「部活がブラックすぎて倒れそう... 教師に部活の顧問をする・しないの選択権を下さい!」。こんな教師たちの「叫び」への賛同を募る署名運動が昨年暮れからインターネットで展開され、3カ月足らずで2万人以上の署名を集めた。署名は3月初旬、文部科学大臣に提出され、文科省も対策に動き始めた。「ブラック部活顧問」とは何だろう。ネット発の異議申し立ての実相を探るため、各地で教員らの声を聞いた。
(Yahoo!ニュース編集部)
インターネットの署名サイト「change.org」上に、「教師に部活の顧問をする・しないの選択権を下さい!」と題した署名運動のページが登場したのは、昨年のクリスマス直前、12月23日だった。立ち上げに関わった教員グループの名は「部活問題対策プロジェクト」という。
その1人は、九州に住む30代の中学校教員だ。ネット上では「真由子」と名乗っている。
土日も試合で休めない
真由子さんは、3年前から部活問題に関するブログを書いていた。この問題が広がる端緒になったと言っていい。当時、教員になって5年目だった。
「部活の顧問に就いてから、疑問や理不尽が多々あったけど、ネット上にはその情報がなかった。それなら自分が発信していこう、と」。これまでのブログの訪問者数は約100万に上る。多いときは1日で28万もアクセスがあったという。
ブログを始めた当初は反対意見が多かった。「部活はやって当たり前、教員の仕事の一部だと。昔の先生はやっていた、お前は怠けているとか。もう教師なんか辞めてしまえ、という意見まであった。反対意見が8割くらいでした」
風向きが変わってきたのは、ここ1年ほどだという。新聞がこの問題を取り上げるなどしたことから、「強制的に部活の顧問をやらせるのは確かに問題だ」といった意見が増えてきた。さらに、真由子さんは「ブラックバイトとか、ブラック企業に対して、本当はちょっとおかしいんじゃないかという考えが広まってきたのも一因ではないか」と語る。
なぜ、部活の顧問は問題なのか。運動部の顧問になった真由子さんは、第一に「時間」の負担を挙げる。平日は朝の練習で30分以上、放課後の練習は最大で1日2時間半ほど。土曜と日曜は試合があり、朝7時の集合から解散の午後5時ごろまで約10時間に及ぶ。
そんな長時間の負担にもかかわらず、真由子さんの中学校では、原則として、すべての教員がどれかの顧問になるという。「全員顧問制」と呼ばれる暗黙のルールだ。
「全員顧問制」こそが問題
新年度の最初、どの部の顧問をやるか、学校側に問われる。
「(顧問の希望を聞かれる学校側のアンケートでは)第1希望から第3希望まで書きますが、『やるか、やらない』の選択肢はないわけです。拒否はできない。原則全員で、と言われます。(校長の)命令というより現場の慣習ですね」
実は、「全員顧問制」を支える法令や条例は一切ないのだという。それにもかかわらず、拒否できないという現実が教員を苦しめている。「もし一部の教員だけ部活の顧問をしないとなると、その人だけズルイということになります」
真由子さんの独白は続く。
「平日は、朝も放課後も全くの無給です。(合計拘束時間が)3時間だとしても0円ですね。影響は精神面に出ます。午後5時に勤務が終わって自分の時間が来て、そこで授業研究をしたいと思っても、部活に拘束されてしまう。本来の職務である授業に時間が取れない。土日も自分の時間が持てなくて、いつも働いている状況なので、気持ちのリセットができない。精神的に圧迫され、そのストレスが生徒に跳ね返って悪循環を生むのではないか」
部活動の全員顧問制。一般にはあまり聞かないこの制度こそが問題だ、と他の教員たちも訴えている。西日本で中学校の教壇に立つ神原楓さん(仮名)は20代後半。「部活問題対策プロジェクト」のメンバーで、現在は顧問就任を断っているという。神原さんの学校でも、顧問の選び方は真由子さんと同様だった。
「毎年3月、部活動の希望調査票が教員に配布されます。『全員顧問制』なので、第1志望、第2志望まで書かなければならない。調査表に『断る』という選択肢はありません」
神原さんが断ると、校長に呼ばれた。校長は「中学校の教師になったら部活の顧問になることは就職前からわかっていたはず」「顧問を通して教師も生徒も成長するからやるべきだ」「全員顧問制で大変だけど、1人が受けなければ他の教員に負担がかかる」などと言い、就任を求めたという。
それでも断り続けた神原さんは、こう振り返る。
「世間一般や保護者には『教師は、いつも生徒のために尽くして当然。無給でも勤務時間外でも関係ない』という感覚がある。そのような感覚が最も強いのは、教師自身、学校現場自体。だから、特に若手教員は『やりたくない』と意思表明できない。また、教師は労働について非常に無知。『超勤4項目』すら、ほとんど知りません」
「部活の顧問は義務じゃない」
神原さんが拒否の根拠とした「超勤4項目」とは、学校教員の時間外勤務に関する政令の中に明記されている。それによると、時間外勤務と認定されるのは「校外実習その他生徒の実習」「修学旅行その他学校の行事に関する業務」「職員会議」「非常災害など」。
