日本の小中学校では今、およそ12万3000人が不登校だという。東京都国分寺市や大分県別府市などの人口に匹敵する数字だ。これほどの数の子供たちが義務教育の「学校」に通っておらず、しかも1997年以降、10万人を下回ったことがない。中学校では36人に1人、つまりクラスに1人は不登校の生徒がいる計算だ。とうに不登校は珍しいことではなくなっている。教育の専門家は「このような国は世界に類例を見ない」と声を枯らす。何がどう歪んでいるのか。不登校の児童生徒が集う埼玉県のフリースクールを訪ねて考えた。(Yahoo!ニュース編集部)
東京・浅草から東武スカイツリーライン(伊勢崎線)に乗ると約40分で、埼玉県越谷市のせんげん台駅に着く。駅から徒歩数分の場所に、目指す雑居ビルはあった。1階は飲食店や衣料品店、3階には空手道場。フリースクール「りんごの木」はその2階だ。通勤通学のざわめきが消えた午前10時ごろから三々五々、子供たちが集まってくる。
「りんごの木」の子供たちは、なぜ学校に行かないのだろう。一人一人にそれぞれの理由や事情がある。
中学1年の西山正広君(13)=仮名=。小学3年から不登校になった。きっかけは「自分でも良く分からない」と話す。一方で、小学生になったころから学校は嫌だったと、はっきり言う。
「みんなと同じ」というのが嫌だった
「いろいろみんなと同じにしなくちゃいけないとか、これやらなきゃいけないとか。そういうのが嫌だった。(そのうち学校に)本当に行けない、ってなっちゃって」。親は当然、なぜ行かないのか、と問う。行きなさいと厳しく言われ、通学したこともある。「外に引っ張られるような感じで、そのまま行ってました」
午後になると、友だちとよく遊んだ。学校が嫌なだけで、友だちとの交流が嫌なわけではないからだ。「学校」ではない「りんごの木」にも熱心に通った。「ここは、これをやるようにとか、やらなきゃダメとかの強制、みんなと全部揃えなきゃダメとか、あまりない。(学校と)一番違うところじゃないですか」
佐々木正也君(17)=仮名=は通信制高校の2年生で、ほぼ毎日、「りんごの木」に来る。小学1年の夏休み明けから中学校を卒業するまで学校に行かなかった。きっかけは、特定の児童に対する先生の態度だったという。「1人を見世物にして、(先生が)『あの子みたいにならないようにしましょう』って、他の子を教育するみたいな。それがとても嫌だった」
異変は体に来た。学校に行くと、吐きそうになる。無理に行こうとすると、本当に吐いた。登校してすぐ保健室に直行する「保健室登校」を繰り返したが、それも長く続かなかった。不登校になると、「なぜ行かない」という周囲の目が注がれた。
小学校の校長は保護者面談で「もうやれることはありません」と言ったという。佐々木君は振り返る。「私たちは悪くない、みたいな。責任逃れの言葉。親も精神的に結構、つらかったと思う。周りの目、親同士のつながりもある。親には申し訳ないことしたな、とその時は思いました」。そんな佐々木君も、フリースクールではギターを弾き、バンドも組む。年下の子供たちの相手もする。
大人の「脅かしの言葉」に傷つく子供たち
「りんごの木」はNPO法人「越谷らるご」が運営するフリースクールだ。通ってくるのは約50人。不登校の児童生徒だけではない。義務教育の期間は終わったものの、何らかの理由で「学校」になじめなかった10代後半、20代前半の若者たちもいる。
NPO理事長の増田良枝さんは、自身の娘が不登校になったことをきっかけに、不登校に関心をもつ市民とともに、このフリースクールを立ち上げた。開設から25年。「子供たちは本当に多様。さまざまな生き方がある」ということを学んできた。
「子供たちが不登校になったら、親、先生、大人たち、みんなが『どうして行けないの?』『将来がないよ』と言います。不登校になったら怖い、社会には秩序があって従わなきゃいけない、って。子供たちは大人たちに脅かされています。『小中学校の勉強をちゃんとしないと、高校に行けない』『今どき高校に行かなきゃどうする、先はないよ』って」
増田さんは「学校に行かなくても育っている子供はたくさんいます」と力説し、こう続ける。大勢の不登校の子供たちを社会に送り出してきた経験からの言葉だ。
「子供たちは大人たちの脅かしの言葉に傷ついて、自分は学校に行けない子供なんだ、学校に行けない自分はダメなんだ、と自己否定していく。気持ちがだんだん内に向かう。引きこもっていく。でも、不登校というのは状況を言っているに過ぎないんだ、と。まず、『学校に行きなさい』じゃなくて、見守る。見守っている中で、その子が何を言おうとしているか、何を感じているかを、大人が知る努力をしなければいけない」
