写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ

誰が内部告発者を守るのか 「労組も力にならず」と訴える経験者たち

10/4(木) 6:29 配信

社内の不正をただしたい、働く環境を良くしたい、消費者の利益を守ろう――。そう考えた末に内部告発しても、解雇されたり降格させられたりといったケースが後を絶たない。なぜ、こんなことが繰り返されるのか。なぜ、公益通報者保護法は機能しないのか。過酷な労働時間を前に「このままでは誰かが事故を起こすのではないか」と考え、労働基準監督署に内部告発したバス運転士の話から始めたい。告発後、報復を受けた彼の「会社もひどいが、労働組合も内部告発者を守ってくれません」という訴えは、この法律の欠陥も浮き彫りにしている。(フリー記者・本間誠也/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「いつ、事故が起きてもおかしくない」

「私が(内部告発の報復として)『追い出し部屋』ならぬ『追い出し業務』に飛ばされても、不当な降格を命じられても、組合幹部らは会社と一緒になって面白そうに眺めてました。『いつ辞めるのかな』って。うちの組合は会社の方針に従うだけですから」

首都圏の大手バス会社に勤務する大塚雅明さん(56)は、そう明かす。

バス事業の規制緩和によって年々、労働環境が厳しさを増している。入社歴33年の大塚さんは2016年10月から翌年にかけ、同じ営業所の同僚と2人で、勤務先の過酷な労働実態を労働基準監督署に内部告発した。

2人は首都圏各地と羽田空港や東京ディズニーランドなどを結ぶ中距離路線バスの運転士として働いていた。

内部告発者の大塚雅明さん。所属するユニオンの事務所で(撮影:本間誠也)

バス運転者の労働時間について、厚生労働省は「改善基準」を告示しており、「1日15時間以上の勤務は週2日まで」「勤務と次の勤務の間の『休息期間』は継続8時間以上」などと示されている。

ところが、2人が勤務していた営業所では週3日以上、「1日15時間以上の勤務」があった。「休息期間」が4時間程度しかない勤務ダイヤも多い時で週2日。運転士不足を理由に、休日出勤も頻繁に強いられていたという。

羽田空港のバス乗降場で=本文とは関係ありません(撮影:本間誠也)

大塚さんは言う。

「告発せざるを得なかったのは、社内の運転士の誰がいつ、大きな事故を起こしてもおかしくない状況だったからです。『改善基準』に違反する勤務が常態化しているのに、組合は声を上げないし、会社も是正しようとしない。告発時も今も、運転士はみんな疲れ切っています」

大塚さんと共に内部告発したのは、同じ職場の運転士で嘱託採用だった松岡亮さん(42)だ。

松岡さんも「自分たちのためにも、乗客のためにも、状況を変えたかったんです」と話し、こう続けた。

「例えば、15時間以上もの運転が真夜中の1時に終わり、次の業務開始が朝の5時だった場合、すぐには熟睡なんかできません。1〜2時間、ウトウトする程度です。そんな状態で運転士がハンドルを握っているなんて、お客さんは思っていないでしょう?」

松岡亮さん。バス運転士の違法労働を大塚さんと一緒に内部告発した(撮影:本間誠也)

内部告発後、突然の配置転換

2人は何度も労基署に足を運び、勤務ダイヤなどの“物証”を示して「会社を指導してほしい」と伝えた。しかし、話の相手はいつも「相談員」で、立ち入り調査などの権限を持つ「労働基準監督官」は対応してくれない。3カ月近くが過ぎたころ、2人は「労基署はそもそも動く気がないのかもしれない」と感じるようになった。

さらに悪いことに、一緒に労基署へ行くはずだった同僚が、土壇場で翻意し、逆に会社幹部に接近するようになっていく。2人は「私らの行動は会社に筒抜けだったでしょう」と振り返る。

労基署を何度か訪ねた後の2017年4 月、松岡さんが配置転換を命じられた。次の仕事は「添乗指導」。自社のバスに乗って運転士のハンドルさばきや身だしなみ、マイクの使い方などをチェックする業務だ。

利用者でにぎわう大阪駅JR高速バスターミナル=本文とは関係ありません(写真:アフロ)

松岡さんは言う。

「この会社に採用される前も、私はバスの運転士を15年以上やってきました。それが突然、添乗指導とは……。納得できないままの配転のうえ、大幅に減らされる給料などのことで悩み、体調を崩してしまって」

その後、松岡さんは「適応障害」と診断され、休職。そのさなか、会社から「(2017年の)8月で嘱託雇用期間満了」とする雇い止めの通告を受けた。口約束とはいえ、「正社員にする」と言われていたが、それも反故にされた。

ドライブレコーダーで監視

松岡さんが会社を去った2017年8月以降、大塚さんへの報復も激しくなった。

まず会社側は「車内を映したドライブレコーダー(DR)をチェックしたら、携帯電話の操作があった」として、大塚さんを停職3日の懲戒処分にした。実際には、バスの車庫入れ直前、信号待ちの間にバッグからスマートフォンを取り出してダッシュボードに置いただけで、操作はしていない。

