強く優しかったゴルフ界の偉人、ヒューバート・グリーンとの思い出
また一人、ゴルフ界の偉人が逝ってしまった。メジャー2勝を含む米ツアー19勝、チャンピオンズツアー4勝の強者、ヒューバート・グリーンが19日、咽喉癌による合併症で亡くなった。71歳だった。
アラバマ州出身で1969年にプロ転向し、翌年から米ツアーで戦い始めたグリーンの黄金時代は70年代と80年代。1977年の全米オープンの逸話は、米ゴルフ界では語り草になっている。
オクラホマ州サザンヒルズが舞台となった全米オープン最終日。優勝争いをしていたグリーンが14番を終えたとき、大会を主催するUSGA(全米ゴルフ協会)のオフィシャルがグリーンに緊急事態を伝えた。
「15番グリーンでキミを銃で撃つという脅迫が来た」
USGAは試合をその場で中断して優勝争いを翌日に仕切り直すという選択肢もグリーンに示したそうだ。
しかし、全米オープンという大切な大会と大勢のギャラリーのことを想ったグリーンは、そのままプレーを続行することを選び、毅然と15番ティへ。そして16番でバーディーを奪い、2位に1打差でメジャー初勝利した。
その2年前の1975年には来日して日本ツアーのダンロップフェニックスを制した。全米プロを制してメジャー2勝目を挙げた1985年の秋には日本のカシオワールド・オープンでも勝利した。
そんなグリーンの黄金時代を、当時まだ学生だった私は、実を言えば、まったく知らなかった。だが、グリーンが50歳になってシニアのチャンピオンズツアーに移ってからの1990年代終盤ごろのグリーンを私はシニアの大会でたびたび取材させてもらった。
早いテンポで、しかも手首を多用してクラブを振ると言われていたグリーンに、そのユニークなスイングのことを尋ねようとシニアの大会に赴き、グリーン本人に取材アポを取り付けた。
「今日の夕方、練習場で会おうね」
練習場の後ろにギャラリースタンドがあり、その椅子は、立ち上がると椅子がパタンと立った状態に戻ってしまう形式の映画館にあるような椅子だった。私はその椅子に座り、グリーンが来るのを待っていた。
しばらくしてグリーンが練習場に入ってくるのが見えた。私が立ち上がると、グリーンがこちらを向いて手を振りながら「少し球を打ってからでいいかな。もうしばらくそこに座って休んでいなさい」。
「はい。じゃあ、待ってます」と答えながら、再び椅子に座ろうとした私は、椅子が立った状態に戻っていることを忘れ、そのまま座ろうとして思い切り尻もちをつき、それと同時に、立った状態の椅子で背中を強打。あまりの痛さに、その場でうずくまった。
すると、グリーンがすごい勢いで打席側からギャラリースタンドまで走り寄ってきた。近くにいた大会の係員を呼んで乗用カートを持ってくるよう指示を出し、ファーストエイド(大会会場で医師やナースが待機し、応急処置等を施してくれる場所)へ私を運んでくれた。
「私のインタビューのために、キミにケガをさせてしまって、、、、ごめんね」
グリーンは何度も何度も「I’m sorry.」を繰り返した。ケガをするに至った原因は私の不注意で、彼のせいでは全くないのに――。
グリーンは、そういう人だった。
いつもカウボーイハットのようなツバの広い大きな帽子を被っていた。何度か、その帽子を頭の上にチョコンと置かれたこともあった。
いつも静かな口調。いつも穏やかな笑顔だった。それなのに強靭な精神力を感じさせられた。
2000年代に入ったころから、私は米ツアーの取材に専念し始め、シニアの大会にほとんど行かなくなった。グリーンと会うチャンスもなくなってしまい、彼が2003年に咽喉癌と診断され、手術を受けたことは米メディアの報道で知った。
私の記憶が確かなら、あれは2007年の全米プロのときだったのだと思う。かつてグリーンが射殺される恐怖に打ち克って勝利した全米オープンの舞台サザンヒルズが、あの年の全米プロの舞台となり、そのクラブハウスの近くにグリーンが立っていた。
昔と同じように、カウボーイハットを被って、すらっと背が高いまんまのグリーンは、うれしいことに私を覚えていてくれたらしく、穏やかな笑顔で手を振ってくれた。私はすぐさま走り寄り、ハグをして、挨拶の言葉をかけた。
咽喉癌の手術から数年が経過していたころだったが、あの場でグリーンの声を聞くことはできなかった。彼は言葉を発する代わりに、精いっぱいの笑顔で何度も頷いてくれた。今、思えば、あれが私が見たグリーンの最後の姿になった。
私の背中には、あの練習場のギャラリースタンドの椅子で強打したときの傷跡が今でもうっすらと残っている。まさかその傷跡がグリーンの思い出に変わることになるなんて想像すらしていなかった。
自分の体にできてしまった傷跡が消えないでほしいと願ったことなど、これまでなら一度も無かった。だが、今、初めて、この傷跡は消えないでほしいと願ってしまう。
それほどに、ヒューバート・グリーンは素敵な紳士だった――。