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「CD離れ」の始まったグラミー賞。CDスルーする新世代が追い風に

ジェイ・コウガミデジタル音楽ジャーナリスト
Grammy Award 2018(写真:Shutterstock/アフロ)

2019年2月に開催する「第61回グラミー賞」のノミネーションが発表され、すでに気の早いメディアではアワードの行方が話題になっている。

今回のグラミー賞では、前回にも増してヒップホップ・シーンの人気と影響力が見えてくる。最大のノミネーションを記録したのは、8部門にノミネートされたケンドリック・ラマーだ。プロデューサーを務めた映画『ブラックパンサー』サウンドトラックでが最優秀アルバム賞や、「All The Stars」で最優秀楽曲賞にノミネートされた。彼は2018年は7部門、2017年は2部門、2016年にはグラミー史上3番目に多い11部門でノミネートされている。まさに2010年代ヒップホップを象徴する存在と言える。

CDセールスはもはや選考外

そんな中、2019年のグラミー賞は、音楽業界やコンテンツ業界にとって「音楽フォーマット」の歴史の残る変化の年となりそうだ。

今回のグラミー賞では、最優秀アルバム賞にノミネートされた2作品がCDでのリリースを見送っている。

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Cardi Bの『Invasion Of Privacy』(アトランティック・レコード)と、H.E.R.の『H.E.R.』(RCAレコード)はリリース形式に音楽ストリーミングとダウンロード、アナログレコードを選び、未だに世界的にはCDで発売されていない作品としてノミネートされた。

CDリリースのないアルバムがグラミー最優勝アルバム賞にノミネートされるのは1984年以来35年ぶりという歴史的事件だ。

また、Cardi BとH.E.R.のアルバムを手がけているのが、アトランティック・レコードとRCAレコードと、それぞれワーナーミュージックとソニーミュージックというメジャーレコード会社傘下のレーベルである点も興味深い。

CDスルーするアーティストが増えている

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1982年に世界初の商用音楽CDとして、ビリー・ジョエルの『ニューヨーク52番街』が日本でリリースされて以来、CDは30年以上も世界で最も人気ある音楽フォーマットとして購入されてきた。

グラミー最優秀アルバム賞で初めてCDリリース中心の作品がノミネートされたのは1984年。マイケル・ジャクソンの『スリラー』とポリスの『シンクロニシティ』まで遡る。それまではアナログレコードのLPリリースが中心だったグラミー賞の選考は、1985年以降には全ての最優秀アルバム賞ノミネート作品がCD中心のリリースへと移り変わった。

勿論、CDリリースの無いアーティストや作品でグラミーを受賞した前例は数多い。

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最近では2017年に、ミックステープ形式で音楽ストリーミングから『Coloring Book』をリリースしたヒップホップアーティストのChance The Rapperが最優秀新人賞や最優秀ラップパフォーマンス賞を受賞したことが歴史的快挙と言われている。

Chance The Rapperの『Coloring Book』は、グラミー賞を主催する音楽団体「ザ・レコーディング・アカデミー」に、ノミネーション選考のルール変更を施行させる大きな要因となった。

それまで選考外だった「無料」でリリースされた作品も対象に含まれることが新ルールとして導入された。

ザ・レコーディング・アカデミーは2014年からルール変更を検討してきた。だが、Chance The Rapperの成功は、SpotifyやApple Music、Tidal、Amazon Music、Google Play Musicなど音楽ストリーミングの配信がすでに音楽消費の主流に変わったことを業界に認知させた出来事だった。

そして今年、音楽ストリーミングで配信されたCardi Bの『Invasion Of Privacy』はメディアからの高評価を受けただけでなく、米ビルボードのアルバムチャートで1位を獲得する。H.E.R.の『H.E.R.』はグラミー賞5部門にノミネートされている。

Chance The Rapperの『Coloring Book』、そして彼女たちの二作品は、グラミー賞主要部門という音楽業界の象徴と言えるアワードでさえ、もはやCDリリースの実績は過去のものであると認めたことを意味する。

CDリリースがスルーされる時代に突入

CDリリースを控えるアーティストの動きは、以前ではダンスミュージック、EDMで目立ったが、近年はヒップホップやR&Bのジャンルにまで広がっている。

2018年の米国ビルボードアルバムチャートで1位を獲得したCardi Bの『Invasion of Privacy』、エミネムの『Kamikaze』、カニエ・ウェストの『Ye』、ミーゴスの『Culture II』、トラヴィス・スコットの『Astroworld』、ザ・ウィークエンドの『My Dear Melancholy』は、全てリリースタイミングでCDリリースを避けている(数週間、数カ月後にCDはリリースされた)。

また、今回アルバム賞にノミネートされたアーティスト6組の中、3人は1990年代生まれだ。

Napster/iTunes登場以降に青春時代を過ごしているというキャリアから考えてみても、彼らのファン層も彼らと同じか、もっと若い年齢かと考えれる。その意味で、CDでのリリースを控えたり、CDリリースを遅らせるアーティストの決断は、音楽ビジネス的な観点からも全世界的に広がる可能性がある。