ところが、である。

この時点までスマホや携帯電話に関する規定が就業規則になかったにもかかわらず、会社側は、懲戒理由を後付けの形で「運転席でスマホに触れば、それだけで操作に当たる」とした。

バスの運転席。乗客の安全をここで守る=本文とは関係ありません(撮影:本間誠也)

さらに1カ月ほど後、今度は「DRを見たら、運転席周りで携帯を触っていた」として、会社側は4日間、会議室での反省文書きを命じた。大塚さんは「携帯を触っていたのは、車庫内の駐車スペース。しかも休憩中でした。理由をこじつけてでも、会社側は私をいじめて辞職させたかったのでしょう」と振り返る。

それから間もなく、大塚さんは運転業務から洗車業務に配置転換となり、同時に降格となった。これによって給料は手取りで6割もの減額。住宅ローンを支払うと何も残らない。

「懲戒処分も配転も降格も不当なものですが、労組も力になってくれなかった。見て見ぬふりというより、冷ややかに見ている感じでしたね。つらいし、給料も激減したけど、負けてたまるか、と」

大塚さんに対し、「降格」を告げた文書(撮影:本間誠也)

大塚さんと松岡さんは2017年末、個人加入の労働組合「プレカリアートユニオン」(東京)の一員となった。事情を聴いた同ユニオンは会社側に団体交渉を申し入れたほか、街頭での活動やSNSを通して「2人への処分は不当だ」と拡散させていく。

会社側は18年3月、大塚さんを運転業務に戻した。それでも、降格は撤回していない。そして2人は同年6月、雇い止めとなった松岡さんの地位確認、および大塚さんと松岡さんの減額された給料の支払いなどを求める民事訴訟を東京地裁に起こした。

大塚さんら2人が語る内容や裁判について、このバス会社の本社総務部は「係争中なのでコメントは控えたい」としている。

「労働組合は目を覚ませ」

バス運転士の勤務実態を告発した2人は今、こう口をそろえる。

「私たちの内部告発は正当なものだし、報復的な処分の数々は不当だと思っています。水面下ではありますが、私たちの裁判を応援してくれる社員は少なくないし、今の過酷な勤務体制を変えるため、『自分もユニオンに入りたい』と連絡してくる社員もいます。会社も労組も目を覚ましてほしい」

労組は目を覚ませ、という声は他にもある。

労働組合の“総本山”である「日本労働組合総連合会(連合)」の本部(撮影:本間誠也)

例えば、内部告発を理由に雇用契約を更新しないのは法律違反だ、と主張した京都のタクシー運転手。この男性は2007年10月、地位保全を求めた仮処分申し立てが認められ、京都地裁の決定後、報道陣に「労働組合とは名ばかり。会社と一体となって不正のもみ消しや労働者いじめをする労組も許せませんでした」と語っている。

公益通報者保護法に詳しい中村雅人弁護士(東京)は、こう話す。

「内部通報は労働者の権利に関する問題です。公益のために通報した従業員に対し、会社が報復した場合、その従業員を守るのは誰か。誰もが一番に思いつくのは労働組合でしょう」

だが、現実の労働組合は、必ずしもそうではない。内部通報に関する民事訴訟をいくつも担当してきた中村弁護士は、報復された従業員の労組幹部と面会したことがある。そこでは、こう訴えたという。

「もし、みなさんが社会的に有意義な通報をしたとして、その報復で『おまえは配転だ、解雇だ』と言われたら、どうしますか。全ての労働者に共通する問題なんだから、労組こそが応援しなければいけないでしょう?」

この労組は結局、何もしなかったという。

「企業内労組の幹部たちは『内部通報者に味方したら自分はどうなるだろうか』『自分も報復されるかも』と考えてしまう。自分の保身を優先するわけですよね」

中村雅人弁護士。公益通報者保護法に詳しい(撮影:本間誠也)

労組も頼りにならず、1人で会社を提訴

労組が敵に回った実例もある。内部通報の報復として不当な配転命令などを受けたオリンパス社員の浜田正晴さん(58)の体験も壮絶だ。

浜田さんは2007年、上司の不正を知り、それをやめるようその上司に直接伝えた。その進言を受け入れてもらえなかったため、今度は社内のコンプライアンス窓口に通報した。ところが、窓口の担当者は当の上司や人事部長に対し、浜田さんの氏名や通報内容を漏洩してしまう。

“組織ぐるみの報復”が始まったのは、その後だ。

専門外への配転や最低水準の人事評価、上司らからの恫喝……。浜田さんが配転命令に関して労組に相談したところ、幹部は「私たちが浜田さんを守ります」と言ってくれたが、逆に会社と一体になって敵に回った、と浜田さんは言う。

「うちの組合は御用組合とは思っていたけれど、ここまでひどいとは、と驚きました」

オリンパス社員の浜田正晴さんは「内部告発への報復」を許さないため、会社を提訴した。『オリンパスの闇と闘い続けて』という著書もある(撮影:本間誠也)

