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劇的で感動的な勝利!だからこそ湘南が積み重ねてきたことと、大事にしてきたものをもう一度考えたい。

川端康生フリーライター
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

劇的で感動的なゲームだった

 昨晩の浦和×湘南戦。ドラマチックなゲームでした。

 早々に2点を失点した湘南が、1点を返してさあ追撃……のはずが、ゴールが認められず0対2のまま前半終了。しかし、そこからの湘南が凄かった。試合展開的にも、精神的にも、厳しい立場だったにもかかわらず、2点を取り返し同点。そしてアディショナルタイムに決勝ゴールを奪って、まさしく劇的な勝利をつかみとりました。

 ハーフタイム。誤審への怒りで選手たちの心は泡立っていたはずです。平静であるはずがない。

 監督も「やるか、やめるか」と選手に訊いたそうだし、クラブのトップも「後半のピッチに出なくていいと(チームに)伝えることも考えていた」という報道もありました。

 理不尽さとやるせなさ、そして義憤。キレても不思議ではない状況。気持ちをゲームに向けるのが難しい状態。

 けれど、そんな修羅場でチームの中から声が上がったらしい。

「逆転しよう。絶対、逆転しよう」

 そして後半のピッチに立ち、ゴールを決めて、またゴールを決めて、最後の最後に決勝ゴールを決めて、拳を突き上げた。

 本当に劇的で感動的なゲームでした。

湘南の誇り

 実は当日の昼間、かつて湘南に在籍していた元選手と会っていました。

「戦術とか、システムとかいろいろあるけど、結局、突き詰めればハードワークしろとか、リバウンドメンタリティを持てとか……。あの頃、そんなことをずっと言い続けてたじゃないですか。それが浸透したからJ1に上がることができたと思うし、いまのベルマーレもあるんだと……」

 リバウンドメンタリティ。「逆境を跳ね返す強くてたくましい心」です。

 チームがこのフレーズを掲げたのは2000年代後半でした。そして、ベルマーレは変わった。変わった、というより、一本筋が通った。クラブとして目指すベクトルが定まった。

 それまでのベルマーレは、「平塚」から「湘南」になって以降、右往左往していました。毎年のように監督が代わり、監督が代わるたびにサッカーも変わった。

 選手も代わりました。それなりに実績のあるベテランを獲った年もあったし、それができなくて経験のない若手を起用した年もあった。どちらにしてもメンバー編成に一貫性はなく、結局、チームにもサッカーにも筋が通ることはありませんでした。

 それが2005年あたりから変わった。監督でいえば、上田、菅野の時代にハードワークやリバウンドメンタリティを選手とチームに植え付け、そんなチームに反町監督が勝ち方を教えてJ1昇格にまで辿り着いた。そこから現在のベルマーレへと結びついていきます。

 その意味では「湘南スタイル」は少なくとも10数年かけてできあがったものと言えます。それも「自然にこうなった」のではなく、「意志を持って作り上げた」。

 浦和戦のハーフタイムでベルマーレの選手たちが示した姿勢は、まさしくあの頃目指していたリバウンドメンタリティそのものでした。

 もちろん当時の選手はもういません。それでもチームにはしっかりと受け継がれていた。そのことを湘南の関係者は誇りにしていいと思います。

 しかも(浦和戦に限らず)現在のチョウ監督のチームでは、むしろ純度が上がっているような気さえします。当時よりプレー的にスキルアップし、チームとしても格段にレベルアップしているにもかかわらず、です。

 そんなチームを見ていると、「結局、突き詰めれば……」という元選手の言葉もうなずけます。リバウンドメンタリティは精神論ではなく、ゲームの(あるいは勝利の)本質ということです。

共有し、継承してきたカルチャー

 ちなみに元選手。選手としての在籍期間はそう長いものではありませんでした。J2で5年、やっとJ1に昇格できたけど、故障もあってすぐに引退した。

 それでも最後の試合の後、ゴール裏にはこんな横断幕がありました。

「俺たちの誇り、俺たちの心」。

 もしかしたら文言が違っているかもしれないけど、そんな言葉でサポーターは彼を讃えた。しみじみと眺めたのを覚えています。

 決して情緒的に感動したのではありません。クラブが進もうと決めた同じ道を、サポーターも歩んでいる。そう感じて、よかったなと思ったのです。

 決してうまい選手ではなかったし、ゴールを決めることもほとんどなかったと思います。それでも、あの頃湘南が目指そうとしていたサッカー、そのサッカーを実現するために必要な選手、つまりベルマーレのユニホームを着るに値する選手――そのモデルのような選手でした。

