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八尋伸

「漫画村」ブロッキング――誰が、どんな経緯で動いたのか

2018/08/06(月) 07:44 配信

オリジナル

特定のサイトへの接続をプロバイダ(ISP)が遮断するブロッキング。政府が「緊急対策」として「漫画村」など3サイトを名指しし、ISPに事実上の実施要請をした。NTTグループがこれに応じ「準備が整い次第」実施するとの方針を発表すると、憲法で保障された「通信の秘密」を侵すとして激しい反発が起こった。8月に入り、NTT側はブロッキングは見送ると明らかにしたものの、一連の経緯は海賊版対策、法規制のあり方、ネットの自由という問題について多くの課題を提示した。問題点はどこにあるのか。今回の要請では、誰がどう動いたのか。(ジャーナリスト・田中徹/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「緊急対策」という事実上の政府要請

ブロッキングは推進側も、極めて例外的、と認める強権発動だ。今回の要請では「緊急避難に当たるから違法ではない」との解釈が下敷きになっている。その背景には甘利明・元経済再生担当相と菅義偉官房長官、すなわち、与党と政府の実力者による政治決断が見え隠れする。

その前に問題を整理したい。

4月13日、政府の知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議は「(海賊版サイトには)ブロッキングを行うことが適当」という「緊急対策」を発表した。「民間事業者による自主的な取り組み」としつつ、事実上の要請であった。

4月23日、 NTTグループ4社は「短期的な緊急措置として、ブロッキングを行うこととし、準備が整い次第実施します」と発表。ただし、後述するように、8月3日「ブロッキングする予定はない」と見送ることを明らかにした。

ISPは本来、ユーザーに対してインターネットへの自由なアクセスを提供しなければならない。NTTの当初の発表は、これと真逆の措置表明だった。

(撮影:八尋伸)

ブロッキング対象として名指しされた海賊版サイトは「漫画村」「Anitube」「MioMio」の三つ。著作権者に無許可で多数の漫画やアニメをアップロードし、誰でも自由に閲覧できるようになっていた。

だが、政府の「緊急対策」に対しては、通信の業界団体や法曹界など各界から激しい反発が起こった。その一つ、日本インターネットプロバイダ協会(JAIPA)は4月13日、反対声明を発表。「国民、ISP事業者、政府の間の信頼関係を政府の側から一方的に壊し、ISP事業者による今後の違法・有害情報対策への取り組みに対しても悪影響を及ぼしかねないのであって、断じて許されない」と主張した。

こうした反発の最も大きな理由は、ブロッキングという措置が憲法に抵触する恐れがあるためだった。

(撮影:八尋伸)

ブロッキングは、技術的に「すべての利用者を対象に、webサイトのアクセス先などを監視して、一部の通信を遮断する」(JAIPA)ことになり、日本国憲法21条が定めた「通信の秘密」を侵す。また、電気通信事業法では、通信事業者が「通信の秘密」を侵した場合、3年以下の懲役または100万円以下の罰金との刑事罰を規定している。ISPも法的リスクを抱えることになるのだ。

「漫画村」の急拡大

一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)の知財本部への報告によると、「漫画村」の訪問件数は2018年2月時点で月1億6000万。96%が日本からのトラフィックで、そのシェアは全サイト中21位。「食べログ」や「cookpad」を超える巨大サイトに成長していたとみられる。

(撮影:八尋伸)

被害額は「漫画村」だけで約3000億円。「海賊版利用者が全員、単行本を購入した」という想定での推定額で過大とも指摘されるが、電子版・単行本コミックの売り上げに甚大な影響を及ぼしていたことは、疑いようはない。

電子書籍事業に関わるメディアドゥホールディングスがまとめた被害状況では、漫画村へのアクセスが増えだした2017年夏ごろから、若年層向け電子書籍の売り上げが激減している。出版関係者によると、勢いのあったLINEマンガもこの時期から売り上げを落としたという。

