大級の地下河川。「地下神殿」とも呼ばれる(写真:国土交通省関東地方整備局/ロイター/アフロ)

――直近の熊本など、1時間あたり100ミリを超える雨が頻発しています。新たな基準でも足りませんね。東京で起きる水害とは具体的にどういうものが想定されますか?

被害の規模に応じて「3段階」あります。1段階目は、排水が追いつかずに起こる道路などの冠水です。いま、我々の研究グループでは、東京23区内の河川や起伏などの地形、道路、約60万本に及ぶ下水道を3Dデータ化して、リアルタイムで浸水被害を予測できるシステムを開発しています。これを使って、1時間に50ミリの雨が2時間半降り続いた想定のシミュレーションを行いました。2005年に5000棟を超える建物で浸水被害を出した「杉並豪雨」を念頭に置いたものです。すると、四ツ谷駅や渋谷駅の周辺など都内11カ所で、1メートルを超える浸水被害が起こることがわかりました。

――道路が冠水する風景は、何度も見られるようになってきました。

東京は起伏の多い街です。低くなっている部分には水が溜まりやすい。渋谷や四ツ谷などは地名が表している通り、谷間にある街で、水が流れ込んできます。ゆっくり水かさが上がるので避難する時間的猶予はあるものの、水深1メートルは人が簡単に流されてしまいます。水が地下鉄や地下街に流れ込めば、より大きな被害が出る恐れもあります。

1999年8月の大雨で浸水した渋谷の地下街。渋谷の地下化はさらに進んでいる(写真:毎日新聞社/アフロ)

2段階目は、さらに多くの雨が降り注ぐことで起こる洪水です。「令和2年7月豪雨」のような大雨が降れば、雨水が下水施設を通って神田川などの都市河川に流れ込み、その川が氾濫します。川の水が市街地にあふれ出し、川沿いでは2メートル程度、浸水する恐れがあります。最も危険なのは3段階目。荒川などの大規模河川の氾濫です。

昨年の台風19号で、荒川は「ギリギリ」だった

――荒川は去年の台風19号でも持ちこたえました。治水を評価する声もありますが。

実はギリギリだったんです。上流部の埼玉県に彩湖を中心とした調節池があり、豪雨の際は水を溜められるようになっています。台風19号の際は、貯水量3900万トンの約90%にあたる3500万トンをここに溜めました。過去にない量です。この調節池があったにもかかわらず、氾濫危険水位の7.7メートルに迫る7.17メートルにまで水かさが上がりました。

――薄氷を踏むような状況だったんですね。

はい。ところが、都内に降った雨量だけを見ればさほどでもありません。実際に被害の出た多摩川沿いでも同じで、東京や神奈川ではそれほど猛烈な雨になりませんでした。それでもこれだけ水位が上がったのは、源流部で大量の雨が降ったからです。大河川の怖いところは、距離が長いために上流で降った雨が下流部に流れ込んで、水かさが増大する点にあります。

あの時、東京でもっと強い雨が降っていたら――荒川は「3段階目」。アウトだったかもしれないんです。可能性は十分にあったと思います。

台風19号で増水した荒川を眺める人たち。北区の旧岩淵水門付近にて。2019年10月13日撮影(写真:アフロ)

上流に降った豪雨が下流部で氾濫を引き起こす――。「流域型洪水」と呼ばれる災害の危険性には、前出の片田特任教授も危機感を募らせていた。

――荒川で「流域型洪水」が起きると、どんな被害が想定されますか?

これらの河川では、堤防のすぐ横に市街地が広がっています。市街地と大河川は「薄皮1枚」の堤防で隔てられている状態でしかありません。

荒川の下流部に位置する江東5区(江東区、江戸川区、葛飾区、足立区、墨田区)には、東京湾の平均潮位よりも低い、海抜ゼロメートル地帯が広がっています。5区の合計人口は250万人。堤防は「線」の構造物なので、1カ所が決壊するとそこから莫大な量の水が流れ込みます。もし、荒川の堤防が切れたら、最大で10メートル、1~2週間以上にわたって、一帯の浸水が続く恐れがあります。避難が遅れたら、数十万の単位で死者が出るかもしれない。過密な人口がリスクなんです。「国難」級の大災害ですが、これは起こり得ます。

多摩川。台風19号が降らせた豪雨の翌日。2019年10月13日(写真:ロイター/アフロ)

――そうなる前に、住民はどうすべきでしょうか?

自治体で公開している「水害ハザードマップ」は、いまいる場所がどの程度浸水するかの目安になります。降雨のフェーズが変わったいま、これらを参考に、住民一人ひとりがどんな行動をとるかが重要だと考えています。

行政任せから脱却し、自己防衛を

――住民まかせ、ともとれますが。

これまでの防災は、行政が堤防やダムなどを整備し、ハザードマップなどで危険を知らせ、避難指示を出すというものでした。災害が起きると、毎回反省して新たな対策を考えてきました。その典型が警報などの災害情報で、毎年のように定義が変わったり、新たな言葉が生まれたりしています。私はいま、行政に頼り切った対処法から脱却するべきではないかと考えています。

荒川の隣を流れる隅田川沿いにも住宅が密集している(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

――2018年西日本豪雨のあと、片田先生も委員として関わった内閣府の報告書にはこう書かれています。

・行政が一人ひとりの状況に応じた避難情報を出すことは不可能です。自然の脅威が間近に迫っているとき、行政が一人ひとりを助けに行くことはできません。
・行政は万能ではありません。皆さんの命を行政に委ねないでください。
・避難するかしないか、最後は「あなた」の判断です。皆さんの命は皆さん自身で守ってください(中略)行政も、全力で、皆さんや地域をサポートします。

「平成30年7月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)」より

行政主導の防災対策は自然災害で亡くなる人を劇的に減らした一方で、住民ひとりひとりが災害と向き合って命を守るという、主体性を失わせました。例えば東京では、どこに河川が流れているのか知らずに暮らしている人も多いと思います。ハザードマップを見たことのない方もいるのではないでしょうか。

もちろん、今後も治水対策の整備、更新は必要です。ただし、豪雨災害に対するハードが限界に達したいま、住民も行政と一体となって災害と向き合っていかないと、生命を守ることはできません。

江東5区に住む250万人が全員避難するには3日間かかります。氾濫が起きてからでは、すでに避難ラッシュが始まっていて、間に合いません。レベル5の「特別警報」が出ていなくても、あるいは台風が直撃するかはっきりしない状態でも、リスクの高い場所に住んでおられる方は、逃げておくべきでしょう。

今後、災害リスクが高い場所では不動産価格が下がることもあるかもしれません。危険を自覚して、そのうえでそこに住む選択肢はあっていいと思います。それでも、自然が荒ぶる今の時代に、災害から命を守ることを行政にまかせっきりにしていてはいけません。

過密都市の東京で「警戒レベル5」が出てからの避難では間に合わない可能性がある。浸水リスクの高い場所に住む人は、警戒レベル5が出る前段階での避難を心がけてほしい(国土交通省気象庁「指定河川洪水予報」を元に作成/図表:Yahoo! JAPAN)


川口 穣(かわぐち・みのり)
1987年、北海道生まれ。山岳雑誌編集者を経て週刊誌記者に。災害・復興、山岳・アウトドアを中心に取材、執筆する。