本間誠也

「内部告発の握りつぶしに加担するのか」――改正法案に向けた動きに経験者ら批判の声

2018/12/19(水) 8:40 配信

企業や団体の不正をただすため、解雇や左遷などの報復を受けることなく内部告発ができる法律を――。こうした思いを抱きつつ、公益通報者保護法改正に向けた審議を見守ってきた関係者はいま、一様に沈み込んでいる。審議の舞台になっているのは、内閣府消費者委員会の公益通報者保護専門調査会。その議論が大詰めを迎え、内部告発者に不利益な取り扱いをした組織に対する罰則規定が法律にならないことが確定したからだ。加えて、メディアに対する内部告発へのハードルは今より高くなりそうな雲行きとなっている。「消費者庁は公益通報を抑制する現行法の問題点を放置する一方、企業が不正を内部で握りつぶしやすい環境づくりに加担するのか」。内部告発の経験者や弁護士らからはそうした批判が噴き出している。(フリー記者・本間誠也/Yahoo!ニュース 特集編集部)

報復に対する刑事罰 政府側「必要ない」

11月22日、東京・霞が関。中央合同庁舎第4号館の8階で、「内閣府消費者委員会の公益通報者保護専門調査会」が開かれた。長々とした名のこの調査会こそ、改正法案の審議の場である。

公益通報者保護専門調査会の様子=2018年11月22日(撮影:本間誠也)

1月から始まった審議の場でこの日、消費者庁は4組の資料を提出した。改正法案の提出予定は来年の通常国会。いずれの資料もそれに向けて、これまでの議論を取りまとめ、改正法案の作成を担う官庁としての意見を示したものだ。

そのうち、「その他の論点について」はA4サイズで14ページ。その中の「不利益取扱いに対する刑事罰」には、こんな言葉が並んでいる。

「(通報者に対する)不利益取扱いの是正のためには、(中略)行政措置を導入するにしても、まずは助言、指導、勧告により是正を図っていくことが適当」「したがって、命令制度の導入ひいてはそれを前提とした間接罰の導入については、今後の検討課題とするのが適当」

そして、内部告発者を解雇や左遷した企業への罰則適用をめぐる議論の結論として、こう書かれていた。

「以上を考慮すると、不利益取扱いに対する刑事罰については、慎重に検討すべき」

宅配便大手のヤマトホールディングス(HD)では今年夏、子会社による法人向け引っ越し料金の過大請求が発覚。8月にHD経営陣が会見で謝罪した。この不正は組織内で告発されたが、長期間、握りつぶされていたという(写真:読売新聞/アフロ)

オリンパスや秋田書店、金沢大医学部、千葉県がんセンター……。2006年に公益通報者保護法が施行されて以降、全国で数多くの内部告発が行われ、組織内の不正が次々に明るみに出た。同時にそうした「告発者」に対する解雇や左遷といった組織側の仕打ちも大きな問題となった。そうした結果、勇気を振り絞って告発した労働者に対する不利益な取り扱いには罰則を導入すべきだ、という意見が広がってきたのである。

消費者庁が提出したペーパーは、それを「NO」とした。

調査会の席上、座長である山本隆司・東大大学院教授は「(この結論に対しての)各委員のご意見は?」と口を開き、会場を見回した。異論や反対の声は上がらない。座長を除く委員10人のうち半数近くは過去の審議で、罰則導入に前向きな意見を表明していた。それでも意見は出ない。

法改正の最重要ポイントだった通報者の保護。報復を許さないために事業者への罰則を導入すべきだとの意見が、あっさりと見送られた瞬間だった。

12月18日の専門調査会では、消費者委員会に提出される調査会作成の「報告書(案)」が示されたが、前回と同じ文言が示され、やはり前回と同様に口を開く委員はいなかった。

刑事罰導入を先送りした「報告書」案(撮影:本間誠也)