「ドラゴンボール」や「ワンピース」など人気漫画を多数抱える集英社広報部は、取材に対して文書で「漫画村の台頭により、急増してきていた電子書籍の売上が急減速しました」と回答した。さらに「ブロッキングに関する法整備など、各界からの意見を結集し、実効性のある対策が実施されることを強く希望します」とも記している。

集英社からの回答文書(撮影:田中徹)

「権利者側が何もしていなかったわけではない」

出版や映像などコンテンツ大手のカドカワ代表取締役社長の川上量生氏はこう語る。川上氏は知財本部の有識者メンバーでもある。

川上氏は、数年前から知財本部でブロッキングを提起してきた。しかし、前述の法制度上の問題から、議論されることはなかったという。

では、今春になって突如、話が進んだのはなぜか。

「昨年くらいから、著名なマンガ作品のタイトルを検索すると、検索結果の一番上が『漫画村』のリンクという状況になっていた。これではみなお金を支払わず読めてしまう。ですから、出版社は検索エンジンに対してサイトごと検索結果に表示しないよう求めていた。でも、検索エンジン側は作品ひとつひとつのアドレス単位でしか対応してくれなかった」

写真右、カドカワ代表取締役社長の川上量生氏(撮影:田中徹)

削除要請を無視する海賊版サイト

現実問題として海賊版サイトへの対抗は難しい。

権利者にとって難題が二つある。

一つは、削除要請は原則、個々のURLを特定して行う必要があることだ。つまり、膨大なURLがあった場合、その一つ一つに削除要請をしなければならず、漫画村というサイト全体に対しての削除要請はできない。

もう一つは「防弾ホスティング」とも称される匿名配信サーバーの存在だ。こうしたサーバーは削除要請を無視するうえ、運営者がどこにいるのかも分からないケースが珍しくない。民間事業者が所在地や運営者を突き止めるのはほぼ不可能だ。「漫画村」など海賊版サイトのほとんどは、こうしたサーバーを使っていたとみられる。

これまでにブロッキングが公的に認められた唯一の例外は、児童ポルノだ。

(撮影:八尋伸)

児童ポルノという「パンドラの箱」

「海賊版ブロッキングは異常ですね。あらためて、あの決断でよかったのか悩みます」

明治大学大学院法学研究科の丸橋透教授はそう振り返る。「あの決断」とは、児童ポルノのブロッキングのことだ。

2010年5月、丸橋氏はISP大手「ニフティ」の法務部長として総務省の会合に出席。児童ポルノについてブロッキング容認の姿勢を示した。

例外を認めた背景には、児童ポルノ特有の事情がある。

児童ポルノ制作の加害者は、多くが親である。重大な人権侵害であるにも関わらず、被害者(子ども)自身が削除を要請するという権利行使はほぼ不可能だ。そのため児童ポルノのブロッキングは「差し迫った危険を防ぐためほかに手段がない場合」の違法行為は処罰されないという刑法37条「緊急避難」に該当し、「通信の秘密」の侵害という違法性は阻却されると解釈された。

丸橋透教授(撮影:八尋伸)

さらに「検閲」との批判を避けるため、ブロック対象のリスト作成は政府ではなく、民間事業者による団体「インターネットコンテンツセーフティ協会」を設立して実施することとなった。

問題提起からブロッキング実施まで、議論と枠組みづくりに3年をかけたのである。

「結果として、児童ポルノの対処としてはいいと思う。“濫用への歯止め”も成り立っている。ブロッキングが『パンドラの箱』であることを関係者全員が意識していたからこそ、濫用には釘をさしました」

実際、安心ネットづくり促進協議会「法的問題検討サブワーキング 報告書」などで「著作権侵害については、損害賠償による被害回復、検挙、差止請求が可能で緊急避難の要件は満たさない」としている。

しかし今回、“歯止め”はあっさり外された。それどころか、当時の対処法は海賊版ブロッキングの根拠づけにも利用された。

(撮影:八尋伸)

