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「その人らしいまま最期を迎えるために」――当たり前にとらわれない介護の挑戦

伊納達也ビデオグラファー

「おむつ交換が僕らの役目ではない」。介護施設の利用者に対し、画一的な集団ケアを行わず、入居者の個性とタイミングに職員が合わせていく。そんな介護のスタイルを提唱し、実践している男性がいる。目指すのは、「最後までその人らしく生き抜ける」「お年寄りを輝かせ、職員も輝く」介護。どのように実現してきたのか。背景にある思いや経緯、これからの展望を聞いた。

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●おむつを外さないようにつけられた鍵

「介護と聞くと、『お世話する』というイメージが強いと思います。例えばおむつを交換するとか、食事の介助をするとか、体を拭くとか。『お世話する』っていうのは、僕の中では、自分の親とか配偶者に対する無償の介護。僕らのようなお金をもらって介護をするプロが、それと同じことだけをやっていていいのか? お世話の代行ではなく、その人らしさを取り戻し、その人らしく最期まで生きられる介護をプロとして提供できるようにしたいんです」

そう話すのは、日本初の「介護クリエーター」を名乗る横木淳平さん。日本の介護のスタンダードを変えようと活動している。彼の原点は、専門学校に在学中、実習先の介護施設で見た光景だ。

「ガラス張りの部屋でツナギを着たおじいさんが寝ていて、そのツナギには鍵がついていたんです。何の鍵かなと思ったら、おむつを自分で勝手に外さないようにつけられたものでした。今ではもうそんな施設はないとは思うのですが……」

閉鎖的で無機質な施設。皆が同じ時間に起きてご飯を食べ、歌遊びをする。同じ時間に「昼寝」という名のおむつ交換タイムがある。そんな機械的な介護が当たり前となっている状態が、衝撃だったと言う。

その後、茨城県の介護施設に就職。介護の「当たり前」にとらわれず、お年寄りを元気にする介護を行おうと試行錯誤をくり返してきた。

●「その人らしい生活を送れる」介護施設づくり

場所は変わって、栃木県小山市。ここに横木さんと同じように、「介護の当たり前」に疑問を抱いている人がいた。篠崎一弘さん。社会福祉法人に勤務し、新しく作る有料老人ホームを「その人らしく生きられる介護」ができる施設にしたいと考えていた。

「ハード面では、どこにも負けない施設をつくれると言う自信がありました。あとは、そこで行う介護の中身、いわば最高のソフトをつくれる人が必要でした」

「その人らしくいられる介護」を構築し、実現できる人材を探していたところ、「面白い人がいる」と紹介されたのが横木さんだった。介護の当たり前を変えたいと思っている2 人のビジョンは近かった。2015年、横木さんは栃木県下野市に作られた有料老人ホーム「新(あらた)」の施設長となる。篠崎さんと共に、介護施設づくりが始まった。

新の運営を始める時、横木さんは施設のお年寄りを入居者という集団として捉えず、それぞれの個人として捉え、一人ひとりへの圧倒的な個別ケアを実現することに決めた。実現に向け、食事や起床、就寝の時間を施設側の都合で一律に定める画一的なケアは行わず、マニュアルもつくらないことになった。

オープンの頃から働くある職員は、こう語る。

「老人ホームって、何時から食事、何時からお風呂、何時からトイレに行きますというのが決まっているところが多い。そういうのを全部取っ払って、入居者の個人個人のスケジュールに職員が合わせていくっていうのが新しいと思いました」

介護業界の常識から外れたこの方針に戸惑いを覚える職員もいた。反発し、やめていった職員もいたが、別の介護施設から移ってきたある職員はこう語る。

「これまでやってきた15年間の介護が全部覆された気持ちでした。職員主体からお年寄り主体に変わったのが一番です。まだ新に来てまもない頃、あるお年寄りがコーヒーを飲みに行きたいって言ったんですね。施設長の横木さんに『コーヒーに誘われたのでフロアの仕事代わってもらえますか?』って言ってみたら、すぐに『わかった!行ってきな!』って言ってもらえて。その時、これが新のスタイルなんだなと理解しました」

続けるうちに、職員たちは自ら考えて動くことができるようになっていった。お年寄りと職員の関係性も、次第に変化した。横木さんは新ができた当時のエピソードをこう振り返る。

「ある時、厨房を見たら、99歳のおばあちゃんが職員を集めて『包丁の使い方が違う!』って指導をしていたんです。もともと栄養士だったおばあちゃんで、これは自分が指導しなきゃと思ったみたいです。そんな光景が生まれる空気にできたことがよかった」