刑事罰見送りに「危機的状況です」

前回の調査会を傍聴していた中村雅人弁護士(東京)は「いやぁ……愕然としました。危機的な状況です」と言う。

「罰則導入は議論の中で最大のテーマだったはずなのに、見事にスルーされてしまった。驚きましたね」

中村弁護士は、企業・団体から報復を受けた内部告発者らの民事訴訟を数多く手掛けた実績を持つ。公益目的で不正を明るみに出したばかりに、裏切り者呼ばわりされ、左遷や降格、解雇されていく労働者たち。その声にずっと耳を傾けてきた。

「罰則が導入されないとなると、内部告発によって解雇処分などを受けた人は、企業が(勧告や指導といった)行政措置に従わない場合、これまで通り、自ら訴訟を起こして会社側と闘わねばなりません。行政措置には強制力が伴いませんから。何のための法改正でしょう?」

日本弁護士連合会主催のシンポジウム「公益通報者保護法の抜本改正に向けて」=2018年12月13日(撮影:本間誠也)

中村弁護士は続ける。

「消費者庁が示したあの文書の内容は、経済界や事業者側の要望を色濃く反映したものです。同庁幹部は私に対し、『罰則導入などは全会一致でないと盛り込むのは難しい』と言ってましたが、委員の選考段階で意見が一致しないことは分かっていたはず。公益通報者保護法の立法時、その附則には『(2006年の)法律の施行後五年を目途として(中略)必要な措置を講ずる』と記されていたのに、消費者庁はすっ飛ばしました。それからさらに8年が経過しようとしているのに……」

「闇カルテル」の告発者も憤る

富山県高岡市在住の串岡弘昭さん(72)も、消費者庁の結論やそれを容認した専門調査会に憤っている。

串岡さんはトナミ運輸(本社・富山県高岡市)で働いていた1974年、運輸業界の闇カルテルの実態を全国紙と行政機関に内部告発し、その報復として「座敷牢」のような閑職に30年以上も据え置かれた。そして、自身に対する不利益な取り扱いは不当だとして、民事訴訟を起こした人である。

串岡弘昭さん(撮影:本間誠也)

串岡さんの内部告発や訴訟は、公益通報者保護法ができるきっかけになった。今年9月に同調査会が開いたヒアリングには、日本経済団体連合会(経団連)や消費者団体などとともに招かれている。

「罰則見送りという結論を聞くと、私がこれまで調査会に提出した何通もの意見書やヒアリングの場での訴えなどは、全く反映されなかったということですね。内部告発の当事者は、事業者と告発者です。事業者側の要望は考慮しても、私のような告発経験者の訴えは軽視されるのでしょうか」

JR新高岡駅前の喫茶店。串岡さんはさらに続けた。

「組織の不正は内部の者が最もよく知っています。しかし同時に、内部の者は最も声を上げにくい。だからこそ、公益通報制度を本当に機能させるのなら、通報者に対して不利益取り扱いをした事業者には罰則を設けるべきなんです。不利益取り扱いを受けるということは、労働者にとって将来を奪われることなんだということを理解していない」

調査会では、行政措置のうち「助言」「指導」「勧告」を改正法案に盛り込むことが決まり、報告書案によると、勧告に従わなかった場合は「公表」される見通しにもなった。

しかし、と串岡さんは言う。

専門調査会で意見を述べる串岡さん(撮影:本間誠也)

「消費者と直に接していない企業の場合は、社名を公表されても痛くもかゆくもないでしょう。大企業も(社名公表への対抗策は)十分に立てている。社会の意識を変え、法律の実効性を高めるためには、行政措置にとどまらず、刑事罰まで盛り込むべきです。今のままでは、不利益を受けた公益通報者の保護については『公益通報者が自ら解決してください』と言っているようなものです」

報道機関への通報に新たな障壁も

弁護士らによると、改正法案には報道機関への内部告発を萎縮させかねない項目も新たに加わろうとしている。

公益通報者保護法は、告発を3種類に分けている。「1号通報」は組織内部への通報、「2号通報」は行政機関への通報、「3号通報」は報道機関など外部への通報だ。そしてカテゴリーごとに、どのような要件を満たせば、告発者が保護されるかを示している。問題になりそうなのは「3号通報」であり、ハードルを現行法より増やし、結果的に報道機関への通報を阻害しようとしている、という。

