長谷川美祈

スクールセクハラのトラウマをどう克服する――抱えた「心の傷」を回復させるには

7/23(月) 10:11 配信

教師による児童・生徒へのセクシュアルハラスメント、「スクールセクハラ」の問題について、当事者の証言被害を生まないための識者らの提言を報じてきた。記事公開後、「記事に出てくる話が自分とそっくりで驚いた」「何十年たっても昨日のことのように苦しい」といった当事者からのメールが20通ほど筆者に寄せられた。そうした声から浮かび上がってきたのは、長期間にわたって心身や対人関係に影響を及ぼし続ける心の傷=「トラウマ」の問題だ。トラウマはどうすれば克服できるのか。性被害のトラウマ治療に長く関わってきた精神科医で臨床心理士の白川美也子さんに尋ねた。(ジャーナリスト・秋山千佳/Yahoo!ニュース 特集編集部)

残り続ける「心の傷」

JR阿佐ケ谷駅から徒歩5分ほどのマンションの一室。2013年に開業したクリニック(東京都杉並区)のドアを開けると、にこやかに出迎えてくれた白川さんは白衣を着ておらず、季節の花やぬいぐるみが目に入る。訪れる人の緊張を和らげる、白川さんの雰囲気と共通した柔らかな空気が流れていた。

──スクールセクハラを受けた患者さんは、これまでどれくらいいましたか。

過去4年間に訪れた初診の患者さん約1600人のうち、およそ8割は女性で、うち8割に性的虐待や強姦、強制わいせつなどの性被害の経験がありました。その中でスクールセクハラを主訴としていたのは十数人です。ただ、主訴の陰にスクールセクハラの経験があるという人がもっと多くいるはずです。

(撮影:長谷川美祈)

──過去にはどんなケースがあったのでしょう。

例えば、ある20代の女性は、中学時代に部活動の顧問からホテルに連れ込まれ、その後も性行為を強要され続けました。高校や大学に進んでも感情のコントロールができなくなっていて、私の元を訪れました。

ある大学生の女性は、中学時代に教師から告白され、性行為を求められました。「これが恋愛なんだ」と教師に思い込まされ、診察に訪れるまでそのようなコントロール下にありました。その女性は教師への思慕と自分の嫌悪感や罪悪感などで葛藤を抱え、高校時代には(いくつも人格が同居しているような)解離性同一性障害になっていました。

──被害に遭ってすぐではなく、年月が経ってから診察に来る人も多いのですか。

はい。被害の渦中にあるときには、自分が「心に傷を負った」とはっきり自覚していない人が少なくないんです。

自分が受けているのは性被害ではないと加害教師によって思い込まされているからです。しかし、その体験は「心の傷=トラウマ」となって残っています。そのトラウマが、時間が経ってから後遺症のような形で障害を引き起こす。そうなって、ようやく認識されるのです。その典型が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)です。

白川さんは、女性や子どものトラウマ治療を専門としてきた精神科の医師だ。性被害やDV、いじめといった暴力によって心に傷を負った患者を多く診療してきた。厚生労働省のPTSD研究班に所属し、静岡県警と協働して犯罪被害者支援に関わったり、先端的治療を取り入れることに尽力してきたりしている。2016年に刊行した『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア 自分を愛する力を取り戻す[心理教育]の本』はトラウマを克服する過程を記し、性被害の当事者団体などからも高い評価を得ている。

白川美也子(しらかわ・みやこ)、医師。1989年、浜松医科大学卒業、同精神科教室入局。2000年、国立病院機構天竜病院小児神経科・精神科医長。2007年、浜松市精神保健福祉センター所長。2008年、国立精神・神経医療研究センター臨床研究基盤研究員。2011年フリーランスになり東日本大震災後の岩手県沿岸部の学校支援を経て、2013年10月 「こころとからだ・光の花クリニック」を東京・杉並区で開業。(撮影:長谷川美祈)

自傷や性依存も起こる後遺症

──「Yahoo!ニュース 特集」読者の51歳女性は、高校時代に部活動の顧問から体育館やホテルで繰り返し性行為を強要されたとし、「17歳の頃の記憶は昨日のように想起されます」との声を寄せてくれました。年月が経っても「昨日のように」はっきりと思い出すのはなぜでしょうか。

それは被害時の風景や音、においや温度といった五感、そして自身の感情が、脳の中でまるごと“冷凍保存”されたような状態にあるからです。

トラウマ記憶は日常の記憶と異なり、放っておけば、何十年経っても生々しいままで残る。だから、トラウマ記憶を思い出すと、当時の鮮烈な感覚がよみがえり、苦痛を感じるのです。

スクールセクハラで注意すべきことは、被害者は心身ともに未成熟な10代であり、言葉だけでもトラウマとして残ることがあるということです。子どもは性に関することを大人のように知っているわけではありません。言葉など、あらゆる不適切な性的な働きかけが性虐待になりうるのです。

(撮影:長谷川美祈)