そして、そんな彼を「俺たちの心」とサポーターたちは送り出した。

 その光景に、クラブとサポーターが同じ物差しを共有している、と感じたのです。だから、しみじみと眺めた記憶が残っています。

 チームの選手選びの基準と、スタンドの評価基準が合致していることは、クラブにとって(チーム強化という点でも)幸福なことです。これが合わないと、フロントもサポーターも無駄に神経をすり減らすことになりかねない。

 湘南に関して言えば、選手獲得の基準は明白です。ベルマーレのユニホームを着るからには……と新加入選手に示すペーパーまであると聞きます。湘南でプレーする選手はみんなそこに書いてあることを胸に刻んでグランドに立つ。

 だからチームのメンタリティは受け継がれてきました。それがクラブのカルチャーとして根付きつつある、そんな段階まで来たと思います。

選手は美しかったが……

 ……とここで結んで“、いい話”で終わればいいのかもしれませんが、実はざらついた思いもないわけではありません。劇的で感動的なゲームだったにもかかわらず、爽快感に若干の染みがある。

 誤審についてです。と言っても審判団を責める気は僕にはまったくありません。明らかな誤審です。単純な誤審。見えなかった。だからゴールと判定できなかった。それ以上でも以下でもありません。

 もちろんレフリーのスキルアップは必要です。そのためにこれまで同様、トレーニングを積む必要はある。しかし悪気があったわけではない。何らかの思惑があったわけでもない。責めても仕方ありません。

 にもかかわらず、ネット上には「クソ」とか「死ね」とか、汚い言葉が飛び交っています。正しいのは湘南です。それは誰の目にも(映像があるのだから)明らか。

 でも明らかに正しい側にいるからといって、間違った人を叩いていいわけではありません。まして汚い言葉でののしって、「永久追放」とまで言い募るのは、正義の使い方が間違っています。

 それを是とするなら、ミスした選手にも同じ言葉を投げつけてもいいことになります。失点につながるエラーをしたGKを引退に追い込んでもいいことになる。こういうことを言うと反発する人もいるかもしれませんが、レフリーより選手の方がずっとミスは多いです。

 とにかく、味方チームも、相手チームも、レフリーもミスをする可能性はある。でも、その3者が揃わなければゲームはできません。

 ベルマーレに話を戻せば、どんなサッカーやるか、どんなクラブになるか、そのためにどんな選手を獲得し、どんな選手を育てるか――そんなことを明文化した中に、印象的な一文があります。

<目の前のゴミを拾える人になる>

 自分がごみを捨てないのは言うまでもないことですが、他人が捨てたゴミも拾える人に、ということです。それがよりよい社会を作ることにつながる、という信念。

 当然、サッカーにも通用します。だって自分はいいプレーをしていても、他の選手がミスするかもしれない。そんなとき「俺じゃないから」ではチームは勝てません。他人のミスをカバーできる選手が揃わなければ、強いチームにはなれない。もちろん、自分だってミスをすることもあります。

 そんな信念は「自分のチーム内」だけのことでしょうか?

 だとしたら随分狭量です。寛容さに欠ける。カルチャーと呼ぶには値しません。

 浦和戦は劇的で感動的なゲームでした。単なる大逆転勝利ではなく、誤審があったことで、あれほどのドラマになった。何より、誤審に腐ることなく、憤りに身を任せることなく、選手たちがサッカーをプレーしたからこそ、感動的なゲームになった。

 選手たちは素晴らしかった。美しかった、と言ってもいい。こんなゲームをできるようになるまでに積み重ねてきた時間も含めて、湘南ベルマーレにとって感慨深い勝利になりました。

 けれど、そんなふうに紡いできた大事なことを理解していないサポーターもいた。残念に思います(イマドキの風潮だから、と許容する気は僕には毛頭ありません)。

 理想は高く持ちたいと考えます。だから――ベルマーレが目指す未来へ向けて、まだ道半ば。

 今回はそう結ぶことにします。

(それはそれとして、ウォーターボトルの置き場所についてはリーグで徹底した方がいいでしょうね)

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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