文部科学省の説明では、これら以外の業務はすべて、教員の「自発的行為」とみなされ、時間外手当の支給対象になっていない。したがって、学校長はそもそも、業務として部活顧問への就任を要請できない仕組みになっている。
中学校で体育を教えるY子さん(36)も、この「超勤4項目」を知らなかったという。2人目の子どもを妊娠中、校長から「メインの顧問になって」と言われ、思い悩んで市に相談した。市立学校だからY子さんは市職員の身分でもある。すると、市の担当者は「部活の顧問は義務じゃない、強制できないんですよ」と告げたのだという。
「え、何なの、って。(その後)新しい学校でも、超勤4項目を盾に『部活はしません』とはっきり申し上げ、現在は一切部活はやっていません。また、法的に知っている限りの話を校長先生にさせていただいて、『全員顧問制』を止めてください、とお願いしています」
1人が拒否すると、他の教員が困る
「部活対策プロジェクト」のメンバーが求めているのは、「顧問をやる・やらない」の選択権を教員に与えよ、という内容だ。これが本当に実現したら、どうなるのか。自らも教員経験を持つ学習院大学文学部教育学科の長沼豊教授を訪ねた。長沼教授はプロジェクトのメンバーとやり取りを行い、活動に賛意を示す一方で、懸念も持っている。
「現実に1人の先生が拒否したら、しわ寄せは他の教員に行く。あるいは一つの部が廃部になって子供たちが困る。だから(拒否を)言い出しにくい。『私は顧問をしていません』とツイッターに書いている人がいますが、その学校の誰かがしわ寄せを食らっているかもしれない。だから(プロジェクトの)『国から指針を下ろして』という要望も分からないではない」
実は、馳浩・文部科学大臣も問題解決への意欲を表明している。部活対策プロジェクトから要望書と2万3000人余りの署名を受け取った翌日、今年3月4日の記者会見で「その方々と私は、問題意識の通底するところで共有している」と述べた。
その上で、「基本的には(部活は)学校教育の一環として位置付けられていますので、校長の責任の下、適切な指導体制を構築する必要があると思っています」と続けた。
これに沿って文部科学省は、部活動を支援する施策について種々の検討を始めた。ただ、「教員に部活の顧問をする・しないの選択権を与えてほしい」というプロジェクトの要望に対して、明確な回答があったわけではない。
プロジェクトの中心メンバーに反応をたずねると、「文科大臣からコメントはありましたが、核心をつくものではありませんでした。顧問の選択肢について言及していないのは、残念としか言えません」という答えが返ってきた。
長沼教授は「馳大臣も言っていましたが、それは学校ごとの問題でしょう、だから各学校でご判断くださいと言っちゃうと、結局、変わらないんじゃないかと思います」と指摘する。
教員はいま、30代が非常に少ない、ゆがんだ年齢構成になっている。学力や進学、しつけなど複雑な問題が相互に絡み、教員の負担は減らない。そうした中で生じている部活問題に対し、長沼教授は「本当に根が深いです」と付け加えた。
「生徒が部活を望むなら応えたい」という教員も
「ブラック」の呼称まで付くようになった部活顧問。各地の教員に話を聞くと、「睡眠時間が削られ、車で事故を起こした」「家庭生活の崩壊があちこちで起き、教員の間には『部活離婚』の言葉もある」といった声が引きも切らない。
さらに進んで、必ず部活動をするよう生徒に求める風潮を改めようとの声もある。部活対策プロジェクトも「change.org」上で、新たに「生徒に部活に入部する・しないの自由を!」という署名活動に乗り出した。その中で、メンバーの教員たちはこう訴える。
「仕方なく入部したのに、顧問からは『やる気がない』と罵られ、他の部員から『ヘタクソ』と馬鹿にされ、退部も転部もできない。酷い場合には部活を苦にして不登校になる子どもたちもいます」
部活の顧問を否定的にとらえる教員ばかりではない。生徒と一緒になって、ひたむきに汗を流す教員もたくさんいる。東京都内の中学校に足を運び、バレーボール部顧問の男性教員(28)に話を聞くと、こう答えた。
「生徒が喜んでくれて、その保護者もそう思ってくれるのであれば、『よし、やろう』という気持ちになれます。(法的に)仕事でないといえば、仕事ではない。教師の絶対やらなきゃいけないことではないと思う。けど、それが望まれているのであれば、やってあげたいなっていう気持ちがある」
この教員が勤務する学校の校長は、こんなことを語った。
部活は生徒や教員にとって、成長するための素晴らしいもの。ただ、生徒や教員が疲弊してしまう「行き過ぎ」は良くない。自分も部活の顧問を続け、家庭の危機に陥ったことがある。だから、今は校長として、土日はどちらかを休ませるよう指導している。顧問の負担をなくすように、複数顧問の配置を考えてもいる、と。
誰もが経験したに違いない学校の「部活」。あなたはどう考えますか。
[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:苅部太郎
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