木村直軌

吃音を抱えてどう生きるか――「コミュ力」が強調される社会で

10/16(火) 9:26 配信

幼少期には10〜20人に1人の割合で発症し、成人の100人に1人が抱えているとされる「吃音」。しゃべり方をからかわれ、コミュニケーションを恐れる人もいる。「コミュ力」が強調される社会で、どう生きればいいか。吃音について研究し、自身も当事者である東京工業大学准教授・伊藤亜紗さんと、吃音のある人に向けても講演などを行っている劇作家で演出家の平田オリザさんの2人が、吃音とコミュニケーションについて語り合った。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

自分の中に編集者がいる

伊藤亜紗さんは物心ついたころから吃音と向き合ってきたというが、今はあまり現れない。治ったわけではなく、話すときに吃音が出そうな単語を同じ意味の別の単語に言い換えている。

伊藤:自分の中に“編集者”がいる感覚です。「Aというワードを使いたいけど、Aだと吃音が出て言えないから、同じような意味のBというワードを使いましょう」と。いつからか覚えていないくらい前から“言い換え”はあって、今はもう無意識でやっています。

いとう・あさ 1979年、東京都生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・准教授。専門は美学、現代アート。著書に『どもる体』(医学書院)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書)など。 撮影:木村直軌

――吃音の方はみなさん言い換えをしているのでしょうか。

伊藤:人それぞれです。吃音を隠したくても隠せない人もいるし、言い換えとは別の工夫をして回避する人もいて。「あー」とか「えー」などの音を言葉の前に入れる、違う人格を演じる、リズムに乗るなどいろいろな方法があります。
平田:従来でいうところの「治療法」として演劇は昔から使われていて、セリフならば吃音が出ない人もいます。それが生活に応用できるかは人それぞれのようですが。
伊藤:外国語で話すと吃音が出ないという人もいます。英語でアクセントを強調してしゃべるとリズムに乗って言えるとか、演劇と同じで人格が少し変わるという原因もあるかもしれません。
平田:吃音のある人の集まりに行ったり、吃音の本を読んだりはしましたか。
伊藤:していません。どういうときに吃音が出るのかを自分で研究していました。研究者になり、視覚障害など他人の体の研究をする中で、自分の体の特徴のひとつである吃音についても調査を始めました。

ひらた・おりざ 1962年、東京都生まれ。劇作家、演出家、大阪大学COデザインセンター特任教授。国際基督教大学(ICU)教養学部に入学。在学中に劇団「青年団」を結成、卒業後こまばアゴラ劇場の経営者に。主な著書に『わかりあえないことから』(講談社現代新書)、『幕が上がる』 (講談社文庫) など。 撮影:木村直軌

――吃音が出やすい言葉はありますか。

伊藤:そこも人によって全く違って、「“か行”は小さいころからだめ」という人もいれば、「今週は“な行”」と頻繁に変わる人もいて。話す相手や状況によっても変わります。でも、いくら分析しても体に裏切られて、自分の思っていたことが否定されてしまう。自分の経験からこの単語は言えるはずだと思っていても急に言えなくなったり、工夫がきかなくなったり。言えないと思っていた言葉がふと言えることもあります。

吃音の特徴となる症状は主に3つ。例えば、「たまご」という言葉を言おうとしたときに、「たたたたたまご」と単語の一部を繰り返す“連発”、「たーーーーまご」と音を引き伸ばす “伸発”、「……たまご」とつっかえて音が出ない“難発”がある。難発が出ると体が緊張して苦しそうな顔になることもある。

「本当の自分」ではない自分

伊藤:工夫をすることに対して罪悪感を持つ方もいます。演じているように感じて、本当の自分じゃない自分を出して申し訳ないと思ってしまうようです。
平田:「演じる」と言うと、嘘をつくとか自分を偽ると感じてしまいます。そうすると、「本当の自分はこんなじゃない」と負荷がかかってしまう。
伊藤:言い換えで吃音を回避した場合、言えなかった単語を明確に意識してしまいます。工夫で吃音が出ないようにすることもできるけど、あえて表に出す選択をする人もいて。
平田:でも、外国語でしゃべるときって「本当はこう言いたいけど俺のボキャブラリーだとこっち」となりますよね。そう思えば少しは楽になるのではないでしょうか。

