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鈴木愛子

学校トラブルに弁護士が助言――「スクールロイヤー」の役割とは

2019/06/06(木) 09:12 配信

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学校内でのトラブルに対して、弁護士が法的な側面からアドバイスをする「スクールロイヤー」制度が広がっている。小学4年生の女児が虐待死したとされる千葉県野田市でも導入を検討中だ。深刻なトラブルに発展する前に法的な観点の助言があれば、「救えた命」があったかもしれない。スクールロイヤー制度の内実に迫った。(ライター・西所正道/Yahoo!ニュース 特集編集部)

事前に相談があれば……

子どもが犠牲となる虐待事件で、行政や学校の不手際を指摘する声が目立つ。今年1月、千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛(みあ)さんが両親から虐待され死亡したとされる事件では、学校と市教委が父親の威圧的な態度に屈している。市教委は、心愛さんが父親からの暴力を訴えていたアンケートのコピーを渡した。報道によると、学校と市教委との面会で父親は訴訟をちらつかせて迫った。市教委の担当者は「恐怖感から渡してしまった」という。

事前に学校や市教育委員会に正しい法律の知識があれば、適切な対応ができていたのではないか。大阪府でスクールロイヤー制度の導入を推進してきた、峯本耕治弁護士(60)はこう言う。

「父親に強く迫られた段階でスクールロイヤーに相談があれば、こんなアドバイスができたと思います。『(アンケートは)絶対に出さなくていいんです。法的にも問題ありませんし、子どもに不利益になることが明らかですので、渡してはいけません。いくら親から攻撃されても、怖がらないで、渡せないと回答し続けてほしい。暴力などの不安を感じることがあった場合には警察に連絡すると伝え、収まらなかった場合には、実際に通報して警察に来てもらってください』と」

大阪府のスクールロイヤー・峯本耕治弁護士(撮影:鈴木愛子)

峯本弁護士は続ける。

「保護者からの不当な要求や過剰な要求、過度な依存に対しては、早い段階で、きちっと理由を説明して『無理である』とはっきり回答する必要があります。その時に、保護者の強い怒りや攻撃性、一時の関係悪化を怖がってはいけませんので、そのためのサポートが必要となります」

最初にケースの「見立て」をする

学校に不当で過剰な要求をする保護者とのトラブル。交渉のプロである弁護士はどう動くのか。

「最初に行うのはケースの『見立て』です。保護者の激しい怒りや攻撃、過剰な要求などの背景・原因に、保護者自身の不安感や困りごと、学校に対する不信感の蓄積、あるいは学校の初期対応の失敗があることも珍しくありません。その原因や背景を探り、なぜこのような事態・トラブルになったのかを見立てるのです。保護者が本当は何を求めているのかについても見立てる必要があります」

教師の中には、保護者から激しい批判や要求を受け、誰にも相談できないまま、一人で抱え込んでしまうケースが少なくないという。そうなると、保護者に言われるがまま場当たり的な対応になり、その結果、余計に保護者の不信感を強めてしまい、要求がエスカレートしてしまう。

保護者からのクレームを抱え込んでしまう教師もいる(イメージ写真:アフロ)

たとえば「担任を代えろ」などと激しい憤りをぶつけてきたり、教師に土下座を求めて怒鳴り続けたりするケースがある。学校の対応について、逐一書面や謝罪文の提出を求めたりする保護者もいる。なかには、教室にいきなり入ってきて、わが子をいじめた子どもに直接叱責・詰問し、保護者自らが教室で監視させろと要求する、といった極端なケースもあるという。

「スクールロイヤーは、問題の背景や原因、経緯をしっかりと見立てたうえで、対処方法を考えます。見立てにより、学校に非があれば、是々非々で謝罪が必要になります。また、保護者の不安感や不信感を取り除く努力をし、教育にとって大切な保護者との信頼関係をつなぐ試みも必要となります」

「愛情あふれる学校環境を実現する」

大阪府は、スクールロイヤー制度を2013年度から導入している。現在、スクールロイヤーは9人。エリアを分けて担当弁護士を決めている。年間の相談件数は約100件、これまで累計で500件以上の相談を受けている。

