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「13人集団脱北」は金正恩式恐怖政治の副作用だ

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
ショータイムに歌を披露する北朝鮮食堂の従業員。2013年7月延吉市にて

4月8日に韓国統一部が発表した、海外の北朝鮮食堂の支配人と従業員、計13人の集団亡命事件。その後の韓国メディアの取材などで、少しずつ詳細が明らかになっている。ハンギョレ新聞、中央日報、朝鮮日報、連合通信など、韓国メディアの情報をまとめると以下のようになる。

・食堂の場所は中国浙江省寧波市の「柳京食堂」。

・亡命は北朝鮮の旅券を使って、航空便で合法的に中国をから東南アジアに出国し、そこから韓国入りした。

・「柳京食堂」には、韓国に亡命した13人以外にも数人の従業員がいた。彼らは中国に留まっている。

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これまでも、陸路、海路で10人以上が集団で脱北、亡命する事件はあったが、複数の家族、親族が一緒に行動するケースがほとんどで、これだけ多くの「赤の他人」が意志統一して逃亡を図るなど聞いたことがない。

韓国統一部は、「テレビやインターネットで韓国の発展を知り憧れた」とか「経済制裁が強まり、北の体制にはこれ以上希望がないと考えた」と供述しているなどと説明しているが、それだけの理由で集団亡命したとは到底考えられない。

◆中国では隙だらけ 逃げないのは家族のため

筆者は、中国の瀋陽、丹東、北京、延吉で、北朝鮮の女性従業員が働く食堂を訪れたことが何度もある。食堂そのものを北朝鮮の会社が運営しているところもあれば、ホテルのバーに数人が派遣されているだけの場合もある。

延吉などでは、昼間、若い女性従業員が2~3人で連れだって買い物や公衆浴場などに出かける姿をちょくちょく目にした。もし本気で逃亡するつもりなら、いくらでも隙があるだろう。働く店から駆け出すことは物理的にはそう難しいことではない。

集団生活、集団行動を基本としているのは、逃亡防止というより、韓国人や外国人記者などとの接触、インターネットや韓国のテレビを見るなど、「自由主義」(集団主義規律からの逸脱)をさせないためだろう。

彼女たちを逃げないよう縛っていた「鉄鎖」は、目に見えない恐怖だ。逃亡の後、故国に残された家族に降り注ぐ後禍は「人生の終わり」だ。キューバのスポーツ選手が海外遠征に出た機会に亡命を図るのとはわけが違う。

この度「柳京食堂」から亡命した13人は、逃亡を決め行動するまでの短い時間、悩み苦しんだはずだ。もし自分が逃亡すれば、北朝鮮に残した家族たちが、身の毛のよだつような連座懲罰を受けることを知っているからだ。

それでも彼女たちは韓国行を決行した。その理由は、「自分が殺されるかもしれない」という恐怖だったに違いない。

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◆恐怖政治の副作用

北朝鮮で最も重い政治犯罪は何か。金正恩氏の体制に背くことである。次いで重いのは南朝鮮(韓国)と繋がることだ。これらは処刑や政治犯収容所送りを免れない罪とされる。「柳京食堂」で何があったのかわからないが、支配人と従業員13人が意志一致して電撃的に逃亡を決行したのであるから、北朝鮮に戻されれば死を覚悟せざるを得ないほどの「重大な政治事件」が発生したのだろう。

「上納金が作れない」という経営上の問題ではないだろう。それならば帰国しても叱責、降格される程度で、命を奪われるほどの深刻さはあり得ない。

金正恩氏が執権後、彼の叔父の実力者張成沢氏、現役人民武力部長の玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)、人民軍総参謀長の李永吉(リ・ヨンギル)ら高官が粛清・処刑されたことは記憶に鮮明だ。

他にも、芸能関係者、警察中堅幹部などが処刑されたと見られるが、「機関銃で木っ端微塵にされた」、「火炎放射器で焼き尽くされた」など、残忍極まりない処刑が断行されことが北朝鮮内で広く流布し信じられている。

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また、「些細なことで幹部が連行されたり、管理所(政治犯収容所)送りになったりしている」という情報が、地方都市に住む取材協力者から私のもとに頻繁に届く。

金正恩氏は、自身の未熟さと権力掌握の不完全さを打開するため、「いうことを聞かない者は容赦しない」という鉄拳統治を続けている。北朝鮮国内を今覆っているのは恐怖である。

「柳京食堂」から逃亡した13人は、体制への忠誠度が高いと評価され外国行きを許された人たちだ。その彼女たちが集団亡命を選択せざるを得なかったのは、まさに恐怖政治の副作用だと言うしかない。

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アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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