八尋伸

山のリスクをITで減らせるか―― 「行方不明」を防ぐ最新技術

8/22(水) 8:50 配信

山岳遭難事故が毎年のように増えている。警察庁の発表によると、2017年の山岳遭難者数は3111人、死者・行方不明者数は354人で、ともに過去最多だった15年を上回った。この10年で、山岳遭難者は1.6倍に増えている。スマートフォンが普及し、位置情報などが容易に分かるようになった時代に、なぜ山で道に迷い、遭難してしまうのか。最新のIT技術を使って、山岳事故の予防や遭難者の発見に取り組む現場を訪ねた。(ライター・西所正道/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「何とか抜けられる」油断が生む山岳遭難

8月5日、豪雨の影響で山形県北部の酒田市などに土砂災害警戒情報が発令された午後、1人の登山者が同県南部と新潟県にまたがる朝日連峰で遭難した。

団体職員の本村正樹さん(仮名、61)。北アルプスの穂高連峰(長野県、岐阜県)をはじめ有名な山をすべて踏破し、飯豊連峰(山形県、新潟県、福島県)、朝日連峰などに繰り返し登っているという登山歴30年のベテランである。

本村正樹さん(仮名)が遭難した朝日連峰(写真:島村秀一/アフロ)

そんな本村さんが単独で入山したのは4日の昼。新潟県境に近い山形県小国町の林道から入山し、沢を伝って、翌日には元の登山口に戻る予定だった。4日は晴天だったが、5日は一転、朝から雨が降ったりやんだりとあいにくの天気になった。天気予報で「東北北部は荒天と聞いたが、登る山は東北南部なので大丈夫かな」と、この日はなぜか天気図を丁寧に確認しなかった。雨の中、朝6時半に出発したあとも、ベテランらしからぬミスが続いた。

「11時頃、沢で道を間違えてしまったんです。登山の鉄則は『迷ったら元に戻れ』。ところがそのときは3~4時間歩ければ何とか抜けられるだろうと戻らず、先に歩き始めてしまったんです。密ヤブを手でかき分けながら道なき道を進むと、尾根上の小ピーク(頂上)に出た。『抜けた!』と思って見た景色は、予想もしていないものでした」

雨で濃いガスがかかり視界が悪く、見えるはずの景観が見えない。おかしいなと思い、現在地を確かめようにも、頼みの地形図は雨でぬれて判読不能になっていた。予備の地形図はない。GPSも家に置いてきてしまった。

「これはもう自分の力ではどうにもならないと思いました。天候が回復してガスが晴れても、地形図がなければ自力で現在地を把握することはできないだろう、対処するなら早い方がよいと思いました」

携帯電話を見ると、通信可能だった。午後3時30分頃、本村さんは所属する山岳会に電話して事情を説明し、「ココヘリ」に連絡してほしいと伝えた。

発信機で居場所を特定

「ココヘリ」とは、自分の位置を示す発信機とそれを受信する親機を使って、ヘリコプターで遭難者を探すサービスだ。全国6社の航空会社と提携し、約30機あるヘリコプターのうちもっとも近いものを飛ばす。救助を行う警察に遭難者の詳細な位置を伝える狙いがある。開発したオーセンティックジャパン(福岡市)代表の久我一総(くが・かずふさ)さん(40)はこう話す。

「ココヘリ」を開発したオーセンティックジャパンの久我一総代表(撮影:八尋伸)

「登山者が携帯する発信機のサイズは大きめの消しゴムほど。重さは100円硬貨4枚ほどの20グラム。そんな小さな発信機ですが、電波を発信しており、万が一のときに自分の位置を知らせることができます」

救助が必要なときには、携帯電話などでコールセンターに連絡をすれば、発信機の電波をキャッチする受信機を搭載したヘリコプターが捜索に来てくれる。発信機には会員固有のID番号が付与されており、同じエリアに発信機を持っている登山者が複数いても、捜索対象者をピンポイントで捜し出すことができる。

本村さんは所属する山岳会の勧めもあって、今年5月に持ち始めたばかりだった。登山の途中でケガをしたり、具合が悪くなったりして携帯で救助を頼む場合でも、山中では木の陰に隠れて分かりにくいことがある。「そんなときでも、位置の特定がしやすい」と、久我さんは言う。