公益通報制度に詳しい光前幸一弁護士(東京)が説明する。

「現行法は、1号、2号、3号の順で、不利益取り扱いから保護されやすくなっています。つまり、不正を知った場合はまず、1号通報に誘導する仕組みです。3号通報者を保護する要件としては、事業者側による証拠隠滅の恐れがある場合など五つが示されている。改正法案の議論が専門調査会で始まった今年1月段階では、3号通報をもっと利用しやすいように、この要件を緩和する方向で議論が進むはずでした」

実際はそうならなかったという。

光前幸一弁護士(撮影:本間誠也)

「経済界や労働組合の意見を代表する委員から『マスコミへの通報は影響が大きく、被害は甚大だ』といった声が相次ぎ、要件緩和は見送りになりました。それどころか、3号通報に新たなハードルを設ける方向です。企業側にコンプライアンス窓口などの内部通報体制の整備を義務付ける見返りに、その整備ができた場合は、報道機関への正当な内部告発であっても保護されにくいと解釈できる仕組みに改めようとしている。3号通報に新たなハードルを設けるわけです」

専門調査会では、事業者側の委員は入っているのに報道機関側の委員はいない。光前弁護士は「それがそもそも問題だった」と言ったうえで、こう指摘する。

「コンプライアンス窓口を含めた内部通報体制は、大企業なら既にどこも整備しています。しかし、形だけ整備しても実態が伴っていないから内部通報が握りつぶされたり、通報者が不利益を被ったりしているのが現状。3号通報に新たなハードルが加わるとしたら、報道機関に内部告発しようとする人の心理的抑圧になりかねません」

「“告発は握りつぶしたい”が企業の本音」

前出の中村弁護士も「不正を暴いて大きな社会問題となった欧米の内部告発は、ほとんどが報道機関への通報です。それなのに、日本は(世界の先行例に)逆行しようとしている」と言う。

「企業側の本音は『悪いことは隠しておかなければ』『握りつぶせるならば握りつぶしたい』でしょう。私は(不正をただすには)報道機関への外部通報が一番いいと思っていますが、(今の審議には)公益通報を企業や行政機関の内側に封じ込めようという意図が働いているのでしょう」

「報告書(案)」を検討した12月18日の専門調査会(撮影:本間誠也)

トナミ運輸の社員時代にトラック業界の闇カルテルを告発した串岡さんは、告発先に新聞社も選んだ。その経験も踏まえ、串岡さんはこう訴える。

「現行法は、組織の違法行為を知った社員に対し、『メディアに通報してほしくない』という内容です。組織内で不正が行われていても、内部でこっそり処理することを認めているような仕組みです。改正法案が(最終的に)その仕組みをさらに補強する内容になるとしたら問題です。内部告発者が最も信頼できる通報先はメディアだからです。メディアは報復をしません。一部の行政機関や企業のように通報者の氏名を漏らす心配もありません」

公益通報したことを会社側に知られたくないが、社会のために不正を放置できない――。そう考える人がメディアに通報するのは極めて当然の判断だ、と串岡さんは言う。

「それなのに、なぜ、不正を事業者内部に通報させることを最優先させているのか。経済界の圧力なのか。理解に苦しみます。過去の事例が示すように、罰則がない現状では、事業者への公益通報こそが最も報復を受けやすい危険な通報なんですよ」

内閣府や消費者庁が入る中央合同庁舎第4号館(撮影:本間誠也)

内閣府消費者委員会によると、改正法案作成に向けた専門調査会の作業は最終報告書の作成をもって、年内に終了する見通しだという。消費者委員会は報告書を受けて、内閣総理大臣に答申する運びとなっている。

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本間誠也(ほんま・せいや)
北海道新聞記者を経てフリー。


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