──そこから生じるPTSDとはどんなものですか。

簡単にいうと調節の障害です。

不意につらい体験の記憶がフラッシュバックしたり、悪夢を見たりするのは、「記憶の調節障害」。季節感や幸福感、愛情といった感覚が麻痺するのは、「感情の調節障害」。イライラしたり、神経が高ぶって眠れなかったり、集中できなくなったりするのは、「覚醒水準の調節障害」。

これらの調節の障害を生じさせている原因が、被害のときのトラウマなのです。

──他にはどんな障害が起きるのでしょう。

例えば、自傷行為や摂食障害、抑うつ状態。あるいは、複数の人と関係を持ってしまったり、性的なものを拒否したり、逆に、相手に性行為を求めすぎたりしてしまう性依存もその一つです。

(撮影:長谷川美祈)

──以前のスクールセクハラ取材でも、そうした性依存の話を聞きました。

性被害者が性依存を発症しやすいのですが、なかなか理解されにくい障害です。一般に「性被害に遭った人は、ショックから性的な接触を怖がるだろう」と思われがちです。でも、性被害者の中には、それとは真逆の方向に走ってしまう人がいる。こうした行動について、当の本人もなぜそうしてしまうのか理由が分からず、批判されたり自分を責めたりして苦しんでいるケースが多いのです。

──そういう行動をとってしまうのはなぜですか。

通常、性への意識は相手を知りたい欲求が思春期に出てきて、手をつなぐ、肩に手を回す、キスをする……と段階を追って発達していくものです。

ところが、スクールセクハラのように、大人の強要でいきなり適応せざるを得なかった場合は違います。体が性的反応をしてしまったそのときのこころの状態、自我状態が、トラウマ記憶のように脳内に孤立して残ってしまう。その自我状態が突出し、性衝動をコントロールできないことが起こりうるのです。

(撮影:長谷川美祈)

読者からのメールには、「同性愛者の教諭による被害があることも知ってほしい」という42歳男性の声もあった。中学時代、男性教師から口腔性交などを強要され続けた結果、過度に神経質になってしまい、人間関係をうまく構築できなくなったという。教師は3年間ずっと担任で、部活動の顧問でもあったため、親には「担任ともめるのは内申点に響くからまずい」と言われたという。

──NPO法人「スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク」(SSHP)代表の亀井明子さんは、スクールセクハラには「支配・被支配」の関係性があると指摘していました。

トラウマは力関係のあるところにおきます。もともと学校という場では、「教師と生徒」という上下の力関係があります。スクールセクハラがなぜ深刻かというと、被害を受けている瞬間に限らず、学校生活という子どもの日常の環境そのものが、加害者である教師によって侵害されてしまうから。学校を運営する絶対的な存在である教師の強いコントロール下で、子どもにとっては何が何だかわからない支配体験をすることで、後になってさまざまな障害が起きてきます。「スクールセクハラ」という言葉は、響きとして軽いですが、実態は、教師という専門職の立場を利用した子どもへの重大な人権侵害、暴力というべきです。

──以前の記事で、高校時代に被害に遭った36歳女性は「心の中は黒い絵の具を混ぜられたように灰色のままで、完全に薄まることは死ぬまでない」と話しました。トラウマはずっと影響が残るのでしょうか。

そこまで思ってしまうのは気の毒でしたよね。私の患者さんも「一生、通院しなければいけないと思っていた」と言います。でも、トラウマは克服することができるんです。

「米国の研究によってレイプによるPTSDの生涯有病率は、女性で約45.9%、男性で約65%に及び、非常に高率であることがわかっています(Kesslerら/1995年)」(白川さん)(撮影:長谷川美祈)

トラウマを克服する「安定化」「再体験」「社会的再結合」

──どうすればトラウマを克服できるのですか。

回復には「安定化」「再体験」「社会的再結合」という3つのステップがあります。

まず「安定化」とは、性被害やトラウマの知識を身につけ、自分の症状がなぜ起こるのかを把握することです。それが心身の安定化につながる。最初のこの段階が重要です。

トラウマがあると、PTSDなどの症状が出るのは、医学的には正常な反応です。でも、性被害者の多くはそれを知らないので、摂食障害や性依存になるのは自分が悪いと思っている。それがトラウマによるものであると分かると、「自分はおかしくないんだ」と納得する。それだけで、みなさんすごくホッとされるし、症状が出たときに「これは症状なんだ」と判断できるので、自分でコントロールできるようになってくるんです。この客観的な把握が「安定化」です。

──そこで自身のトラウマに少しずつ向き合えるようになるわけですね。

ある程度そういうことに触れられるようになったら、次なるステップが「再体験」です。再体験とは、“冷凍保存”された記憶を溶かすことが目的です。スクールセクハラの冷凍保存された記憶を誰にも語れず、ひとりで抱え込んできた人は少なくないでしょう。