撮影:木村直軌

伊藤:本当の自分に関連してもう一つ、吃音が出ると「大事なことを言っている」と相手に受け止められがちなところがあります。単に言葉がすぐ出ないだけかもしれないのに、軽く受け止めてもらえない。吃音を肯定的に語る言説の中に、“生の言葉” とか社会的に汚れていない本当の言葉のようで信用できるという話があって、それがかえって当事者のプレッシャーになる場合もあると感じています。
平田:障がい者については常にそういう幻想がありますね。パラリンピックの人みんなが人格的にも偉いみたいな。
伊藤:配慮するというのは、同時に壁をつくることでもあると思います。その人を“吃音という障がいを持っている人”として扱うことなので。

吃音は治るのか

吃音は話し言葉が滑らかに出ない障がいで、日本では2005年から発達障害者支援法の対象になっている。原因の8割は体質的(遺伝的)要因と言われているが、詳細は解明されていない。また、幼少期に7〜8割が治るとされるものの、どのような条件で治るかは不明確だ。

平田:最近は「吃音を治す」とは言わなくなってきているようですが、多少なりとも改善すればやっぱりうれしいと思います。そのあたりはどうでしょう。
伊藤:まず、医師によって治るか治らないかという判断が異なります。小さいころは治ると言う医師もたくさんいますが、症状が続くと治りにくくなるようです。

撮影:木村直軌

国立障害者リハビリテーションセンターで吃音の研究に取り組む言語聴覚士・酒井奈緒美さんによると、幼児期から学齢期初期までは、自分の吃音を意識しないうちに自然と症状がなくなることがある。

成人の場合はどうか。専門家のサポートによって、繰り返し程度のわずかな吃音が出ることがあるものの、精神的・身体的な苦しさが消え、社会参加を苦にしない形で「治る」ことはありうる。ただ、成人の吃音が自然になくなることはあまり期待できないという。

一方で、吃音を診察できる医師や言語聴覚士は足りない。小さいころから長く吃音が続いている場合は、本人の認知や行動を変えるのに時間がかかることもある。

これまで日本では、発症率など吃音の実態調査がほとんど行われておらず、治療のガイドラインもなかった。2016年から同センターなどが共同でこれらの研究に取り組んでおり、2018年度内にガイドラインが作成される予定だ。

写真:アフロ

伊藤:当事者の自覚もかなり分かれます。言い換えによって流暢にしゃべることができ、周りからも「吃音がない」と思われている人がいる。そういう人は、「吃音ですか」と聞かれても「イエス」と答えないかもしれません。吃音がすごく出ていても本人は気にしていなくて、吃音という意識がない場合もあります。

酒井さんによると、同センターでは言葉の症状を診るだけでなく、質問紙検査も用いて診断する。話すことへの不安・恐怖、恥ずかしさなどの感情、吃音にまつわる否定的な考え方の有無や、生活上の困難などを尋ねる。言葉の症状が必ずしも表に出ていない人についても、総合的に吃音の問題を把握する。言葉が出てこないときに頭を振ったり声に力を入れたりして言葉を出そうとする工夫や、“言い換え”のように吃音が出ないよう前もって対処する行動も症状の一つだ。

「コミュニケーション能力」が求められすぎている

コミュニケーションへの苦手意識を持つ当事者は少なくない。酒井さんは、子どものうちはいじめやからかい、大人になると就学や就職の面接、職業選択に特に苦労すると話す。就労後も電話や接客で苦労する人も多い。

平田:「高度なコミュニケーション能力がないとうちの会社は採用しません」なんて実際にはないはずなのに、就職のときにコミュニケーション能力がものすごく強く求められます。そうすると、自分が劣っているのではないかという強迫観念が生まれてしまう。
伊藤:今、教育の中で、発言とか自分の考えを言うことを重視しすぎていると思います。
平田:そう、しゃべれ、しゃべれ。

撮影:木村直軌

伊藤:学生自身も「コミュ力」という言葉を盛んに使っていますよね。だけど、実際に学生のグループワークを見ると、しゃべらない人がいるのは重要だと感じます。例えば5人くらいで話していると1人はずっと黙っていて、最後の3分くらいで入ってきて大事なことを言う場合もあって。
平田:いろんな子がいていいと思うんですよね。就職試験で「うちの会社は100メートル13秒以内で走れないと採用しません」と言われたら納得いかないでしょう。20秒とか25秒くらいで走る人もいることを前提にして社会は成り立っています。コミュニケーション能力についても同じはず。

――「コミュ力」が強く求められる今の就職試験では、決められた時間内で話さなければならない場面がどうしても出てくる。吃音が出ると時間がなくなってしまいますし、症状が出なくともコミュニケーションに苦手意識を持っている場合があります。吃音のある人はどう対処すればよいでしょうか。