「お世話する側」と「される側」という関係ではなく、個性と意思をもった人間として、お年寄りと職員の間で自分のできることを与え合う関係性が生まれていった。それこそが横木さんが大切にしたいと思っていることだ。

「人間って、誰かに何かを与えているときに幸せを感じると思うんですよ。そう考えるとお年寄りも麻痺があっても認知症でも、与える側にいなくちゃいけなくて、そのきっかけを作るために僕らが行動していくことが大事だと思うんです」

横木さんは新の介護について、こう話す。

「新で、新しいスタンダードを作れた。人を人として捉えて介護することが当たり前になった。例えば、介護経験のない職員が入ってきても、1カ月後には担当のおばあちゃんと旅行とかしてるわけですよ。これをシステムとして作れたことが大きい。志高い人がいろんなものを犠牲にしてがんばる介護じゃなくて、みんながこれって普通だよね、と思える介護」

介護において大事なことは、「なぜ?」を問い続けることだと横木さんは語る。

例えば、夜に徘徊してしまうお年寄りがいた場合、それを問題として捉えると「見回りを強化する」「部屋に鍵をかけて出られないようにする」といった対応になる。そうではなく、これをシグナルと捉え、「なぜ徘徊するんだろう?」と突き詰めて考える。すると、見える景色が変わる。本当は昼間に一人で出歩きたいのだけど許されない。だから職員の少ない夜にこっそり出かけているのかもしれない。もしくは、寝付けないから歩いているのかもしれない。それなら、職員の多い昼間に自由に外出してもらえば、夜は疲れてぐっすり眠れる。これは実際にあったケースだという。

「なぜ?」を考えると、「問題」は「シグナル」に変わり、もっとその人らしい生活を送るための「可能性」に繋がっていく。

●「介護3.0」をより多くの人へ

こうして作り上げてきた「最後までその人らしく生き抜ける。お年寄りを輝かせ、職員も輝く介護」は、次第に業界外からも注目され、支援してくれる人も現れた。協力者の一人であるブランディングデザイナーの青柳徹さんは、この介護理論には名前が必要だと感じた。そこで、横木さんたちが実践する介護理論を「介護3.0」と名付けた。

おむつ交換や食事の介助などのお世話をする介護が「1.0」、テクノロジーやICTの導入によって、人材不足の解消、労働環境の改善を目指す介護が「2.0」だとすると、その先にある、その人らしい生活を維持し、一人ひとりの個人と向き合う介護は「3.0」だと考えた。

介護3.0に確かな手応えを感じる一方で、横木さんの中にはある葛藤も生まれていた。それは「新だけで介護3.0ができていても、日本の介護を変えることはできない」という思いだった。

もっと多くの人に、自分たちが作り上げてきた介護3.0を知ってもらい実践してもらいたい。そこで、2021年2月、横木さんは新の施設長をやめ、「介護クリエーター」という肩書きで独立することを決めた。一つの介護施設の施設長という立場を超え、他の施設へのコンサルティングや職員研修などの活動を行う予定だという。4月には書籍も刊行した。こうした活動を、一過性のものにはしたくないという思いがある。

「青柳さんの言葉ですが、『ブームではなく文化を作る』ことを大事にしたいと思っています。僕がアドバイザーとして前に出て、『施設を変えました!』と目立っても、それはただのブーム。文化になるようにしていきたい。僕がいなくても、介護3.0が動き続けないと意味がない」

日本の65歳以上の人口は3589万人(2019年10月現在)に達し、介護サービスの利用者は、平成12年からの19年の間で3.3倍に増加。2036年には人口の3人に1人が65歳以上になると推定されている。(内閣府-高齢社会白書2020年度版より)

より多くの介護職が求められるが、「大変な仕事」というイメージも強い。「お年寄りも職員も、その人らしく輝ける」介護3.0は、介護職への見方を変える可能性を持っている。

クレジット

監督・編集:伊納達也
撮影:伊納達也、イザギレ・ファビアン、伊納華
施設内シーン撮影:横木淳平さん
Yahooプロデューサー:高橋 樹里、金川雄策・柳村努
Special Thanks :有料老人ホーム新のスタッフ・入居者・ご家族の皆様、横木淳平さん、篠崎一弘さん、青柳徹さん、市村厚子さん、古田秘馬さん

ビデオグラファー

inahoFilm代表。栃木県鹿沼市を拠点に、スポーツや教育など様々な分野で「挑戦する人々」を描いたノンフィクション映像の制作に取り組む。

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