「ヘリに親機を積んで実際に捜すと、半径2キロ前後の範囲で会員が持つ発信機の電波をキャッチできます。登山届の情報を参考に該当する山域に到着後、緯度・経度(位置座標)特定までの所要時間は30分ほどです。その位置座標を警察に託し、救助につなげます」

ココヘリの子機(発信機、左)と親機(受信機)。発信機は1度充電すると3カ月動く(撮影:八尋伸)

現在は、全国29道県の警察・消防の航空隊が発信機を探知する親機を導入しているという。本村さんの捜索にあたった小国警察署もココヘリの親機を2台導入していた。

本村さんの捜索は、通報翌日の6日になった。この日も悪天候だったため、山形県警航空隊や新潟県警航空隊からのヘリコプターの出動は不可能と判断、地上から捜索することになった。捜索隊は二手に分かれ、それぞれ1台の親機を持ち、早朝、山に入った。

朝9時30分頃、本村さんは警察から指示され、山岳会に電話をした前記の小ピークで捜索隊の救助を待った。警察は、前夜、ショートメールなどのやりとりで本村さんの登山ルートから、おおよその遭難山域に見当をつけていた。

小ピーク到着からわずか10分たった頃、「オーイ」という捜索隊の声がガスでモヤった山中から聞こえた。1200メートル離れた地点にいた部隊の親機が発信機の電波を感知し、本村さんのいる場所の緯度経度を割り出し、近くにいたもう一つの捜索隊を向かわせたのだ。

本村さんは「もともと見通しの悪い山の中、しかも濃いガスが立ちこめた状態で、もし発信機がない状態だったら、もっと捜索に時間がかかっただろう」と思ったという。

ココヘリの親機(上)には、子機までの距離と方向が表示される。ヘリから探す際は、座標を特定するためにGPS(下)も併用する(提供:オーセンティックジャパン)

本村さんは今回の遭難を振り返り、こう反省する。

「おまえは何をやっているんだ! と思うぐらい、山を甘く見てましたね。行動も安直でした。遭難するときはこういうときなんだろうなと。つくづく発信機を持っていてよかったなと思います。もし発信機を持っていなければ、山岳会の皆さんにも面倒をかけることになっていただろうし、警察の方にももっと手をわずらわせることになったと思います。ベテランの登山者の中には発信機を嫌がる人が、まだ多いです。でも発信機を持つことで、万が一、遭難したときに、捜索してくださる方への負担を半分以下、場合によっては10分の1にできるかもしれません」

最も多いのは「道迷い」

警察庁の発表によると、遭難の原因で最も割合が多いのが、本村さんのような「道迷い」だ。2017年は全体の40.2%を占めた。それに次ぐ「滑落」「転倒」はそれぞれ15%程度。それに比べてもかなり多いことが分かる。本村さんは無事に救出されたが、道に迷った結果、疲れがたまって滑落し、そのまま行方不明となってしまう人も少なくない。

登山届の提出は、1960年代に富山、群馬が県の山岳条例により一部の山域で義務化している。2014年の御嶽山の噴火を機に、長野、新潟、岐阜などの各県でも、一部の山域で提出を義務化。それでも提出率が低い状況は続いているという(撮影:八尋伸)

登山の際には、誰が、いつ、どの山へ、どういう計画で誰と登るのか……といった内容を「登山届」に記入し、管轄の警察署や登山口に設けられたポストなどに提出する。事前に登山計画を立てることを促し、道迷いや無計画で無謀な登山を防ぐ役割も持つ。一方で、遭難事故が発生した場合、重要な情報源になる。

山岳県と称される長野県で長年、山岳遭難救助に携わってきた長野県警の宮﨑茂男航空隊長(警視)は、ある指摘をする。

「遭難事故が発生した場合、登山届を複数ある登山口から回収し、しかも一枚一枚チェックします。それには相当時間がかかる。紙の場合、気を付けていてもめくり損なって、見落とす危険性もあります。山岳遭難の救助では、初動が大事なのです。初動が早ければ助かる可能性も高い」

長野県警の宮﨑茂男航空隊長。長野県警はヘリコプター「やまびこ1号」と「やまびこ2号」を所有。山岳遭難者の救助にも活用される(撮影:八尋伸)