平田:コミュニケーションは、基本的にパターンや文化に根ざしたマナーの部分が大きいと考えています。何らかの形で適応できていく部分がほとんどなので、そんなにたいしたことではない。例えば、自閉症の方は記憶力が高い場合が多いので、コミュニケーションを全部パターンで記憶して対応している人もいます。吃音に限らず、障がいを持っていると、新しい環境に置かれたとき適応に時間がかかりますが、できないわけではない。障がいがなくても(新しい環境が)苦手な人はたくさんいます。

撮影:木村直軌

伊藤:どんな障がいでも、正攻法でいくとだめだと思うんです。正攻法でいくとぶつかるから障がいと言われているので、「いかに正攻法を取らないか」ではないでしょうか。就職活動は正攻法を求められがちな場面だから、ハードルになりやすい。自分の吃音のことを話すとか、ボードを持っていって見せるとか、多様な戦略が立てられるといいですね。

「しゃべれるほうが変」

――自分や家族に吃音があるとわかったとき、どう受け止めればよいと思いますか。

平田:まずは障がいを受け入れるということです。生まれつき小指がない子はいて、それでも社会生活は営めます。職業が若干限られ、ピアニストにはなれない、野球選手にもなれないかもしれない。でも、たいていの職業には就ける。何かできないことはあるかもしれないけど、ちゃんと受け入れてその部分について対処すれば問題ないことも多くあります。
伊藤:私からすれば「しゃべれるほうが変」としか言いようがないです。こうしたいと思うけど体が思い通りに動かないというのは、誰しも経験していることではないでしょうか。吃音特有の悩みはもちろんあるけれど、その悩みは人間みんなに共通する体のままならなさに通じている。当事者の話を聞き、非当事者にも共通する言説を積み重ねていくことで、結果的に吃音のある人にとって生きやすい状況を生み出すことにつながると思っています。

撮影:木村直軌

平田:「そもそも人間は思い通りしゃべれていない」という感覚を共有したらいいと思います。言葉から受けるイメージも、自分と他人とではかなり違う。
伊藤:コミュニケーションって思い込みですよね。自分の思っていることが100パーセント相手に伝わるはずはなくて、「こう言っているに違いない」という思い込みがどうしても混ざります。
平田:日本の国語教育は「伝わる」を前提に教えています。自分の思ったことを論理的にしゃべれば相手は必ず分かってくれると。でも、「そもそも全然伝わらない」というところから教えていかなくてはならないと思います。

多様な表現が許される社会へ

――最近、しゃべるのが苦手な人などに対して「コミュ障」という言葉が使われています。

伊藤:コミュ障は、異質な他者と関わるコミュニケーションというより、「いかに空気が読めるか」に関わるものですよね。空気は読めないほうがいい場合もあります。本当のコミュニケーションとは、差異のある他者とのあいだに共通点をどう見いだし、違いを伝え合うか、ではないでしょうか。

撮影:木村直軌

平田:コミュ障という言葉は、本当に障がいがある人に失礼ですよね。いわゆる「コミュ障」よりも、弱者の気持ちが分からないことのほうが問題です。日本の教育の問題は、子どもをすごく均質なところで育てていること。例えば私立の小学校や中高一貫校に通っていたら、近所の子とも付き合いがなかったり、周囲に貧乏な子もいなかったりする。進学校だとアルバイト禁止の場合もあります。そういう環境でどうやって多様性を学ぶのかって話ですよね。海外では、人種や民族、宗教の違う子がクラスにもともといるわけです。
伊藤:学生を見ていると、「実は多様だけどそれが表面化していない」と感じます。芸術の授業で作品を見せて、「どう思いますか」と言ってグループワークをさせても多様性は見えません。でも、最初に用紙を与えて感想を書かせて、それをベースに話してもらうと、実は見方が全く違うことが分かる。みんな差異があって、その違いがおもしろいというのをうまく発掘する仕組みが必要だと思います。

撮影:木村直軌

平田:吃音の方はどこを目指せばいいのでしょう。
伊藤:吃音をともないながらしゃべる人、工夫して言い換えながら生きる人。ゴールは人それぞれで、しかも一人の人の中でも変化していくものだと思います。
平田:そうすると、多様な表現が許容される社会をつくっていかなければなりませんね。ある国語の教科書には「今年の冬休みに僕は絶対にお父さんにスキーに連れて行ってもらいたいです」という朗読で、「絶対に」が赤くなっていて、ここに力を入れて読みましょうと書いてある。それを「あなたならどのようにしてそれを強調しますか」とか、「強調する方法がいくつありますか」とか、そういう方向に変えていく必要があると思います。正しい表現ではなく、表現の可能性はいくつでもある、と。多様性を確保することで、最終的に吃音や発達障害の方が生きやすくなる。回り道ですが、それしかないと思います。


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