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貧乏くじを引くのはいつもまっとうに生きている多数派

橘玲作家

オバマ大統領との首脳会談を受け、安倍総理はTPP(環太平洋経済連携協定)の早期妥結を指示しましたが日米協議は合意に至りませんでした。貿易自由化で既得権を奪われるひとたちが自民党の支持基盤になっているためでしょう。

その一方で、日本とオーストラリアのEPA(経済連携協定)では牛肉の関税を38.5%から23.5%に引き下げることが決まりました。これによってオーストラリア産牛肉も安くなるでしょうから、消費者にとっては朗報です。

ところが不思議なことに、「得する」ネタが大好きなはずの新聞やテレビは、「関税引き下げで家計が楽になる」とか、「TPPで米国産牛肉も安くしよう」などとはいっさいいわず、「畜産農家の経営への影響」を懸念しています。TPP問題では、多数派(消費者)のメリットはできるだけ小さく報じ、少数派(農家)の被害を強調するのが“正しい報道”とされているようです。

もっともこれは特別なことではなく、同じような現象はあちこちで見られます。

日本では、賃貸住宅を借りるときに保証人を要求されるという悪弊がいつまでたっても改まりません。家賃を保証できるのは収入のある親かきょうだいで、年をとると保証人が見つけられなくなり、この不安が無理をしてマイホームを購入する理由のひとつになっています。

ところが、“リベラル”と呼ばれるひとたちはこの問題を取り上げるのに消極的です。なぜかというと、保証人制度を廃止すると彼らにとって都合の悪いことが起きるからです。

不動産を貸して生計を立てている家主たちは、家賃滞納者のブラックリスト化をずっと求めていますが、リベラルなメディアや団体の猛反対にあって頓挫しています。家賃を払えないのは止むに止まれぬ事情があるからで、ブラックリストに載せれば家を借りられなくなってしまう。貧乏人をホームレスにするような制度は許されない、というわけです。

貸金業では常習的な滞納者をブラックリストで排除できますが、不動産業ではそれができません。いったん悪質な借家人に居座られると大損害ですから、責任を負ってくれる保証人を求めざるを得ない、というのが家主の主張です。

こうしてリベラル派は二律背反を突きつけられます。

保証人制度を批判すると、家賃滞納者のブラックリストを受け入れなくてはなりません。ブラックリストを阻止しようと思えば、保証人制度を容認するしかなくなります。

リベラルとは、常に少数者の側に立って社会問題を解決しようとする政治的態度です。家賃を滞納するのはごく一部で、彼らが「社会的弱者」だとすると、その権利を守るためには、ちゃんと家賃を払っている大多数の借家人が不利益を被っても仕方がない、ということになります。

関税をかければ小売価格が上がりますから、“税金”を払うのは一般の消費者です。家賃滞納者を保護すれば、困るのは家主ではなく健全な借家人です。どちらもちょっと考えればわかることですが、リベラル派も(TPPに反対する)保守派もこうした議論をぜったいに受け入れません。自分たちが“正義の側”に立てなくなってしまうからでしょう。

こうして日本では、まっとうに生きている多数派がいつも貧乏くじを引くことになるのです。

『週刊プレイボーイ』2014年5月19日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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