学校教育法に基づく「学校」だけを教育の場と認定する今の制度は、もう限界ではないか。増田さんはそう考えてもいる。
「このような国は世界に類例がない」
不登校の児童生徒が12万人を超す現状を教育制度の専門家は、どう考えているのだろうか。国立教育政策研究所の名誉所員、結城忠(ゆうき・まこと)さんは「このような国は世界に類例を見ません」と警告を発している。
結城さんによると、世界の義務教育制度は「教育義務」と「就学義務」に分かれている。「教育義務」は子供が教育を受ける権利を保障するもので、「就学義務」は文字通り、学校に子供を通わせる義務を指す。日本は明治時代以降、「就学義務」を続けてきた。これに対し、例えば、ヨーロッパの多くの国では「就学義務」ではなく、「教育義務」にのっとっている。
「ですから」と結城さんは言う。「子供たちはフリースクールで堂々と教育を受ける権利がある。(教育の)場所はどこでもかまわない。学校以外でもかまわない。これらのヨーロッパの国には『不登校』という概念もありません」
文部科学省(旧・文部省)は1992年に特例措置を設け、学校長の判断で学校以外の活動を出席扱いできるようにした。子供たちは、学校に籍を置いたままフリースクールに通い、小中学校の卒業資格を得てきた。さらに現在、国会では、「超党派フリースクール等議員連盟」が活動し、フリースクールへの財政支援などを求めている。
しかし、それでは足りないと、結城さんは指摘する。
「対処療法はもう限界」と言い、国が学校教育を独占してきた時代に終止符を打つべきだ、と考えている。インターナショナル学校や世界に1000校以上あるシュタイナー学校、その他の様々な私学なども対象とした法的・財政的制度を整え、義務教育として、それらを小中学校と同じ枠組みの中に取り込むべきだ――。それが結城さんの主張だ。実際、現状では、フリースクールなどに通う児童生徒は不登校の3%に過ぎない。
フリースクールは「自分らしく居られる場所」
埼玉県の「りんごの木」には、科目ごとの明確な時間割がない。フリースクールでは、曜日ごとに料理や音楽、運動などのプログラムを提供している。参加するかどうかは、子供たちしだい。その中で、自由に考え、動く。
中嶋杏さん(17)=仮名=は、中学1年から卒業まで不登校だった。しかし、母の貴子さん=仮名=は、それほど否定的に感じることはなかった。
「学校に行かないことが良い、悪いではない。(学校を)不快に感じたり、違和感を感じたりする感覚は良いんじゃないの、って。何事も感じることなく生きている人たちも大勢いるけれども、そこを過敏に感じるのは素晴らしいことじゃないかな、って。そういう話はしました。世間一般の考えに潰されないように、自分で選択できるのは良いいことだよね、って」
杏さんは今、通信制高校に通いながら、「りんごの木」にやってくる。アルバイトもしている。アルバイト先には「そこにしかいない人がいて楽しい」と言う。
「勉強は常にやっておかなきゃなって。高校の勉強を家でやって、分からないことがあれば、りんごのスタッフさんに教えてもらう」。将来は動物看護師になりたい。そのために専門学校への進学を考えている。
「学校」以外を選ぶことができない日本の制度をどう思いますか、と尋ねてみた。杏さんは「フリースクールも学校だと思っているし、家で勉強できるんだったらそれもいいと思うし。学校だけなのは、嫌ですね」と明快だった。そして、こう言った。「学校は、行けなかったのではなく、行かなかったんです」と。
最後にOBの声も聞こう。現在、旅行会社で働く上月健太朗さん(31)。小学2年から中学卒業まで不登校で、「りんごの木」に通い始めたのは18歳になってからだった。22歳で大学に進んで心理学を学び、26歳で卒業した。
上月さんにとって、ここはどんな場所だったのだろう。
「学校が居場所だ、という子がいると思うんですよね。それと一緒。(居場所が)家しかないと苦しくなっちゃう。『家以外の場所があればいい』ということでフリースクールに焦点が当たっていると思うんですが、本来は『自分らしく居られる場所』だと思います」
[制作協力]オルタスジャパン
[写真]
撮影:長谷川美祈、苅部太郎
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