音楽の聴き方は、サブスクリプション型音楽ストリーミングからアクセスできることによって変革が起きた。その影響を受けて、多くのアーティストのキャリアや作品の実績という価値基準は、音楽ストリーミングによって積み上げられる再生回数と人気に左右され始めている。

世界の音楽業界もこの事実を受け入れつつ、いかに新しい音楽ビジネスを生み出すかのビジネスモデル移行時期に入っている。グラミー賞受賞アーティストのCDをいかに売るか、というCD時代のプロモーション戦略がすでに古く、多くの市場では通用しなくなっていることに音楽業界も気付いている。

こうしたグラミー賞の変化を促した背景には、より音楽ストリーミング/サブスクリプションへと移行の速度が早い米国の音楽事業がある。

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米国音楽業界団体「全米レコード協会」(RIAA)が発表した2018年上半期のレポートでは、CDを含むフィジカル音楽フォーマットは、業界全体の売上でわずか10%にまで下降している。特にアナログレコードの売上は12.6%上昇した一方で、CDの売上は41.5%も大きく減少している。

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さらに追い打ちをかけるように米国ではCDの出荷数が25%も減少している。これは前年の下落率よりもさらに高くなっている。

11年前の2007年にCDは米国の音楽売上で90%を占めていたことを考えれば、この10年で音楽の消費形態が一変したことが分かる。

CDから離れていく米国音楽業界

とはいえ、グラミー賞の選考基準から「CD」が消えることは当分起こらないはずだ。ただしそれはノスタルジックな感情論での話ではなく、CDを音楽流通の形式として考慮するというビジネス的な話の上でだ。

グラミー賞の選考には次のようなルールが示されている。

Recordings must be commercially released in general distribution in the United States, i.e. sales by label to a branch or recognized independent distributor, via the internet or mail order/retail sales for a nationally marketed product. Recordings must be available for sale from any date within the eligibility period through at least the date of the current year’s voting deadline (final ballot)

出典:Grammy.com

「一般的な流通内で商用リリース」された作品であれば、選考のフォーマットは問わない。CDであっても音楽ストリーミングであっても選考に差はない。

今回ノミネートされたCardi Bのアルバムも、2019年1月にCDリリースが決定していることが、アマゾンのサイトで確認できる。

それでも、米国の音楽業界は売上に直結しないCDから更に離れていく。米国の音楽ビジネスの中心は、すでに音楽ストリーミングへとシフトしているからだ。

こうした状況の中、CDの役割は限定パッケージやデジタルダウンロードやグッズとバンドルされるノベルティのように徐々に変化して、一部少数の収集志向の高いファンに購入されるフォーマットへと進化するだろう。

音楽ストリーミングに後発だった米国は、デジタルネイティブなファンに最も届けやすい音楽の供給手段として資本を集中させ、さらに売上、チャート、アワードにもつながる仕組みを業界内に定着させることに成功した。

この新しい仕組みを実現するため、レコード会社やRIAAといった米国の音楽業界は長い年月をかけて業界再編を行ってきたことがようやく実を結び始めている。

これまでの音楽ビジネスの基盤が揺らいでいる市場は今、新しい時代にフィットした業界構造へといかに移行し資本を集中するかに迫られている。

それはCDビジネスが世界で最も安泰と言われる日本の音楽業界も例外ではない。

2010年代に世界各地で起きたヒップホップやダンスミュージック、ラテンミュージック、K-POPの台頭は、音楽ストリーミングがヒットメイキングのプラットフォームを欲するアーティストと、アクセス型の音楽消費を選ぶファンとの間に強い親和性があることを証明してみせた。そして2010年代後半、今度は音楽業界がこの関係をいかに受け入れ発展させていくか、の転換期に立たされている。

くしくも映像業界ではNetflixとアマゾンがアカデミー賞を狙い映画製作に投資を集中している。Netflixと映画監督アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』は、映像ストリーミング作品では初めて作品賞の有力候補と噂されている。

「ストリーミング発の作品」が音楽業界のアワードを受賞する時代はすぐそこまで来ている。

source:

Grammy Album of the Year Nominees Cardi B & H.E.R. Weren't Released on CD for the First Time in a Generation (Billboard)

Voting Process Frequently Asked Questions (GRAMMY.com)

Grammy Award Nominees 1984

RIAA Releases 2018 Mid-Year Music Industry Revenue Report (RIAA)

RIAA Releases 2017 Year-End Music Industry Revenue Report (RIAA)

(この記事は、音楽ビジネスメディア「All Digital Music」に掲載された記事に加筆しています)

デジタル音楽ジャーナリスト

専門は「世界の音楽ビジネス、音楽業界xテクノロジー」の執筆・取材・リサーチ。音楽ビジネスメディア「All Digital Music」、音楽業界専門のマーケティング支援会社「Music Ally Japan」や、音楽ストリーミング・データ分析プラットフォーム「Chartmetric」日本事業展開も担当。グローバル音楽業界、レコード会社、ストリーミングサービスのビジネスモデル、トレンド分析、企業分析に関する記事執筆多数。

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