たった一人で会社と対峙することを決意した浜田さんは08年、オリンパスと上司を相手に配転無効とパワハラに対する損害賠償を求めて訴訟を東京地裁に起こした。4年余りもの期間を費やした訴訟は、12年に最高裁で浜田さんの勝訴が確定。16年には別に起こした「名誉回復」のための訴訟で会社側と勝訴的な和解をした。巨額損失隠し事件で旧経営陣はすでに一掃され、オリンパスは新体制になっていた。

海外駐在勤務の経験を生かして、現在は本社人事本部でグローバル教育のチームリーダーを務める浜田さんは、自身の経験を振り返ってこう言う。

「今のオリンパス労組は、パワハラに加担しなくなったという意味では良くなったと思います。でも、当時の労組はそうじゃなかった。正当な内部通報をした私を退職させようと陰湿に動きました。コンプライアンスの窓口が情報を無断漏洩し、それが社内規則に反することが明白になっても、です。当時の会社の体質もありますが、労組は極めて異常だったと思います」

そして、こうも言った。

「労組の軸足を会社寄りから通報者側へ移すには、やはり公益通報者保護法を改正し、違反企業に罰則を科すことが大前提です。この法律の最大の欠陥は違反企業に罰則がないこと。少なくとも改正によって罰則付きになれば、通報によって会社から不利益を受けた私のような従業員を、労組が一緒になって追い詰めるようなことはなくなるでしょう」

オリンパスを相手に最高裁で勝訴し、記者会見する浜田さん=2012年6月(写真/アフロ)

「報復には罰則を」に霞が関も抵抗

公益通報者保護法は「公益のために通報を行った労働者に対する解雇等の不利益な取扱いを禁止する」(消費者庁)役割を持つ。一方では、まさにオリンパスの浜田さんらが言うように、内部通報者に報復しても企業側には罰則がないため、「ザル法」と言われてきた。

施行から12年が過ぎ、この法律は現在、内閣府消費者委員会の公益通報者保護専門調査会で改正の議論が進んでいる。改正法案の提出目標は来年の通常国会で、年内には大まかな方向が打ち出される見込みだ。

企業側の報復に対し罰則を設ける案には、経済界が強く抵抗してきた。それだけでなく、「マン・パワー不足という理由から、霞が関でも抵抗は強い」と中村弁護士は明かす。

内閣府消費者委員会・公益通報者保護専門調査会。近く改正案の取りまとめに入る(撮影:本間誠也)

実際、官僚たちの消極姿勢を見せ付けた場面があった。今年6月の同専門調査会。報復措置を行った企業に行政措置や罰則を科すよう法を改正したらどうなるか。それについて、厚労省の幹部はこう述べた。

「公益通報者保護の実効性ある仕組みづくりの必要性に異を唱えるものではありませんが、私どもの(労働法など)他の法律で、不利益取り扱いの処理は一件一件、非常に手数が掛かることを経験しております……。職員数の事情が現状でも非常に厳しく、通報者保護について(消費者庁と)連携してこなしていくには客観的に非常に厳しい情勢だと思っています」

この法律の所管官庁は消費者庁だが、罰則などを法律に盛り込んだ場合、事実関係の詳しい調査が必須になる。全国に出先機関を持たない同庁は単独で対応できず、労働行政を所管する厚労省の手厚い支援は欠かせない。

そうした声に対し、同省は公開の会合で、抵抗する姿勢を示したのだ。

法改正に向けて議論を重ねる専門調査会は、7月の会合で中間的な論点整理を実施した。その中では、企業に対して強制力を持たない「行政措置」(指導、勧告、公表)を導入する方向性を示す一方、最大の関心事である刑事罰については「今後の検討課題」とし、先送りした。

法改正で罰則規定を盛り込めるか

専門調査会の議論はこの秋、法改正に向けた取りまとめに入っていく。「内部告発者への報復をどう防ぐか」の議論のヤマ場である。

消費者庁の入居する合同庁舎。公益通報者保護法の改正論議の行方は同庁の姿勢にもかかっている(撮影:本間誠也)

法案作成を担う消費者庁の担当者は「委員の要請によっては、再び厚労省の方に出席を求め、『(厚労省から)どのくらいのサポートを望めるのか』について踏み込んで検討してもらうことも考えています」と言う。

しかし、議論の行方を見守ってきた中村弁護士は「消費者庁も刑事罰まで踏み込まず、手近なところで改正法案をまとめようと考えているのではないか」と懸念する。

オリンパスで復権を果たした浜田さんは「現行の公益通報者保護法は究極のザル法です」と言い続けている。「不当な報復を会社と労組から受けた場合、私のように会社を相手取って、会社に身を置いたまま、一人で長い年月と費用をかけて民事訴訟を闘わねばならない」からだ。

「一刻も早く、報復を抑止するための罰則規定を導入し、私のような被害者を出さないような法改正をしてほしい。そう願っています」

公益通報者保護法の改正案を議論する専門調査会の会場案内。「罰則規定」は盛り込まれるか(撮影:本間誠也)

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本間誠也(ほんま・せいや)
北海道新聞記者を経てフリー。

[写真]撮影:本間誠也、提供:アフロ


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