災害救助の現場ではよく「黄金の72時間」などと言われる。この間に救出されれば助かる確率が高いとされるが、気象の厳しい山岳地帯ではより緊急性は増す。

登山計画を“共有”する

こうした状況を背景に導入が進むのが電子登山届だ。日本山岳ガイド協会とともに「コンパス」という登山計画の共有サービスを運営するインフカム(東京)の代表・今吏靖さん(57)は言う。

「これまでの登山計画書は登山者が一方通行で提出するだけのものでした。コンパスはそれを“共有”という概念に変えたんです。言い換えれば、登山計画の共有。家族や知人、警察など、必要に応じて関係者が情報にアクセスできる」

インフカム代表、今吏靖さん。登山計画の共有サービス「コンパス」を運営する(撮影:八尋伸)

コンパスは登山計画をパソコンやスマホから入力し、サービス上にアップロードする。情報は緊急連絡先として登録した家族や知人、協定を結んだ県警や自治体などと共有される。警察は山岳遭難の発生時には、通報に基づいて登山計画にアクセスし、遭難者がどんなルートを登っているかなど、詳細な情報をすばやく把握できる。

「山の場合、登山口と下山口が違う県であることも多い。山をいくつか歩いていく縦走というスタイルのとき、仮に事故が起きたとする。入山県で提出された登山計画は、下山県では把握されていません。警察も連携を取り合うのですが、これまでの登山届では範囲を絞り込むのに時間がかかっていました。その点、あらかじめコンパスで計画を共有しておけば、紙の登山届よりもスピーディーに情報を把握することができて、初動に大きな差がでます」

コンパスでは、山域などを指定して遭難者の検索ができる(撮影:八尋伸)

遭難にいち早く気付く

登山者の未下山に最初に気付くのは、家族など緊急連絡者が多い。ただ、今までの登山届では家族は登山ルートや下山日時を正確に知らされていないことが珍しくなく、登山者のアクシデントに気付くのがどうしても遅くなってしまう。

「コンパスには、下山をスマホアプリの“下山ボタン”などで登録した家族などに知らせる機能があります。そのボタンを押さなければ、3時間後、5時間後、7時間後に督促メールが届く。7時間が最後通告になるのは、登山者が下山時刻にすることが多い午後3時頃から日が変わらないうちに、捜索につなげたいという思いがあるからです」

7時間後の督促メールに反応がなかった場合、緊急連絡者に下山未確認の通知が届けられる。携帯電話で呼び出しても反応がない場合、警察に救援要請をするなど、異変にいち早く対応することができる。

遭難後だけではなく、そもそも遭難を生まないための工夫もする。コンパスのアプリでは、登山予定ルート上のどこに自分がいるのかをGPSで示してくれるのだ。多くの登山アプリなどで実装されている機能だが、コンパスではアプリを開いていればGPSの位置情報を通行実績として残し、遭難時にエリアを特定するのにも役立てる。今さんは言う。

コンパスのアプリでは、スマホ上で位置情報を確認できる(撮影:八尋伸)

「位置情報を解析して、どこまで歩いたのかが分かると、さらに遭難エリアを絞り込めます。山を知り尽くした警察の捜索隊は、対象のエリアを聞いただけで、どこに危険箇所があるかを把握できていますから、いっそう捜索のエリアは絞り込まれ、スピーディーな救出につながるわけです」

行方不明を生んではいけない理由

日本山岳救助機構合同会社(jRO、ジロー)代表の若村勝昭さん(76)は「行方不明というのは山岳遭難の中では最大の問題です」と言う。

日本山岳救助機構合同会社(jRO)代表の若村勝昭さん。同社は、山岳遭難を「減らす」「助ける」という観点から、遭難防止の講座などを行うほか、山岳遭難時の捜索や救助にかかる費用を加入会員間の相互扶助で330万円まで補てんする「日本山岳救助機構会員制度」を運営する(撮影:八尋伸)

「基本的に山岳遭難というのは完全に防ぐのは難しい部分がある。というのも、大自然の中に入っていく。ちょっとした岩の出っ張りにつまずき、滑落してしまうケースもある。それでも、あそこに落ちてるなということが分かれば、後の救助活動はなんとかなる。ただ行方不明の場合、ご遺体が帰ってこないこともある」