峯本弁護士は、スクールロイヤーの役割について「事故やトラブルを予防したり、トラブルが発生しても早期に解決させたりして、関係が改善されるように動くこと」だと説明する。

「弁護士としての法的・危機管理的な視点や合理的な紛争解決の視点から、学校に対してアドバイスを行います。学校・教員のサポートを通じて、学校教育の安定を図り、最終的には、子どもにとって安心・安全で、愛情のあふれる学校環境を実現します」

「トラブルの解決には背景・原因を探るのが第一歩」と峯本弁護士(撮影:鈴木愛子)

大阪府のスクールロイヤーの場合、依頼するのは学校側だ。まず学校長から、学校を管轄する市町村教育委員会に連絡。次に府教育庁に上げられ、スクールロイヤーに依頼が届く。校長や教員らが弁護士事務所を訪ね、相談を受けるのが一般的だ。スクールロイヤーが学校の会議に参加したり、緊急の場合には電話で相談を受けたりするケースもある。

さらに府下8地区それぞれの定期相談会、生徒指導研修会における相談、教職員や子ども向け研修などを実施している。基本的に1回の相談について1万円の報酬が府から支払われる。

峯本弁護士によると、現場の教師から「自信をもって保護者と向き合うことができるようになった」という声が届いているそうだ。

教師を兼ねたスクールロイヤー

実際に教鞭をとるスクールロイヤーもいる。弁護士資格を持ちながら、学校で授業やクラス担任もする教師として働く、いわば「学校内スクールロイヤー」である。東京都の淑徳中学校・高等学校、社会科教諭の神内聡さん(40)。2012年4月から教壇に立つ。今年4月時点で、全国唯一の学校内スクールロイヤーだ。

高校3年生のクラス担任や世界史や現代社会の授業、部活動顧問を担当するだけでなく、弁護士の経歴を生かしたキャリア教育や法教育も行っている(撮影:鈴木愛子)

神内さんは、もともとトラブル対応のために採用されたわけではなかった。東京大学法学部在学中に教員を志望し、教員免許と弁護士資格の両方を取得。同校の元校長が、珍しい経歴を持つ教師がいることで、生徒に刺激を与えられるという教育的視点で採用を決めた。

スクールロイヤーとして、同僚の先生から信頼を得られるようになるまでには、時間がかかったと神内さんは振り返る。

「(一般に)教員にとって弁護士は、保護者の代理人として学校を訴えてきた人たちというイメージがある。『敵』という認識が強いわけです。だからすぐに信頼してはもらえなかったです」

しかし「同僚教師」としてともに働くうちに、神内さんの親しみやすいキャラクターもあって、次第に周囲から相談を受けるようになった。

学校外にいるスクールロイヤーと違い、神内さんの場合は、同僚の教師から直接、相談が持ち込まれる。当初は、保護者対応やいじめに関わる相談が多かったという。

担任する生徒からは「授業でも教科書にない法律の深い話までしてくれるので、自分の視野が広がる」と好評。またSNSトラブルについて話をすることもある(撮影:鈴木愛子)

難しい要求をしてくる保護者に対しては、神内さんが聞き取るべきポイントをあげて、担任などに聞き取ってもらった。また、当事者の言い分が食い違いがちな子ども同士のけんかでは、事実を洗い直しながら互いの言い分を整理した。

生徒が知人に脅されてタバコを吸ったケースでは、生徒指導の教師とも相談しながら、自発的でない初めての喫煙という扱いにし、退学にならないようにしたこともあった。

「教師にとって大事なのは、子どものことなんです。子どものけんかが原因で、保護者同士がいがみあったままだと子どもも学校に通いづらい。担任としては子どもをなんとか守りたいと思うんですよ、退学にならないように。僕も担任でクラスをもっているから、その気持ちが痛いほどわかります」

学校側の「代理人」ではない

スクールロイヤー制度は全国に広がりつつある。文部科学省は2017年度から調査研究事業を開始。18年度は三重県など全国10自治体で調査研究を進めている。大阪府のようにすでに自治体独自にスクールロイヤー制度を実施しているところもある。東京都港区、仙台市、新潟市、岐阜県可児市、愛媛県などだ。虐待事件が起きた野田市では、市内の小中学校31校の校長・副校長にアンケートを実施したところ、62人のうち61人が導入に賛成し、設置に向けた検討が進んでいる。