被害回復が不可能なレベル

政府の知財本部でブロッキングが浮上したのは今年2月16日、検証・評価・企画委員会コンテンツ分野の第3回会合だった。このころ「漫画村」とその被害の大きさが一般にも認知され始めていた。

前出の川上氏によると、この会合で「児童ポルノと同様になぜ海賊版ではブロッキングができないのか」との疑問が相次いだという。児童ポルノにブロッキングが認められた理由の1つに、被害が回復不可能であることが挙げられる。しかし海賊版による現在の出版社の被害もまた、回復不可能な次元にあるのではないか、との意見も出た。

海賊版サイトは膨大なアクセスにより、主に広告収入を得ているとみられるが、その額は著作権者が被った被害には遠く及ばないと川上氏は言う。

「仮に漫画村など海賊版サイトの運営者を摘発しても、彼らに賠償できるような(被害)レベルではない。実質的に被害回復は不可能なのです」

(撮影:八尋伸)

川上氏は出版社カドカワの社長でもある。昨秋、一つの試みをしていた。カドカワ代表としてNTTグループの鵜浦博夫社長(当時)と会い、海賊版対策で「あえてNTTを訴える」と提案したのだという。

「訴訟をして、アクセスを遮断するほかに海賊版対策はないという判断を裁判所に行ってもらいたいと考えたからです。そうすれば、ブロッキングを実施する根拠となる」

そんな川上氏の考えを伝えると、鵜浦前社長は当惑しつつも理解を示したという。

実際には、川上氏はNTTを訴えることはなかった。その前に、政府が「緊急対策」を発表したからである。

(撮影:八尋伸)

“神学論争”よりまず“出血”を止めろ

今年2月11日のNHKニュースは、漫画村など海賊版サイトの問題を取り上げた。このニュースでは、閲覧自体に違法性はないとしていたが、この直後から漫画村へのアクセスが急増したとみられる。寝た子を起こしたのだ。

状況が急展開するなか、3月上旬の自民党の知的財産戦略調査会で問題が提起された。

会長を務める甘利明・元経済再生担当相は、漫画村など海賊版サイトの状況を知り「このままではまずいと思った」と言う。

「『時間との戦いだ』という声を聞きました。出版社はものすごい勢いで売上が減っていて “出血量”がひどい、このままでは出版社がつぶれ、漫画家がやっていけなくなると。それで私が官邸に話をしたのです」

電話の相手は菅義偉官房長官だった。

甘利明・元経済再生担当相(撮影:田川基成)

どうにかできないかと甘利氏が話をしたところ、菅官房長官は事情をすぐに理解した。だが、ブロッキングという措置を念頭に、児童ポルノと同等の扱いは難しいのではないか、という回答だった。

「児童ポルノは重大な人権侵害であるため、『憲法上』の要件を満たす。しかし海賊版サイトは、明確な著作権侵害とは言え憲法上の考えが統一されていない、という話だった」(甘利氏)

政府も一枚岩ではなかった。

内閣法制局や法務省、総務省はブロッキングという案に難色を示したが、経済産業省や文化庁には、海賊版サイトに強い危機感があったという。

憲法や電気通信事業法の理念、出版社や制作者の経済的損失──。何を優先すべきか。そんな話になったときに、この時点で重視されたのが「時間だった」と甘利氏は振り返る。

(撮影:田川基成)

「憲法上の整理は当然大事です。しかし、いままさに“出血”しているときに、神学論争のような話をしていていいのか。そんな議論をしているうちに、海賊版サイトが広まって出版社も漫画家も食えなくなったら元も子もない。そんな話をしました」

関係省庁で意見をまとめる際に留意したのは、ブロッキングの対象サイトを明確にすることだった。法的な範囲を制限することで、ブロッキングに否定的だった省庁を菅官房長官が中心となって官邸主導でまとめたという。

懸念していたのは、政府が自由にブロッキングできるようにするのではないか、という批判だ。

「ブロッキングを拡大解釈できるような形にしたら、憲法論議にさらされるかもしれない。海賊版サイトは被害が甚大で、今すぐ止めるべき理由もあり、対象先もいくつか限定的ではっきりしていた。これらのサイトなら『緊急避難』になるのではないかと。そして、それ以降のことは法制化を進めようという話になったのです」(甘利氏)