遺体が発見されない場合は、行方不明として7年間は失踪扱いとなり死亡認定されない。そうなると、生命保険金がおりないなど「残された家族への負担は計り知れない」と若村さんは指摘する。

「行方不明者が会社員の場合、しばらくは欠勤扱いになりますが、長引くと自己都合退職になります。社宅ならば追い出され、その人が一家を支える稼ぎ頭であれば一家の収入の道は絶たれたまま、本人の生命保険料は払い続けなければならない。自宅で住宅ローンが残っていれば払い続ける必要がある。個人で人を手配して捜そうにも、3日間で30万~50万円はかかります。見つからないことによる家族への負担は計り知れない。だから行方不明だけは絶対になくしたいのです」

登山口の駐車場にいつまでも車が残っている場合も遭難が疑われる(撮影:八尋伸)

普通ならば迷宮入り

今年7月、山梨県で50代の男性が遭難死する事故が発生した。男性はコンパスで登山計画を共有し、ココヘリの発信機を携帯し登山していた。下山予定日時である正午を7時間過ぎた夜、家族からココヘリのコールセンターに連絡が入った。単独行で、キャリアは中級者。3日間の登山予定で出かけた、という話だった。ココヘリを運営する久我さんはその山が山梨、長野、静岡の3県にまたがっているので、それぞれの県警本部へ連絡。さらにいちばん近い東京・新木場のヘリポートと連絡を取り、ヘリの手配準備を行った。

「『コンパス』から得た情報で、2日目に宿泊予定となっていた山小屋に連絡したところ、捜索対象のココヘリ会員が宿泊し、3日目の朝に出発したという事実確認ができました。それを受け、3日目のルート付近の山域を重点的に飛行した結果、10分ほどでココヘリの受信機によって位置座標(緯度・経度)を特定できたという連絡がありました」

その位置座標を山梨県警に伝えたところ、所轄署担当者の第一声は「本当にこの座標で間違いないのか?」だった。なぜならそのエリアは、通常、県警が捜索対象として想定しない場所だったからである。

捜索時の写真。ヘリから目視だけで遭難者を探すのは困難を極める(提供:オーセンティックジャパン)

結果的にココヘリが当初割り出した座標付近で遭難者が遺体で発見された。それが何を意味するか。捜索後、久我さんは山梨県警の航空隊員から「普通ならば、迷宮入りの可能性が高い場所でした」と伝えられたという。

久我さんは言う。

「ご遺体で見つかったのは本当に残念です。いっぽうで残されたご家族の人生を守ることこそがわれわれの使命と考えております。長期間にわたって行方不明となった場合、ご家族は経済的・精神的に大きな苦しみを背負うことになってしまいますから」

低山となると軽装での登山客も目立つ(撮影:八尋伸)

この二十数年の間に、登山者の年齢層はかなり多彩になった。百名山ブームに刺激された中高年層、山ガールブームによって若い層も登山を楽しむようになったのだ。それとともに山登りのスタイルもかなり変わってきた。

長野県庁を訪ねた際、山岳高原観光課長の丸山賢治さんが携帯電話の通信エリアを示す地図を広げ話してくれたことが象徴的だ。「まずは通信エリアを拡大することが大事かなと。登山する人の話を聞くと、携帯のエリアを広げてもらうのが一番だよという話も聞く」。前出の長野県警・宮﨑さんも、「救援要請の7割が携帯電話によるものです。これはここ20年の大きな変化」と話す。

1996年、長野県警管内で発生した遭難124件のうち、携帯電話による通報はわずか2件(全体の1.6%)だった。しかし21年後の2017年には、県内の遭難発生件数292件のうち携帯による通報は221件(75.7%)にまでなっている。救助に向かう場所の特定も、本村さんの例のように遭難現場にいる登山者と事前に携帯で話して決めるという。

山の知識を深め、経験を積むことは当然だが、携帯電話をはじめ新しい技術を取り入れていくことで、山のリスクは減らすことができるのではないだろうか。


西所正道(にしどころ・まさみち)
1961年、奈良県吉野郡生まれ。京都外国語大学卒業。雑誌記者を経て、ノンフィクションライターに。著書に『五輪の十字架』『「上海東亜同文書院」風雲録』『そのツラさは、病気です』『絵描き 中島潔 地獄絵1000日』がある。

[写真]
撮影:八尋伸
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝


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