制度の拡充に向けて、検討すべき課題には何があるだろうか。2018年1月、日本弁護士連合会(日弁連)が2018年に発表した「『スクールロイヤー』の整備を求める意見書」は「トラブルの未然防止」「子どもの最善の利益」を強調している。

スクールロイヤーは誰の立場に立つのか(撮影:鈴木愛子)

意見書を取りまとめた須納瀬学弁護士(60)によると、「スクールロイヤーの立ち位置」が検討ポイントの一つだった。一般的に弁護士はクライアントの「代理人」として働く。スクールロイヤーへの依頼元が教育委員会など学校側となると、子どもの最善の利益のための活動とは矛盾するのではないかという意見があったのだ。

意見書では、スクールロイヤーの活動原則について「学校側の代理人にならない」と明記し、「まず対立構造になる前の段階から対立を予防する視点で関与することが求められる」とした。学校側の相談相手として、教育や福祉の観点を踏まえて、子どもの最善の利益を図ることが重要だというのだ。

教師に法律知識、弁護士に教育現場の感覚を

教育学者で筑波大学名誉教授の江口勇治さん(66)は「法律は強い力をもつだけに、教育現場の実情を鑑みながら問題に当たる弁護士でなければ、かえって事態を混乱させてしまうのではないか」と懸念し、現場の教員が法律を学ぶことが大事だと強調する。

「いまの教職課程は、法律関係では日本国憲法の2単位をとればいいことになっています。いじめ防止対策推進法などさまざまな法律が教育現場に入っているのに、法律に関して学ぶ講義が少ないことが、そもそもおかしいのではないかと思います」

江口さんがかつて視察した米国カリフォルニア州では、ロースクールを卒業後に弁護士ではなく学校の教員になるケースが見られたという。

教育学者の江口勇治さん。2002~2018年、筑波大学人間総合科学研究科教授(撮影:鈴木愛子)

「そうしたケースが日本でも増えてくれば、スクールロイヤーに依頼しなくても、より現場に即した対処ができるのではないでしょうか」

一方、スクールロイヤーにも「教育現場の感覚」が必要だと、教員免許と弁護士資格の両方を持つ神内さんは述べる。多くのスクールロイヤーが話す相手は校長や教頭の場合が多く、担任にヒアリングをするケースが少ないと感じるからだ。

神内さんは自身の経験を踏まえ、スクールロイヤーが本来の役割を果たすには、週1回は担当の学校に行って、職員室など、学校の雰囲気を感じ取ることが理想だと考えている。

「そうしなければ、学校のこともわからなければ、教員たちとの人間関係も築けない。現場のことを知らない弁護士がいくらきれいごとを言っても、教師からは『何を言っているのか? 自分でやってみれば』と思われる。それでは、せっかくの助言も無駄になります」

神内さんが担任をしているクラスのホームルーム。プリントを配り、提出物の締め切りを告知する。よくあるクラスの風景だ(撮影:鈴木愛子)

神内さんが教師兼スクールロイヤーになって8年。同校の教師たちは保護者対応や生徒間のトラブル対応について経験を積み、神内さんがいなくても対処できるケースが増えてきた。

「たとえばいじめが疑われるような問題が発生したとき。生徒に事実関係を聞き取りする際の質問ポイントなどが、明らかに上達しているんです。思い込みや決めつけをせずに、事実関係を洗い出す。僕がアドバイスした以上の問いかけをしてくれる先生もいる。彼らの法律への理解が進み、教師の数自体も増えれば、将来的にはスクールロイヤーがいらなくなるかもしれません」


西所正道(にしどころ・まさみち)
1961年、奈良県生まれ。著書に『五輪の十字架』『「上海東亜同文書院」風雲録』『そのツラさは、病気です』『絵描き 中島潔 地獄絵一〇〇〇日』、共著に『平成の東京12の貌』がある。

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