菅義偉官房長官(写真:ロイター/アフロ)

3月19日午後、菅官房長官は会見でこう発言した。

「政府としては、海賊版対策を強化するためサイトブロッキングを含めあらゆる方策を検討している。早急に対策を講じていきたいと考えている」

ブロッキングについて、官邸が公式に言及したのはこれが初めてだった。そして、約1カ月後の4月13日、政府がブロッキングの「緊急対策」を発表する。その後、漫画村などの海賊版サイトは閉鎖され、ブロッキング実施の前に閲覧できなくなった。

ブロッキングは違法 NTTを提訴

海賊版サイトは閉鎖されたが、議論は十分だったのか。

埼玉県戸田市の中澤佑一弁護士は、NTTグループのISPであるOCN(NTTコミュニケーションズ)を利用する一ユーザーであり、NTTがブロッキングを表明した後、NTTコミュニケーションズを「通信の秘密を侵害しており、電気通信事業法に反する」として提訴した。

中澤佑一弁護士(撮影:岡本裕志)

ブロッキング表明はNTTコミュニケーションズとの契約・約款に定められた「義務の不履行の予告」であるとし、請求はNTTコミュニケーションズに対し「(3サイトの)URLを宛先とする通信を妨害してはならない」とした。根拠は、NTTコミュニケーションズとの契約にブロッキングの根拠がないこと、電気通信事業法で定められた通信の秘密を侵害するということだった。

6月21日、東京地裁での初弁論。NTTコミュニケーションズ側は「『妨害』という用語は、多義的であって、どのような行為の差し止めを求めるか不明確であり、請求の趣旨が特定されているとはいえない」として争う姿勢を示した。

そして、二回目の弁論を控えた8月3日。中澤弁護士のもとにNTTコミュニケーションズ側から準備書面が届いた。

東京地裁(撮影:田中徹)

「現時点では、本件サイトをブロッキングする予定はない。原告の請求は直ちに棄却されるべきである」

7月18日の政府・知財本部会議で、海賊版サイトが閉鎖されていることなどが報告されたことを理由としている。

中澤氏は「違法なブロッキングを撤回したことは当然評価する」とした上で、こう語る。

「そもそもブロッキングの実施方針は、漫画村などが閉鎖されている状態で発表され、閉鎖されてもやるとNTTコミュニケーションズ側は主張していた。立法措置のないブロッキングは一切行わない、ブロッキングの実施発表を撤回するということになれば、訴訟自体は請求棄却になるでしょう。しかし、一連のプロセスを記録するためにも、訴訟は取り下げず判決をもらいたい」

知財本部の「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」では、ブロッキング法制化の是非を含めた議論が始まっている。8月末までに現行対策の実効性や、海外での取り組みを検討。9月中旬に中間案をまとめ、パブリックコメントを求める。確かに、緊急対策の発表で議論は喚起された。一方で、政府による強権発動という前例もつくった。

(撮影:田川基成)

明治大学大学院の丸橋教授は「やはり、(政府が恣意的にネットを運用できる)『パンドラの箱』を開けてしまったのではないか」との懸念を拭えていない。

緊急対策により海賊版サイトが閉鎖されたから結果として良かった、との意見もある。これに対し、中澤弁護士は指摘する。

「法治国家として極めて危険な考え方で、今回のプロセスについては批判的に検証がなされるべきだ。議論が喚起されたことは評価できる。この流れで、議論が深まることを期待している」


田中徹(たなかてつ)
新聞社社員。1973年、北海道生まれ。共著書・編著に『頭脳対決!棋士vs.コンピュータ』(新潮文庫)、『AIの世紀 カンブリア爆発 ―人間と人工知能の進化と共生』(さくら舎)など。@TTetsu

[写真]
撮影:八尋伸、岡本裕志、田川基成
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝


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