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特定秘密保護法案と自分勝手なひとたち

橘玲作家

国家機密の漏洩に罰則を課す特定秘密保護法案が与党の強行採決で成立しました。これに対して法案に反対するひとたちは、国会周辺でデモを繰り返し、「恥を知れ」と叫んでいます。自民党の石破茂幹事長が、「(デモの)絶叫戦術はテロ行為と変わらない」とブログに書いたことで、絶叫はさらにヒートアップしてしまったようです。

この問題については左右両極からさまざまな主張がありますが、議論が紛糾するのは典型的なトレードオフ(こちらを立てればあちらが立たない関係)だからです。

近代国家は軍隊や警察などの暴力を独占していますから、その権力行使は市民に公開され、監視されなければなりません。これがデモクラシーの大原則である以上、不都合な情報を隠蔽する権利を国家に与えるのが矛盾であることはいうまでもありません。

その一方で、北朝鮮の核開発やミサイル発射実験、中国の防空識別圏設定など、日本が隣国と軍事的・外交的緊張関係にあることも明らかです。日本の安全保障が日米安保条約と在日米軍(核の傘)に依存している現実から目を背けることはできません。

安倍政権が特定秘密保護法案の成立を急いだのは、アメリカから「公務員が国家機密を漏らしても処罰されないのでは重要な軍事機密を共有できない」といわれたからです。先進国のほとんどは同様の法律を持っており、「安全保障にきわめて重要」との説明にも説得力があります。

こうした問題意識は政治家にも広く共有されていて、衆院では野党のみんなの党が法案に賛成し、維新が棄権という消極的賛成を選びました。参院は強行採決で紛糾しましたが、両党は法案に反対することなく退席しています。民主党も政権党時代、尖閣諸島中国漁船映像流出事件で秘密保護の法制化を訴えていますから、「絶対反対」は共産党などごく一部で、国会議員の9割ちかくが法案の必要性に同意していることになります。本来ならこれほど揉める話ではなかったはずです。

トレードオフの問題に絶対の正解はなく、よりマシな選択をしたうえで時間をかけて修正していくしかありません。法案がないのは秘密がないことではなく、これまで政治家や官僚が恣意的に情報を隠してきたのですから、曲がりなりにもルールができたことは一歩前進でしょう。あとは責任ある野党が、特定秘密の指定と情報公開について実現可能な対案を提示していけばいいのです。

石破幹事長のブログで批判されているのは、実は国会周辺のデモ隊ではなく、法案の共同修正に同意しながら日程を理由に衆院の採決を棄権した維新の会です。法案成立に責任を負う立場からすれば、日ごろは立派なことをいっていながら、いざとなったら火の粉をかぶるのを恐れて逃げ出すのは許し難かったのでしょう。

維新の会の石原慎太郎共同代表は、党首討論でメディアの批判を「被害妄想」「流言蜚語」と断じ法案に賛成しましたが、採決のときに所属議員は退席してしまいました。「愛国」を振りかざしながら世論に怯え、汚れ仕事はすべて政権に押しつける。こんな自分勝手なポピュリズムを目の当たりにしたら、思わずデモ隊に八つ当たりする気持ちもわからなくはありません。

『週刊プレイボーイ』2013年12月16日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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