しかし、体験は語ることで、それにまつわる感覚や感情を整理できます。もちろん語る相手は、誰でもいいわけではありません。安心できる場所で、批評も非難もしない安全な相手に向かって、感情を交えて、凍りついていた体験を繰り返し振り返る。話したり書いたりして表に出していく。そうすることで、その体験はあくまでも過去のことで、今の自分を侵食することはない出来事なのだと整理していくのです。

(撮影:長谷川美祈)

──筆者へのメールで、高校時代に教師からの被害がエスカレートし、しまいには口封じの写真を撮られて言いなりにならざるを得なかった20代女性がいました。ずっと自分を責めていたそうですが、信頼できるパートナーに体験を語ったところ、「自分にも非があるんじゃないか、なんて考えないで」と言ってもらい、心境が変化してきているとありました。

まさに「再体験」を行う過程で多くの被害者の口から出てくるのが、自分を責めるような感覚です。

「私が先生を誘ってしまったんじゃないか」

「拒否できなかった私が悪い」

「こんな私は汚れていて恥ずかしい」

ほとんどの被害者が、そうした恥や罪悪感を抱いているんですね。

これらはトラウマ記憶によってゆがめられた考え方です。振り返るなかで、自分が悪かったのではなく、加害者が教師であるにもかかわらずひどいことをしたのだというふうに認知を改めていく。当時は従っていたけど本当は嫌だった、というような自分の本心を認められるようになる。そうすると、本来の自分を愛せるようになり、回復が大きく進みます。

(撮影:長谷川美祈)

──回復の最後のステップは「社会的再結合」だ、と。これはどういうことでしょうか。

「社会的再結合」は、社会に戻ったり、人とのつながりを取り戻したりする段階です。

例えば、「体験を話せた」「涙が出るようになった」「自分の気持ちが分かってきた」といった日々のちょっとした進歩に目を向けて、頑張っている自分を認めてあげる。そうした積み重ねから「大切にする価値がある自分」という肯定感が生まれてきます。

また、トラウマ記憶によってゆがめられた考え方から他者と安定した関係を築けなくなっていた人は、再び似たような被害に遭ってしまう恐れがあります。なので、自分自身や他人と折り合いをつけられるようになるのも大事なことです。自分にも他の人にも弱みや苦手なことがあると認め、スクールセクハラでなくともいろいろな痛みや苦しみを抱えていると理解できるようになれば、お互いを支え合う対等な人間関係を育てられるようになります。

最終的には、いろいろな体験がつながって、トラウマ体験を乗り越え、トラウマに影響されない人生を生きられるようになるのです。

(撮影:長谷川美祈)

トラウマを思い出したときは治しどき

──そうした回復へのステップを自力で踏むのは難しい、という人もいそうです。

やはり、日常生活や仕事に支障がある場合は、トラウマやPTSDの治療に理解のある精神科医や臨床心理士の診療を受けることが最善だと思います。

うつ病などで精神科医にかかったことがある方でも、トラウマは見過ごされていることが少なくありません。もしトラウマを抱えているとしたら、単に薬だけでは治りません。トラウマ記憶の処理には科学的根拠が認められた治療法がすでにあり、その方法で取り組んでもらうのが最適です。でも、それ以外にもさまざまなアプローチがあることがわかってきているので、自分に合った治療技法やセラピストを探してください。

トラウマ記憶が残っていると、大人になって誰かと親密な関係を持とうとしたときや、妊娠・出産といったタイミングで苦しい症状が出てくることがあります。でも、思い出したときは回復のチャンスでもあります。思い出せるということは、ある程度、記憶を処理できるようになっていると考えられる。つまり、治しどきなんです。

PTSDの治療法で、国際的な治療ガイドラインにおいて推奨されているものには、「トラウマ焦点化認知行動療法(子どもを対象にしたものは、トラウマフォーカスト認知行動療法)」と「眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)」があると白川さんは言う。(撮影:長谷川美祈)

──そう考えると、前向きになれる人もいそうです。

そうですね、ただ、前向きになるまでには、心の作業が必要です。

性的虐待そのものを受けていた時間はその人が生きてきた時間の中では、ほんの一部かもしれませんが、その期間全てを支配されていたことや、そのトラウマ記憶の影響が残っていることを、自分も周囲も改めて理解することが大切です。

そうすると、当事者は、大きな悲嘆や喪失を感じるかもしれません。でも子どもだった自分は加害を止めることができるはずもなく、健康だったからこそ、それに適応し、生き延びたのです。生き延びたことによって自分の成し遂げたものを、もう一度見直し、自分の強さや尊厳の認識とともに、しっかり心に納めます。

被害に遭ったときは、誰にも話せず、ひとりぼっちでつらかったけれど、今は、それがおかしかったと認識できる、話せる、支えてくれる人、友人、パートナーがいるというように、“今”に焦点をあてながら過去を振り返る。そうしていけば、性被害のトラウマは乗り越えられると思います。

(撮影:長谷川美祈)

(撮影:長谷川美祈)


秋山千佳(あきやま・ちか)
1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。記者として大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当。2013年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』『戸籍のない日本人』。公式サイト

[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝


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